北回り航路(1)
まる三日ぶん眠り続けていた私でしたが、一日みっちり剣術の独り稽古に費やしただけで回復してくれました。若さでしょうね、我ながら頼もしい限りです。
冒険者協会の訓練場は盛況でした。塔の跡の地下迷宮は、第五階層まで見つかって、まだ奥がありそうだということです。未知の魔導具も続々と発見されているとかで、南の宿場町は往時の活況を取り戻した気配でした。
「いやほんま大忙しですよ、もぅ」込み入った冒険者協会支部で、エルフの受付嬢イシルさん、何だかやけっぱちの元気さです。
土精のサッファさんも、辺境の町から出張で手伝いに来ているようです。向こうでクロムさんと親しげに話し込んでいる様子。
「で、皆さんは……ふぅん、北回り航路で東の森に? 個人的な探求、ですか。ふんふん。西の港町まででしたら、うん、ちょうど明日の夕方、そちらに向かう予定の商隊がありますね。ご一緒されたらいかがです?」
イシルさんが示した、商隊の隊長らしい髭面の只人に、ランクさんとフオコさんが連れ立って交渉するのを、私はまごまごと後ろから見ていました。
こちらの同行の申し出は、すんなり合意をいただきました。護衛役が見つからなくて困っていたようです。今この町は人が集まるばかりで、町から出ていく冒険者は珍しいようでした。
* * *
きっと名前を見つけたからでしょう、私は自分の前世の記憶を、ほぼ完全に取り戻していました。
高校で出会ったスクールカウンセラーのお姉さんに憧れ、大学は上京して心理学部に進み、そのままずるずる大学に居残って研究職、たまにカウンセリング。田舎のふた親に心配されつつ、東京の片隅で気楽な独り身を満喫。そんな、ぱっとしない人生を送っていた……はずです。
でも、この世界に私がどうして転生してきたのかについては、よくわからないのでした。
前世での私の最期は、まったく記憶にありません。神さま的な何かに、この世界や転生やチート・スキルについて説明されるようなイベントにも、やっぱり覚えはありません。
まぁ、「飛び出した子どもの身代わりになってトラックに轢かれちゃう」とか、そういうドラマティックな最期ばかりじゃないですからね、人生って。朝になったら起きてこなかったとか、そういう地味な人生の終わり方をしたのかも。
んー、とすると、独り身だった私の第一発見者は誰だったんでしょうかね? いくつか、懐かしい友人たち・同僚たちの顔が思い浮かびます。彼ら彼女らに迷惑かけてないと、よいのですが。
……いえ、でも、待ってください。それじゃ、この世界の東の森にいるという異邦人の前世の私については、どう説明がつくのでしょう?
あれも私なのでしょうか? あるいは、この私はあの私ではない、また違う別人の私なのでしょうか?
……「別人の私」って、ますます意味わかんないですね。
キャラバンの馬車、空の荷車のなかで揺られながら、私はとりとめもなく、そんなことを考えていました。
クロムさんは相変わらず、ぐっすり寝てます。乗り物の中では眠ることにしているのかもしれません。それとも、そういう体質なのでしょうか。
フオコさんは、西の港町にある珍しい店のこととか、北回り航路についての最新情報とか、話したいことがいっぱいあって、うずうずしている様子です。ランクさんと私とはほとんど、喋りまくるフオコさんの聞き役に回っていました。
* * *
喋りまくるフオコちゃんを適当にあしらいながら、うちはネイちゃんのことを、それとなく観察してみてた。
オッペの講義の後、ぶっ倒れて目覚めてから、ネイちゃんは明らかに、何か変わった。
明らかに、って言うても、これは同じ部屋で寝泊まりしてるクロムちゃんも、恋する男子のフオコちゃんも気付いてないやろうとは思う。ネイちゃんを外から見たら、普段より少し、物思いにふけることが多くなってるかな? って、それくらいでしかない。
異邦人とネイちゃんには、なにか太い繋がりがある。
この子は何事か、あの異邦人にまつわる途方もなく大きい秘密を抱えていて、それは本人にも何なのかよく分かってなくて、今からまさにその秘密の核心に迫ろうとしてはる。
ネイちゃんの物思いは、そこから来てる。
それくらいのことは、うちにもわかる。一応うちもエルフの端くれやし、神秘に関してはドワーフやハーフリングより、自然と察しがええように生まれついてる。
エルフの常識としては、きっとここは深入りせんほうがええんやろな、とは思う。異邦人の秘密、それは創世記の欠けたページに関わる、特級の危険物やと聞く。
常識的なエルフやったら、物分りのええこと言いながらそっとネイちゃんから離れるんやろう。そうは言うても、常識的なエルフは冒険者なんかになったりせぇへんけどね。
ひょっとしたら、うちの冒険はこれが最後になるんかも知れへんな、と、なんとはなしに予感する。
それでも悔いはない。百年来の悩みを打ち消した、この小さな只人の魔導士には、上等の小剣くらいではとてもとても恩返しできてない。
冒険の旅は、いずれは終わる。数百年と続いた、うちの旅のその終わりが、この子の役に立つことになるのやったら、それはせめてもの恩返しになるんかもしれん。
荷車が大きく、がたん、と揺れて、フオコちゃんの長話を遮った。驚いたフオコちゃん、それを見て笑うネイちゃん、こっくり寝続けてるクロムちゃん。
うん、最後の旅の仲間としては、ぜんぜん悪くない組み合わせやないかな、これは。




