自分勝手に死んだ酷い女
夢を見ていた。何時か素敵な王子様に愛されて、幸せに暮らすことを。
現実は・・・。
素敵ではない男と、酔った勢いでベッド・インしてしまい、一発で命中して、結婚式もドレスもなく急いで籍だけ入れて、ジューダが住んでいた薄汚れた家に転がり込むことになってしまった。
愛してるも、好きだとも言って貰えなかった。
結婚して最初にしたことはただひたすらゴミと必要なものとの分別だった。
それが終わったら、きつい匂いのするジューダの肌着とパンツの洗濯だった。
ようやく人が住めるようになったのは、結婚してから三ヶ月もの日が必要だった。
できちゃった結婚だったから、ジューダから甘い言葉もなかったし、本当は結婚もしたくはなかったのではないかと思う。
その辺は互いにデリケートすぎて聞くことができずに居た。
あれよあれよと五人の子持ちになり、子作りもこの辺でと伝えた時、ジューダがごねた。
「これ以上子供ができてもちゃんと結婚させられないでしょうが!!」
「出来たら出来たでなんとかなるもんだ!!」
「私達もいつまでも元気なままじゃないんだからね?!」
「そんな心配はまだ三〇年は早いだろうが?!俺は子沢山がいいんだよ!!」
「広い家に引越す甲斐性を見せてから言うんだね!!」
それは尤もな事なのでジューダは返事ができずに黙り込んだ。
***
ジューダはメリーアンが隙を見せるのを、会う度にうかがっていた。
やっと思いを遂げ、メリーアンとイタした時には天にも昇るほどの気持ちになった。
たったの一発で当たりを引き当てるとは思わなかったが、誰にも反対されることなく籍を入れられたことには自分の日頃の行いのおかげだと感謝した。
ポコポコと子供が出来て、二人の時間を楽しむなんてことは出来なかったが、それは子供達が巣立ってからでも十分だとジューダは思っていた。
女が子供を産むのは命がけだとは解っていたが、メリーアンの言う、子作りはもう沢山。はもうイタしたくはないという意味だと思ってしまっていた。
貴族様たちには高いお金を出して、妊娠しないようにする薬があるらしいが、平民にはそんな便利なものを買うことは出来ない。
俺はメリーアンともっと楽しみたかった。
***
二人は始めから全てが噛み合っていなかった。
メリーアンは出来たから仕方なく結婚したと思っていたし、ジューダはやっと手に入れた好きな女だった。
何も話し合わずに今日まで来てしまったのも大きな間違いだったのだろう。
二人は噛み合わないまま、喧嘩へと発展していった。
メリーアンは頭にきて、友人の家に出て行ってしまったし、ジューダは出ていった嫁を迎えにいけるような性格ではなかった。
「お父さん・・・お腹すいた」
子供達には勝てずに食事の用意をしようと努力したが、今まで包丁一つ持ったことのないジューダである。まともなものが出来上がることはなかった。
小さいのから順に「おかあさん・・・」と泣き始め、全員が泣き始め、ジューダが泣きたいわと思っていた。
そこに運良くというか、運悪くというか、近所の後家のナーベがジューダの家にやってきて、子供達に食事を作って、ジューダにしなだれかかってきた。
ジューダも悪い気はせず、ついうっかり尻なんぞ撫でてみたところに、子供の食事を心配して帰ってきたメリーアンに見られて、メリーアンは目を見開き、その後、大きな音を立てて扉が閉められた。
メリーアンの姿はそれから探しても見つけられなくなってしまった。
友人のところを転々としているとばかり思っていたジューダは、メリーアンが帰ってこないことに苛立ち、メリーアンの友人に会うと「いい加減にしないと本気で怒るぞ!!」と伝えたが、メリーアンは友人達の家の何処にもいなかった。
一ヶ月が経って、流石に焦ったジューダが探した時にはあまりにも遅く、メリーアンはそれから五年経っても帰ってこなかった。
下の子供に至っては母親の顔を知らず育ってしまっていた。
メリーアンの両親は早くに亡くなっていて、行くところはないはずなのに、一体どこに行ったのか、生きているのか死んでいるのかも解らず、ジューダは心配で仕方なかった。
一方、メリーアンはナーベの尻を撫でている夫を見て、何もかも馬鹿らしくなり、たまたま出会った行商人の雑用係として諸国漫遊していた。
今まで自分がいかにちっぽけな世界で生きてきたか知って、ジューダのことなど爪の先程も思い出すことはなかった。
子供達のことは思い出したが、もう五年。顔も覚えていないだろうと子供達のことも諦めた。
ナーベが後釜に収まって楽しく暮らしているだろうと投げやりになっていた。
その時々に誘われその気になった時には楽しんで、面白おかしく毎日を送っていた。
ただ妊娠だけはしたくなかったので、それだけは気をつけた。
そんな風に過ごしていたある時、地元へ戻る事になり、それは嫌だなと思ったけれど、雑用係の我儘など聞くはずもなく、商隊は地元へと戻っていった。
一週間の休みを貰うことになり、友人の家を点々とした。
友人達には怒られたが、メリーアンの気持ちも理解してくれた。
ただ、子供達のことはこっぴどく怒られた。
もう今更顔を出せないと言って、離婚届にサインを貰ってきてくれないかと友人に頼んだ。
メリーアンの友人が突然訪ねてきて、メリーアンのサインがある離婚届を持ってきて、ジューダは驚いた。
「離婚などする気はない!!」と言ったが「ナーベとよろしくやってるんだろう?メリーアンはメリーアンで幸せにやっているから離婚した方がいいよ」
「メリーアンは子供達のことをどう思ってるんだっ!!」
「合わす顔はないと思っているようだったよ。もう、会っても覚えていないだろうと言っていた。あんた達二人がなんでこんな事になったのかは知らないが、戻れないものは戻れないんだよ。諦めな。あんたはナーベと幸せになればいいじゃないか」
「俺はナーベと関係は持っていないっ!!俺が惚れてるのはメリーアンだけだっ!!」
「それは五年前に言うべき事だったね。もう遅いよ」
「とにかくメリーアンに会わせろ!!」
「言ってみるけど、保証はできないよ」
ジューダはメリーアンの友人の後をつけて、メリーアンに会おうとしたが、付けていることに気が付かれたのか、友人がメリーアンに会うことはなかった。
離婚届のサインが貰えなかったことにがっかりしたメリーアンは諦めて商隊へと戻った。
商隊は今度は南へ向かうと言って、メリーアンも乗せて旅立っていった。
その旅でメリーアンは惚れた男、ラインと出会った。
ラインもメリーアンに惚れて、暫くの間、商隊に付いて歩いた。
二人は気持ちを確かめ合い、籍を入れられなくても、夫婦生活は出来ると言って、商隊から離れて、ある南の港町で腰を落ち着けた。
二人で家を借り、物を揃えてままごとのように夫婦生活をした。
誰から見ても仲が良く、互いに思い合っていることが良くわかった。
二人は子供は作らなかったが、メリーアンが死ぬまでその地で暮らした。
ラインは遺骨を持ってジューダの下へと訪れた。
遺骨になったメリーアンを見て、ジューダは腹を立て、涙が止まらなかった。
「メリーアンはまだ四十越えたばかりだろう!なんで死んだんだよ!!」
「子供が海で溺れていて、それを助けて死んだんだ」
「馬鹿な女だ」
「そうだな」
ジューダが追いかけなかったから、こんな事になってしまったのか?
そして子供達に会わずに勝手に死んだことに憤った。
ラインは遺骨は渡せないと言った。
籍はジューダにやるが、遺骨は俺のものだとラインは言った。
ラインは死亡証明書をジューダに渡し、ラインはメリーアンと一緒に暮らした町へと戻っていった。
ジューダは子供達に母親が死んだと死亡届を見せて説明した。
子供達は思うところはあったろうが、何も言わなかったし、泣きもしなかった。
ジューダはメリーアンが最後に扉を締めた時の顔が忘れられなかった。
ほんのちょっとした男の浮気心だった。
尻を触る以上のことをする気などなかった。
あの時、尻を撫でてなかったら、こんな事にならなかった。
あの時直ぐ追いかけていればこんなことにはならなかった。
ジューダは子供達から母親を取り上げたことを後悔しながら生きていかなければならない。
メリーアン、お前は先に死んで楽になって、本当に酷い女だよ。
その夜酒を飲みながら、メリーアンの笑顔と扉を締めた時の顔を思い出して涙を流した。