東の森(1)
【ひがしのもり】
【しんこうど:3】
【じこく:ごごおそく】
私たちは森の中、大きく切り開かれた広場のような場所に抜け出ました。
突然ひらけた視野に出て、きょとんとしていた私に、ザイクさんが面白そうに言いました。「はは、町の跡だよ、これ。拠点地に使えるようにな、定期的に人をやって、森に呑み込まれないように伐採とかしてんのよ。」
確かに、広場の縁には真新しい切り株や、境界を示すらしい石畳らしきものも見られます。
拠点地には人影がありました。別ルートで森を進んできた、同じ探索依頼を受注した冒険団でしょう。
ええと、只人の男性3名女性1名、土精の男性1名、エルフの女性1名。伝統的な六人組構成です。
* * *
ザイクさんが、向こうのパーティも含めて、皆に集合を促しました。
「えー、そっちと顔合わせんのは初めてだけど、俺のことはもう聞いてんのかな。依頼主から言付かってリーダーやってる。ザイクって呼んでくれ。いちおう改めて、クエストの達成目標確認させてもらうよ。」
ザイクさんは私たちにしたのと同じ説明を、端的に話してくれました。
ことの発端は城付き占い師の預言。森で何かが起きようとしている。領地の定期調査も兼ねて、調査クエストを発注する。大森林の最深部まで進んで、異常がないか調べてくること。2パーティでルートを分かれて進み、一度キャンプ地で落ち合ってから、また分かれたルートで互いに進んで最深部で集まる。道中の魔物討伐は報酬対象だか、主目的ではないので上限あり。
「まぁ、上限を超えるような魔物の発生があったら、それだけで異常事態だわな。ここは普段は静かな森なんだ。……こっちのルートでは、特に異常なしだったよ。そっちは、どうだった?」
向こうのパーティから、派手な格好をした軽装の男が口を開きました。
「同じく異常なし、だね。ただ……」目線を後ろに向けます、「うちのエルフの姐さんは、何かがおかしい、って、ずっと言ってる。」
一歩踏み出し、薄青い外套の頭巾を外して現れたのは、目の覚めるような碧眼・銀髪のエルフの少女でした。
「うー、うまく言えない」彼女はもどかしげにそう言うと、ランクさんにエルフの言葉で何事か、ひとしきり語りかけました。なるほど、共通語があまり得意じゃないのかも。その世慣れていない儚げな様子に加えて、外見も私と変わらない歳、十代の前半のように見えます。
「ふんふん、なるほど」ランクさんが彼女の言葉を同時通訳します、「えー、『なにか良くないことが起きそうな予感がする、それはとてもとても強い、わたしの予感は外れない、わたしはまだ八十年も生きてはいないけど、これまでのところは外れた試しがない、でも何が起きるのかまでは分からない、分からないことはとても不安だ』、そんな感じやね。」
なるほど……この外見で八十歳に近いのですね、他種族の歳は分からないですね……。
「姐さんの勘は、確かに当たる。俺たち何度か、姐さんの勘に逆らって、碌でもない目に遭ってきた。」派手な男が、言葉を継ぎます。「でもさ、いくらなんでも悪い予感だけじゃ、クエスト切り上げるわけにいかないよな? それで結局おれたち、ここまでは来たんだよ。」
「了解だ。道中なにごとも無かったってのも、エルフの嬢ちゃんの悪い予感ってのも、ひっくるめてあんた達の調査報告だ。有り難く受け取るよ。……まぁ、とりあえずは、だ」ザイクさんが振り返ります。「飯時だ、夕餉を頂こうや。」
ザイクさんの従者、スレープさんの荷車に設えた移動式の竈から、温かい湯気と美味しそうな匂いとが漂ってきます。
スレープさんは小肥りの、物腰柔らかなおじさんです。世話を焼くことが自分の仕事だと言って、まめまめしくパーティ皆のぶんの炊事をしてくれます。頑なに仕事を譲らず、特に調理についてはすべてを独りで仕切って、手伝わせてくれません。
ランクさんが道中で狩った森の兎と鳥を、荷車から出してきた干し肉や根菜や乾燥果実を合わせて甘辛く煮たもの。生地から焼いた、出来たてのパン。焼菓子を散らした熱い玉葱スープに、薫り高い(きっとお値段も高そうな)薬草茶。
たっぷりの温かい食事をクエスト中にゆっくり味わえるだなんて、まるでピクニックです。スレープさんのほくほくした笑顔が、夕餉を介して皆に伝わってゆきました。
* * *
向こうのパーティの女性に声を掛けられて、私と彼女は隣り合わせで食事を摂りました。
ヒューマンの彼女は、たぶん二十歳前後でしょう。私が魔道士だと自己紹介すると、しきりと感心した様子でした。
「凄いなぁ。わたしはステラ、いちおう楽師で登録してるけど、楽器はからっきし向いてなくって。冒険譚を書くほうが向いてるし好きだから、書き手って名乗るほうが本当なのかもしれないわ……。」
彼女は謙遜してそう言いますが、魔導書しか読まない私でさえ、『ステラの冒険譚集』の名前は聞いたことがあります。現役冒険者の書く等身大の物語、その界隈では近年のベストセラーだったはずです。
「わぁ、あのステラさんですよね! こんなに若い方が書いていたんですね………あっ、いえすいません、歳下の私が若いだなんて、失礼なことを」いけないいけない、ついつい年の感覚が、前世の記憶に引きずられます。
「いいよいいよ、そうね、若いといえばそうかもだけど。私が冒険を始めたのは十年前、十四の歳だったわ、ちょうど今のあなたと同じ歳ね。」、そう言って彼女は、何か眩しいものを見るように私を見て、素敵な笑顔を返してくれました。




