表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネイのまごころ屋台  作者: もあいぬ
第六章:東の森
38/41

東の港町

 船旅の二度目の夜は何事もなく明け、三日目の朝に私たちは、朝日の昇る東の港町に到着したのでした。

 体感的には数週間くらい、銀砂の海を彷徨さまよっていたような気もします。何だかまだ、硬い地面の上に足を置いていることのほうに、逆の違和感を覚えます。


 海鳥たちがみゃあみゃあと群れる、波止場の隅すみにある小さな食堂で、私は少し寝ぼけた心持ちのまま、仲間たちと簡単な朝食を摂りました。

 魚の摘入(つみれ)(じる)、黒パン、熱い薬草茶。簡単なものですが、船の上では食べられなかった温かい食事は、身と心とに沁みいります。


「ねぇ、確認したいんだけどさ」食後ひといき付いたところで、クロムさんが皆に話し掛けました。「東の森でその名を呼べば、異邦人(エイリアン)の女はいつでも姿を見せる……んだったわよね?」


「オッペの話やと、そういうことやったね。」少しの躊躇いのあと、ランクさんは私に話を促しました。

「はい、『彼女』の真名(しんめい)、前世の私の名前そのままを、私から呼びかけてみる積もりです。」と私。

 フオコさんが空になった皿を脇に避けつつ、用意していたらしい巻物(スクロール)状の地図を、テーブルの上に広げてくれました。

「千六百年まえの、かつての東の森が、いまは大きく広がって大森林になっているんですよね。ほらここ、この町外れからすぐのところで、街道が大森林の中に入るんです。」


「……ということはさ」地図を指差しながら、クロムさんが続けます。

「この港町の町外れ、すぐそこにある森の入り口から、東の森はもう始まってるんだよね、ある意味では? じゃあさ、ちょっと今から行ってみない? そこから呼びかけても、『彼女』には聞こえるんじゃないかな、ちゃんと。」


 私は、頭を急に強く揺さぶられたような気持ちになりました。

 この旅の、この探究(クエスト)のゴールは、もうすぐ目の前にあるのかも、しれないのです。


* * *


 (フオコ)は皆を先導して、町外れまで歩きました。地図の通り、街道はすぐに森の中へと続いていました。

 森に入ると梢は高く、街道の両側から空をすっぽりと覆っています。余す所なく陽の光を集めようと、木々はその腕をめいいっぱいに伸ばしているのです。

 馬車がすれ違えるくらいに広い街道ですが、それでも木々の梢に囲われて、ここが森の中だという実感があります。


 梢から目線を下ろして、私は冒険団員(パーティメンバー)たちを振り返りました。澄ました風情のエルフの魔剣士、何気なくだけど油断なく戦斧(えもの)に手を添えている赤毛のドワーフ娘、生真面目に私を見つめる只人(ヒューマン)魔導士(ウィザード)の少女。


 ……その少女は見た目通りの歳ではなく、彼女の言う「前世」を足すと、僕よりも年上になるくらいだそうです。

 そう、この黒髪の只人(ヒューマン)魔導士(ウィザード)は普通じゃない。世界を横断する貴種(レアキャラ)、創世の秘密の生きた証拠。

 ここからは、何が起きるか分かりません。時間の止まった銀砂の海さえも突然に現れたのです。異邦人(エイリアン)の真名を呼びかけたその瞬間に、ネイさんが忽然とその姿を消したとしても、そしてそれが永遠(とわ)の別れとなったとしても、まったく不思議じゃありません。


 あぁ。覚悟なんか、とうていしようもありません。

 そもそも僕ら冒険者は明日をも知れぬ身、出会いと別れとを常にして過ごすことを選んだ種族です。それでも僕がネイさんと出会えたのは素敵な幸運で、きっとこの先にも起こり得ない貴重(レア)出来事(イベント)で、あぁもっとお話ししておきたかったなぁ。

 まとまらない気持ちのまま僕は、彼女が数歩踏み出して、この森の主に呼びかけるのを、ただただ見ていました。


「■■ ■■、聞こえますか? わたしがあなたに、会いに来ました。」


* * *

 

黒沢(くろさわ)明海(あけみ)、聞こえますか? ネイ(わたし)明海(あなた)に、会いに来ました。」


 森は、ただ静かに何事もなく、私の声を吸い込んで仕舞いました。


 ゆっくり辺りを見回しましたが、特に変わった様子もありません。

 綺麗な声で鳴く鳥が、梢の何処かで姿も見せずに(しばら)くのあいだ(さえず)ったあと、小さな羽音を響かせて飛び去ってゆきました、ただそれだけでした。


「……何も起きない、みたいですね。」ほっと胸を撫で下ろしながら、私は仲間たちを振り返りました。

「まぁ、そう簡単には行かないってことかねぇ」とクロムさん。

「せやね、なにせ千と六百年の昔やもの、せめて近くに居てないと、聞こえへんのかもねぇ。」ランクさんも、なんだか皆を慰めるみたいに、優しい声で言いました。

「じゃあいったん、町に戻りましょうか。定石(セオリー)通り、冒険者協会(ギルド)で情報を仕入れましょう。」なんだか安堵したような顔付きで、フオコさんが私を見たあと、町へと戻る道のりを先導しはじめました。


* * *


 冒険者協会(ギルド)の受付には、先客がいました。


「よぉ、あんたらか、しばらくぶりだねぇ。」

 にっかり笑ってこちらに手を振るのは、白髪に白髭、白銀の板金鎧(プレートメイル)に使い込まれた白い陣羽織(サーコート)、辺境でも見覚えのある老年の騎士です。

 気さくなお爺さまですが、聞けば何処かの領主を務め終え、引退後に冒険者になった変わり者なのだとか。ええと確か、お名前は……。


「そうか、ザイク卿、ご出身がこの辺りなんでしたっけ?」とフオコさん。

「おお、まぁ広い意味じゃあ、このへんだな。知り合いの息子が今ここの領主やっててな、相談したいってんで行ってみたら、探求依頼(クエスト)ひとつ預かっちまってよ……そうだな、あんたら、いま暇だったりしねぇかな?」

 ひらひらと、受付のカウンターから取り上げたクエストの案内状を降ってみせます。

「東の森、大森林の探索。同行者を募集してんだがね。」


 私たちは顔を見合わせました。

「詳しく、話を聞いてもいいですか?」代表して私が、ザイクさんにそう声を掛けました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ