銀砂の海(3)
私は、旅の仲間たちに語り聞かせました。
私がいた世界について、そして、その世界にいた私について。
その世界には、ドワーフもエルフも土精も半人も居らず、冒険者協会も竜種も魔法もありません。
石油で動く内燃機関、馬の要らない鉄製の車、月まで行って帰ってこれるロケット、世界を覆う電子網間接続……この世界から見たそれは、むしろそっちのほうが、おとぎ話のようだとさえ思えます。
私はその世界で、心を扱うことを生業としていました。魔法のない世界で、荒ぶる人の心を安らげる能力、自身の心を守りながら人の心を救うための技能、近代心理学が百年かけて育んだ技術の継承者としての、黒沢 明海。
そう、私には、モージとララの子ネイには、違う世界で過ごした生涯の、前世の記憶があるのです。
そしてそれとおなじその前世の私を、ドワーフ娘の心の奥で、死霊術師の洞窟での幻視で、土精の学者の語る上古の物語で、私は確かに見て、聞いて、さらには彼女と語り合いすら、したのです。
「ごめん、質問はさんでもええかな」とランクさん。
「はい、どうぞ。」
「ネイちゃんの言うその、前世のネイちゃんって、どんなふうにその前世での生涯を終えたのんか、思い出せる?」
私は改めて、記憶を探りました。
「いえ、それは覚えていないんです。」
他のことは、何もかも思い出せてるんですけど。臨床心理士として、研究職として、大学を出てから十年以上は色々やってたところまでは覚えていて……けれど、そこから先のことは全然。
「記憶が無い、というか、思い出せそうな気配さえ無いです。」
「それは、前世というのとは違うかも知れないですよ」とフオコさん。
「小鬼とか大鬼とかは、彼らの神に祈ることで同じ種族に転生することができるらしいんですけど、そのときには今際の際の無念な記憶を、はっきり持って引き継ぐんです。次は失敗しないように、って、魂をすり減らしてでも前世での経験を引き継いで、つぎの生涯での生存確率を上げようとする。」
あぁ、それ、こないだの小鬼の死霊術師がそうでした。この世界では、よく知られた話だったのですね。
フオコさんは頭をふって、言葉を探すように言い淀みます。
「それは……それは、僕たちが信仰する神の教えには反する行いだと、されています。次があるからと思ってしまうことが、今の生き方を堕落させてしまうことに、繋がってしまうから。」
フオコさんの目線が、まっすぐ私に向かいます。
「ネイさんからは、そういう、だらしない気配をぜんぜん感じません。ネイさんのそれは、ふつうの『転生』とは違う何かじゃないかと、僕には思えます。」
そして同意を求めるように、フオコさんはランクさんを見やりました。
「うん、うちも同じ意見やわ」とランクさん。
「魂は唯一無二、っていうんが、この世界の掟のはずやねん。前世の自分に出会ういうんは、魂が二つに割れてることになってまう。それは、世界の仕組みが変わるくらい深刻な掟破りなんや。それやったらむしろ、その子は実は前世のネイちゃんじゃなくて、ネイちゃんと記憶を共有してるだけの別人さんやと考えたほうが、まだ説明がつくねん。」
「ええと、ごめん、全然ついてけないんだけど」クロムさんは当惑顔です。
「なんであんたたち、そんな平然としてるの? あたし、いま相当びっくりしてるんだけど。これって、その、けっこう衝撃的な告白なんじゃないの?」
「せやで、めっちゃ衝撃の告白や、間違いないよ。けどうち、何となく気付いてたから。この子は普通やないな、って。」
「ええ、僕もすごく驚いてますよ、けど、同時に納得もしたんです。ネイさん、年齢と技能とがぜんぜん合ってないなって、ずっと疑問でしたから。それに僕、ネイさんのことを信じてますし。」
「いや、あたしだってネイが悪い子だなんて欠片も思っちゃいないわよ、もちろん。けど、何ていうのかな……。ふむ、只人の子に三十歳くらい齢をサバ読まれてた、って思えば、それだけのこと、なのかな……?」
どんな修羅場でも落ち着いているクロムさんが目を丸めてあたふたしている様子がとても可笑しくて、また、それが私のことだというのがとても愛おしくも思えて、私は泣きそうな気持ちで笑いました。
「聞いてくれて有り難うございます、皆さん。これが、私の秘密、でした。」
* * *
ぐらり、と、ひときわ大きな波に船が傾いだので、私たちは思わず声を上げながら甲板に伏せました。
「あー、こらー! だめじゃないですかこんな夜中に甲板に出てきちゃ」見張りをしていたらしい、乗船時に案内をしてくれた乗組員の男が、怒鳴りながらこちらに駆け寄ってきました。「何やってんです、雁首そろえて?! 落っこちても知りませんぜ、まったくもう。」
私たちは顔を見合わせました。いつの間にか銀砂の海は消え、もとの船旅に戻っていたのです。
ランクさんが先陣を切って、適当な言い訳と謝罪の言葉とを、立て板に水のごとくに喋り倒している後ろ、船室に戻る道すがらに、私たちはこっそり話をしました。
「ねえフオコ、さっきの布袋にあれ、まだ入ってる?」
「……ええ、入ってます、あのあれ、ええとその、『秘密』の砂です、よね、これ?」
「そうね、間違いないわ。けど、この程度の量じゃ、あたしの鎖帷子のほつれ直しくらいにしか使えないわね。……ふふ、あぁあ、稼ぎそこねたわねぇ、あたしたち。」
そう言ってクロムさんが、にっこり笑顔のウインクを、私に向けてくれました。




