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ネイのまごころ屋台  作者: もあいぬ
第五章:銀砂の海
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講義テーマ「異邦人:黒い外套の女」(1)

 待ち合わせ場所にしている、「白狼(はくろう)」亭の奥の小部屋に向かう途中、ひどく懐かしい匂いがしました。(かんば)しく鼻をつくこの香り。なんと、疑いようもないコーヒーの匂いです!

 奥の小部屋では小さな老人が、小さなコンロ.細長い柄の付いた鍋・その他よくわからない細々した機器をテーブルに並べ、コーヒーらしきものを()てている最中でした。


「ほぅ、この香りに()かれたんかね、お客人?」

 老人は顔を上げ、鍋をゆすりながら私に言いました。白い髭に長い鼻、童話の挿絵になりそうな、年老いた土精(ノーム)です。


 私は、まさか前世で大好きでしたとも言えず、ただ笑ってこう応えていました、「はい、とっても良い香りですね」。

 老人はふがふがと笑い、小さな白磁(はくじ)の器に鍋の中身を移しました。「よかったら、ほれ、こちらに座って召し上がれ」と、器を私のほうに出し、悪戯(いたずら)っぽく笑いました。


 私は席につき、器を手に取り、胸いっぱいに素敵な香りを吸いこんで、いざ琥珀(こはく)色の飲み物に口をつけ……。

 うわ、渋っ、苦っ! こんなに飲みづらいものでしたっけコーヒーって?! うー残念、アルコールと同様に、きっと現世のこの身体には、ブラック・コーヒーも刺激が強すぎるのですね……。

 しかめっ面の私を見て、老人は大笑いし、自分の器に注いだその飲み物を、美味そうに飲み干しました。「若いお客人には、()だ早うこざったかな?」


 私が諦めきれずに、カップ一杯の渋苦い飲み物と格闘しているうちに、ドワーフにエルフにハーフリング、うちの冒険団(パーティ)メンバーが集まってきました。

「焦げた豆の臭いかい、こりゃ酷い。……え、ネイ、こんなもの飲んでるの? なにこれ、何かの修行なの?」

「オッペ、また変わったもの持って来たんやねぇ。なんなん、この黒い汁?」

「あー、珈琲(カフヴェ)じゃないですか。西の港町では流行ってますよ、これ。」

「ふぉふぉ、この煮汁は眠気覚ましになると言うからな。この老人の繰り言を聞いてくれる客人には、ぴったりじゃろうと思うてなぁ。」


* * *


「さて、こほん。」

 コーヒー道具を片付けた土精(ノーム)のオッペさんは、咳払いをして私たちを見渡しました。

 私たちは並んで席についています。さて、講義の始まりですね。


「ご注文は、東の丘の戦いに登場する異邦人(エイリアン)、ということじゃったの、ランクよ?」

 ランクさんは無言で、私に目線を投げかけました。それに気付いたオッペさんの、また他の皆の視線も、私へと移ります。


「はい、」と私は言いました。「彼女がどこから来て、何をして、どこに行ったのか、それを知りたいんです。」

 ほーほー、と(ふくろう)のような声を上げ、白い髭を(もてあそ)びながら、老人は私を見つめました。「では、異邦人たちがどこから来るのか? そこから始めようかの。」


 オッペさんは杖棒(ワンド)を振ると、空中に光る線を、左から右へ真横にすすっ、と描きました。講師役をする魔導士(ウィザード)が黒板代わりによく使う、『空の(チョーク・)白墨(イン・ホロー)』の魔法です。


「いま我々がいる時代が、」線の右のほうに、ちょんと点を打ちます、「ここだとして」。

「いまから六百年ほど昔には、」線の中ほどに、もひとつ点、「第四期つまり近代が始まった、とされておる」。

「そして東の丘の戦いは、」線の左の端のほうに点、そして、その周りにぐるりと丸、「そこから更に千年ほど前、上古の時代の出来事じゃ」。


「そして」オッペさんは今度は斜め左上から右下へ、べつの線をすっと引きました。新しい線はちょうど、東の丘の戦いの丸印のところで、元の線と交差しています。

「異邦人は、我々とは別の時代、別の世界から、移って来たものと言われておる。上古の時代の、ある期間だけ、この二つの世界は交わっておった。この線のようにな。」オッペさんは交差した線のあたりに、さらにぐるぐる、ワンドで光る線を描き足します。


 私は仲間たち(パーティ・メンバー)を見回しました。ランクさんはこのあたりは承知しているのでしょう、平然と話を聞いています。クロムさんとフオコさんは、「別の世界」という概念自体に戸惑っている様子です。

 私は質問してみました。「二つの世界は、それからずっと交わらずに、離ればなれになったままなのですか?」

「よい質問じゃ」オッペさんはそう言うと、すこし言葉を探しました。


「記録に残る異邦人は八人。その全てが、同じ時代にこの世界に初めて姿を表した。ここ、今からおおよそ千六百年前じゃな。それ以降、新たな異邦人は確認されとらん。じゃから、そういう意味では二つの世界は離れたままじゃ。……なんじゃがな。」

 オッペさんは元の線に、新しい線との交差点から右に向けて、ぐねぐねと波線を描き足しました。

「八人の異邦人たちは、その後も時おり、この世界の歴史に再登場しておる。さてここからは、異邦人がどこに行ったのか、という話になるんじゃが。」


 老人はくるりとこちらに向き直り、私の視線に彼の視線を絡めながら言いました。

「彼ら彼女らは、どこにも行かんかった。ここに、この世界に、留まり続けた。いまも留まり続けておる。……と、考えられておる。」


「え、異邦人ってのは、エルフより長生きなの?」

 クロムさんが口を挟みました。

「長生きというより、寿命がない。異邦人は、我々のような死すべき定め(モータリティ)を持たん。魔神や御使いと同じく、魂だけで無限に存在し続ける。あるいは、そもそも生きものではないから死ぬこともない、等とも言われておるな。」


 クロムさんが困惑顔で続けます、「それって不死者(アンデッド)とどう違うの?」

「アンデッドは、」フオコさんが話の流れを取りました、「死を(まぬが)れている生きもの、なんです。自分の死に気付かなかったり、気付いていながら認めなかったり、認めはしても死の地平を越えることを魔法で無限に先伸ばししていたり、色々ですけど結局もともとは生きものなんです。いや、()()()()()()()という点では、生者と変わりません。」

「なるほど、興味深い解釈ねぇ」と、()()()()が言いました。


 ……って、えぇっ?

 彼女はいつの間にやら、私の隣の席に座っていました。こちらににっこりとウインクをして、唇の前に人差し指を立てます。

 どうやら、他の皆んなには見えていない様子です。


「本題の話に戻ろうやないの、日が暮れてまうわ」とランクさん。「八人の異邦人のひとり、黒い外套(ローブ)の女の話、詳しく聞かせてほしいんやけど」

「ほいほい、承知(つかまつ)った」オッペさんはワンドを一振り、先程まで描いていた線画をぱっと消しました。


 当の本人が笑顔で見守るなか、オッペさんの異邦人についての講義は、新たな段階(フェーズ)に移ったのでした。

 

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