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ネイのまごころ屋台  作者: もあいぬ
第五章:銀砂の海
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講義テーマ「異邦人:黒い外套の女」(2)

 そもそも異邦人(エイリアン)とは何なのだろうか。丘ドワーフのイクスは(いぶか)しんだ。


 異邦人だと名乗った、その黒い外套(ローブ)の女は、敗走するドワーフたちの集団にいつの間にか紛れ込んでいた。

 ドワーフたちに対して「お悩み相談」と称した個人面談を勝手に始めたが、秘密主義のドワーフたちの信頼を得て、おおむね好評であった。

 どうやら普通の存在ではないらしい。外見は壮年の只人(ヒューマン)だが、本人は「永遠の二十三歳」などと(うそぶ)いている。噂によると異邦人たちは全く歳をとらないらしい。また、理由は分からないが、この女がいると何故か、森の魔物も魔王の軍勢も姿を見せないのは確かだった。


 女のことを胡散臭く感じていたイクスは、できるだけ距離を置くようにしていたのだが、今回の事案ばかりは、氏族の長として話をせざるを得なかった。


 気負いこんで訪ねてきたイクスに、女は奇妙な形の座椅子を案内して、熱い茶と焼き菓子とを出してきた。女は毒気なく、こちらに出したものと同じものを目の前でぱくつき始める。

 促されるまま手を付けてみると、茶も菓子も、目の覚めるほど美味い。

「美味い」と思わず口に出て、それを聞いた女はにっこりと笑った。

「お代わりあるから、遠慮しないでね」女は自分の分を食べながら、そう言った。


 案内された座椅子は、座ると実にしっくりと安らげた。

 イクスは大きく息をついた。考えてみれば、これほど安らいだのは久方ぶりだった。


 東の丘の戦いから半年が過ぎた。

 勝ち戦も負け戦も、イクスはそれなりに体験はしていたが、これほどの大敗は生まれて初めてだった。そして気付けば彼が、このドワーフの避難民の中で、いちばんの年嵩(としかさ)になっていた。


 イクスはふたたび、大きく息をついた。

 人の上に立つというのは、かほどに重いものか。

 自分を(のこ)して先に()った先輩方に思いを馳せる。彼等はかほどに重いものを負っていたのか。


「話は伝え聞いている」気を取り直して、イクスは言った。「今日は、そちらの条件を聞きたくて伺った」

「あら、条件なんて何も無いわよ」女は応えた。


(われ)らを愚弄するのか、異邦人の女よ」イクスは怒気をはらんだ声を上げた。「たしかに吾らは戦に破れた、しかしまだ生きておる、生命(いのち)尊厳(ほこり)とは失っとらん。……そなたは、かの樹人(エント)らを退けて、この森を吾ら百余のドワーフたちに丸ごと与えるなどという。なんの対価も条件もなく。これが屈辱でなくて何であろうか。吾らを物乞い扱いするというのか?」


「……あぁ。そっか、そんなふうに受け取られたのね。ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの」女は存外しおらしく、イクスに(こうべ)を垂れた。

「エントたち、引っ越すんだって。龍脈(マナ・レイ)の流れが変わってしまって、もうここには居られないって。だから、この森はもう呪いの森じゃなくなるし、私が特別あなたたちに便宜を図ってるわけでもない、遠慮は要らないのよ。城下町の片隅の仮小屋(バラック)で冬を越すのは辛いでしょう、とくに子どもたちにとっては。越してらっしゃいよ、この森に、ドワーフの仲間たち百余名(みんな)を連れて」


 どうも、この女といると調子が狂う。会話の前提にある倫理観が、根本から噛み合わないのだ。


「あのなぁ」とイクスは、噛んで含めるように女に説明した。「エントと話をして、その話題を引き出した時点で、そなたは利を得ておるんだ。吾らの代わりに、ヒューマンの城主にそれを伝えてみよ、彼らは流れ者のドワーフたちなぞ気にせずに、この森は自分たちのものじゃと、しごく当然に主張するわい」

「あ、そっか! 情報そのものが利権になってるわけね。それは確かに、言われてみたら、その通りだわね」

「ご彗眼(すいがん)でございまするな、姫君」イクスは皮肉って言った。女のほうはといえば、そんな皮肉もまるで効いちゃいない。


「えーと、じゃあ、はい」女は、なぜか右手をさっと挙げてから言った、「ひとつ、私からお願いしたいことがあります」

「何じゃ、だしぬけに改まりおって。()うてみい」

「私のことを、覚えていてくれますか?」

 イクスは目をぱちくりとさせた。これまた、何を言いだしたのだ?


「いや、そんなこと言われずとも、忘れたりゃあせんよ、そなたのような珍奇(ちんき)な者のことは」

「本当に? この先、ずっとよ?」

(おう)よ、()が生きとるうちは、間違いなく忘れぬわい」

「いや、それじゃ足りないわ」女は事もなげに言った。「あなた、どんなに長生きしても寿命はあと二百年くらいじゃない。あと千年……いえ、千年じゃまだ足りないわ、二千年くらい、私のことを語り継いでほしいのだけど」


 イクスは改めて、女を見た。黒い外套(ローブ)とお揃いの、おかしな形の黒い帽子。長い黒髪に白い肌、ヒューマンにしてもすらりと長い手脚。

 ふつうに見れば美しい部類に入るであろう、女のその黒い双眸(そうぼう)が見つめているのは、イクスを素通りしてさらに先、ずっと遠く未来にあるように思えて、それはあまりに人智を越えた領域にある空恐ろしいもののような気がして、イクスは思わず身震いをした。


(うけたまわ)った」イクスは答えた。「東の丘の氏族として、そなたのことを幾千年も語り継ごう」

「うん。ありがと」女は、明るく軽く応じた。


「して、ううむ。改めて、吾が名は東の丘のイクス。そなたの名をお聞きしたい」ドワーフは続けて言った。「異邦人の女、というのは、語り継ぐには珍奇すぎるでな」

「あれ、言ってなかったっけ?」女はこりこりと、小指の先で頭を()いた。「私の名前は、■■ ■■といいます」

「……すまない、うまく聞き取れんのだが」

「だから■■……あー、そうかそうか、これだとあなたたちには認識の域外になっちゃうのねー、そうよねわざとそうしてるんだもの、なるほどー」女は独りで何事か納得してから、改めて話を続けた。

「私の名前はね、あなたたちの言葉で言うなら……」


* * *


「異邦人の女は、ドワーフの長に名を告げた」オッペさんは講義を続けます。「ドワーフたちは、エルフの言葉にして、この名と物語とを記録した。自分たちの氏族のなかだけに留めていては、伝承が途絶えるのでないかと怖れたんじゃな。今に伝わるのは、そのエルフ語の名じゃ」

 オッペさんはエルフ語でなにか言いました。もちろん、無学な私には分かりません。

「共通語に訳するなら、んー、『黒い谷沢の灯し火』、とでも言うべきかのぅ」私が分からない様子なのを見て、オッペさんはそう付け足しました。


 その名は、


 私の心の奥底で、かちん、と、音がしたような気が


「東の森でその名を呼べば、異邦人の女はいつでも姿を見せるのだという。そういう言い伝えが残っとる」オッペさんの声が、どこか遠くから聞こえて、


『黒い谷沢の灯し火』。

 ええ、いえ、いいえ。

「くろさわ あけみ」私は呟き


「そう、くろさわ あけみ」私の隣に座る()()()()が、私の耳元でそう繰り返し


 私の名前です、それ。黒沢(くろさわ) 明海(あけみ)。かの高名な映画監督と同じ名にしようと父が言い出し、常識人の母は反対し、折衷案として「海」を付けたのだと、それは二人とも海に縁があったからで、


「じゃ、東の森で待ってるわね」()()()()はそう言い残し、その気配がすぃと消え失せて、


 私の中から勢いよく、とめどなく、脈絡もない混沌とした波のようなものとして、前世の記憶がむくむくと沸き出してきました。ちょうどフオコさんの故郷の思い出をイカやろうから取り返したときのような記憶の奔流(ほんりゅう)、いいえ、それよりも激しく強い、なんといってもそれは私自身のことなので


「ちょっと、ネイどうしたの」クロムさんの声がしました。「あなた、顔が真っ青よ」


 私が覚えていたのは、そこまででした。

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