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ネイのまごころ屋台  作者: もあいぬ
第二章:疑心のエルフ
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エルフ(2)

【しゅぞく:エルフ】


 ランクさんの心を()辿(たど)り着いた、エルフの種族としての普遍的な記憶。木の(うろ)は、巨大な図書館らしき場所に繋がっていました。


 中央には書見台がずらりと並び、それらを囲むように本棚が無数に、森のように広がっています。本棚も書見台も使い込まれた木製で、植物をモチーフにした彫刻が(ほどこ)されていました。室内は暗く、どこか高くから薄明かりが射しています。そのなかで1つだけ、ぽつんと灯りの(とも)された書見台が、まるで浮いているように見えました。

 私はその書見台に歩み寄りました。台に載せられている数冊の本、いずれも「東の丘の戦い」について記されているようです。


 エルフから見たこの戦いの記録については、只人(ヒューマン)の社会には知られていません。クロムさんの見せてくれたドワーフの綴れ織り(タペストリー)にも、エルフがなぜ裏切ったのかは記されていませんでした。

 私はいま、世界の秘密に触れようとしているのです。


* * *


 上古(じょうこ)の時代、魔王の支配が世界を覆わんとしていたころ。書見台の書によれば当時、南の森エルフの外縁守備隊は、隣り合う東の丘ドワーフと同盟関係にありました。

 攻め寄せる魔王の大軍勢をいち早く察知したのも、ドワーフたちに逆転の秘策を授けたのも、その守備隊の隊長を務めるエルフでした。

 ドワーフの戦士団を事実上(おとり)にして、背後の森からエルフが逆包囲する。それが彼の秘策でした。軍略については私にはよく分かりませんが、エルフの援軍がタイミングよく間に合えば、圧倒的な兵力差を(くつがえ)せたかも?という状況だったようです。


 それは危険な賭けでしたが、ドワーフたちは賭けに乗りました。どうせ命を張るならば十に一つでも勝ち目のあるほうに、そういう気概(きがい)が、彼らの特性には似合ったようでした。

 ところが、エルフの森は戦乱のなか沈黙を保ち、援軍はついにひとりも現れませんでした。


 ひとつめの本は歴史書で、主流とされる説について淡々と書かれていました。

 いわく、守備隊長からの秘策の上申(じょうしん)は、賭けを(うと)んだ近衛師団長が手元に留め置き、森エルフの女王の耳には入れられずに終わった。指揮権を剥奪された隊長は、それでも単身でドワーフの支援に(おもむ)こうとし、戦乱のなか行方知(ゆくえし)れずとなった。

 彼が去り際に遺したという最期の歌は、故事をひもといて(いん)を踏んで、身内に裏切られた慟哭(どうこく)を高らかに()み上げたものでした。


 ふたつめの本は、上古の時代の歌についての解説書です。書見台に見開かれた章は、かの守備隊長の遺した歌から始まっていました。

 彼の最期の歌と、エルフの女王が後に詠んだという歌との奇妙な類似性から、「ほんとうは女王は、隊長の秘策を知っていたのではないか」と、著者は推測しています。

 推測は更に飛躍します。女王は実は、その守備隊長に道ならぬ恋心を抱いていて、上申を黙殺したのは彼と親しむドワーフたちへの嫉妬が理由だった。まさか彼が森を捨てて単身で去ろうとは思いもよらず、遺された女王は、失われた英雄への想いを密かに歌に込めたのだ。

 その異説の根拠となる、更に古い時代の故事についての解説を添えて、その短い章は終わっていました。


* * *


 私は顔を上げ、息をつき、図書館をぐるりと見渡しました。しんとした本の森から、私は何か、居心地の悪さ、不健全さのようなものを感じました。


 ランクさんはきっと、この上古の神話めいた物語に無意識下じぶんでもきづかないうち(とら)われています。彼は、本人もそれと知らないまま、破滅した守備隊長の物語を自身に当てはめてしまっているのです。(ひょっとしたら、ランクさんを裏切ったというエルフの女性も同じく、深層心理に眠る物語に囚われていたのかも知れません。)

 ドワーフから見た「東の丘の戦い」は悲しい物語でしたが、そこには()が、失われたことを受け入れる覚悟がありました。このエルフの物語には、それが欠けています。かの守備隊長は、いまだに人知れず身内(エルフ)の歴史書のなかに閉じ込められていて、美しくはあっても何処(どこ)にも行けない。

 これは歪んでいる、(すこ)やかな心の本来のありようから外れている、不誠実な話じゃないでしょうか?


 こういうのはちょっと放置できませんね。こんなの、おかしい。なんだか腹が立ってきました。心に刻むなら、もっと素敵な物語があるはずです。

 私は、自分の残りの魔力量をカウントして、ちょっと無理をすればもうひと仕事はできそうだと、当たりをつけました。


 『心理探査(マインド・スキャン)』を応用して、私は四方に(ひろ)がる本棚の森を検索しました。探すのは「東の丘の戦い」から更に千年ほど後の時代、第三期の末期に実在したという、灰色エルフと鉄腕ドワーフの凸凹(でこぼこ)コンビの冒険(たん)。今世の祖父が幼い私に、枕のそばで語ってくれた昔話の、そのオリジナル。……ほらね、ありました。ないはずがないです、なんといっても此処(ここ)はエルフの図書館なんですもの。

 続けて『提案(サゼスチョン)』を二度。一度目で「灰色と鉄腕」シリーズ数冊を書見台に置いて、二度目ではその代わりに「東の丘の戦い」関連の書を棚に戻すように、私はこの図書館に向けて(さと)しました。

 私の魔法を受けとめて、ひらひらと蝶のように、本たちが図書館のなかを静かに飛び交います。ランクさんの抵抗(レジスト)を心配しましたが、どうやら受け入れてくれたようです。


* * *


 それは、なんとも言えん感覚やった。心の奥底に向けてネイちゃんが『提案サゼスチョン』を掛けたのは(わか)ったんやけど、うちに具体的に何をさせようとしているのかは、判るような判らんような、深すぎてよう言葉にならへん何か、やった。

 『提案サゼスチョン』は心を操る魔法の一種やけど、効力はたかが知れてて、無理な命令を強いるようなことは出来んはず。それに、この子は融通は効かんけど、間違いなく悪意は無かった。なら、悪いことにはならんやろうと思て、うちは抵抗(レジスト)せん(しない)ようにした。


 ネイちゃんは、もいちど大きく息をついて、魔法を止め、それからゆっくりずるずると、椅子からずり落ちていった。

「えぇ?……ちょっとあんたはん、どないしたん?」

「ら、大丈夫(らいょうふ)れす」ネイちゃんはカウンターの下から、もごもごと返事を返した。いやいや呂律(ろれつ)回ってへんから、どう見ても大丈夫やないから。うちはカウンターの向こうに回りこんで、黒髪の魔導師(ウィザード)を椅子まで引っぱり上げた。

 元から色白なネイちゃんの顔がさらに青白い、息も浅くて早い。これは魔力切れやな、ちょっと無理をして魔法を使いすぎたんや、と見てとった。まぁしばらくしたら落ち着くやろう、と思てたら、息を荒げたままネイちゃんは、何かしら言いたげに、うちのことをじいっと見つめてきた。


「どしたん?」

 ネイちゃんは息を整えて、ようやく切れ切れに、うちに言うた。

「東の丘の、戦いは、終わりました。あなたは、あなたの第三期に、進むべき、です。」


「あぁ。」

 あぁ。思わず、声が漏れた。胸の奥の(つか)えが外れて、留まってたものが流れ始めたような気がした。

 なるほどな。うち、知らん間に、東の丘の戦いに独りで臨むエルフの隊長を気取ってたんやな。そらぁそんなやつ、他種族(ひと)に気に入られる訳、ないわなぁ。


 続けて、この少女の才に愕然(がくぜん)とした。大した魔力も経験もない若い只人(ヒューマン)の身で、初級魔法の組み合わせだけで本当にこの子、うちの心の奥の奥、森エルフ(うちら)の秘密も、うちが自分でも気付けんかった悩みの種までも、読み込んでしもたんか。


 しばらくすると彼女はようやく落ち着いて、息をつき、晴れやかに笑って言った。

「とても貴重な歴史や歌を拝見しました、本当にありがとうございました。やはり、どのような財宝にも代えがたいものでした。今日のお代はもう、それだけで充分です。」


【ランク は ぎしんあんき を うしなった。】

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