南の宿場町
ネイのまごころ屋台は、それなりに繁盛していました。
南の宿場町は、往時の賑わいを取り戻し始めていました。未発見の地下迷宮の報に、冒険者たちが集まってきたのです。聞けば今朝から、廃業していた宿屋がひとつ、臨時で開業するのだとか。
冒険者協会の隣の空き地は、屋台村と化していました。冒険者たちを当て込んだ町の商店の出店だとか、あるいは冒険者自身の出した露店だとかが、ひしめくように並んでいます。
私のまごころ屋台も、そんな露店のひとつです。
物珍しさから覗きに来る冒険者が多く、単に冷やかしだったり、ちょっとした職業方針相談などでお代を頂いたり、さほどの稼ぎにはなりませんが、忙しくはありました。
ランクさんが連絡した歴史家の土精さんは、明日には到着の予定だそうです。
彼を待つ間、私は暇つぶしと実益を兼ねて屋台を開き、ランクさんはイシルさんの手伝いで冒険者協会の支部で調べ物、クロムさんはまったり露店を食べ歩き。私たちの冒険団メンバーは、みなそれぞれの時間を過ごしていました。
フオコさん救難クエストの完了から、もう一週間が過ぎました。
私が相手をしたイカやろうは、エルフが「こころ引剥ぎ」と呼ぶ、深淵の魔神に連なる古く危険な種族でした。
冒険者協会の持つ百年ぶんの討伐記録にも殆ど残っていない珍しい魔物なんだそうです。イシルさんとランクさんが、私の『探求の誓い』のログを調べて、ギルドへの特別報酬の申請を準備してくれました。
「さすがネイちゃん、こころ引剥ぎからこころを引剥ぎ返すやなんて、聞いたことないわぁ」と、ランクさんには半ば呆れた風情で言われました。
「こころ引剥ぎ」にこころを奪われたら、命までは失くさずとも復帰不能レベルの精神的な損害を受けるのだそうです。
ボーナスも楽しみではありますが、フオコさんを無事に救出できたことは、本当に何よりの報酬でした。
* * *
今日はそろそろ店じまいかな、と考えはじめた午後遅く。遠慮がちに外から声を掛けてきて、まごころ屋台の暗幕のなかにひょっこり入ってきたのは、あら、半人のフオコさんです。
「わぁ、中はこんなに静かなんですねぇ」と、くるくると目を丸くして辺りを見廻すフオコさん。小動物っぽい可愛さがあります。
私はテントの生地に織り込んである『沈黙』の魔法のことを説明し、感心しているフオコさんに椅子を勧めてから、ふたり分の薬草茶の用意を始めました。
喉が渇いてたんでしょうか、勢いよくひと息でお茶を飲み干してから、背筋を伸ばし、椅子の上にかしこまって、ハーフリングは私に言いました。
「まずは、改めて御礼を言わせてください。ネイさん、あなたは僕の恩人です。」
「いいえそんなの、お互い様ですから。私たち冒険者は、誰もが明日は我が身です。礼には及びませんよ。」
救難クエストの報酬だって、ギルドがふだん依頼者から余分に受け取っている手数料の積み立てで賄われているのですから、保険を取り崩したようなものです。
「そうだとしても、僕の感謝の気持ちは変わりませんよ。お礼というのは、言えるうちに言っとかないといけませんからね。」
そう言ってフオコさんは、ありがとうございました、と、深々と頭を下げました。どういたしましてー、と、私も深々と礼を返しました。なぜだか競争するみたいに、私も彼も頭を上げず、ようやくのところで息を合わせて頭を上げ、上げた顔を見合わせあって、笑顔を交わしました。
彼は少し顔を上気させて、落ち着かなげな様子で、笑顔のままで黙りこんでいます。お茶のお代わりを促すと、フオコさんは二杯目もまた、せわしなくひょいと、ひと息で飲み干してしまいました。
ふむ……。これは、単に喉が渇いているわけでもなさそう、ですね。
私はお茶にすこし口をつけて、ゆっくりと喉を潤してから、できる限りの何気なさを込めて言いました、「まずは、とおっしゃいましたよね。なにか他にも、話したいことがあったのでは?」と。
* * *
話したいことは僕にはほんとうに沢山あって、僕の故郷の村のこととか、海の上を飛ぶ竜のこととか、あなたがどれほど美しいかとか、僕はきっとネイさんに出会うために旅をしてきたのだとか、あぁ、この気持ちをどう伝えたらよいか、話す順番まで決めてきていたはずだったのに。
いざ、ネイさん本人を目の間にして、僕の胸は熱く鼓動を打ち、僕の顔はきっと耳まで紅くなってるでしょう、頭の中は真っ白で、何をどう話したらいいのか全然わからなくなっていました。
彼女はお茶にすこし口をつけて、白い喉を小さくこくりと鳴らし、何気なくこう言いました、「まずは、とおっしゃいましたよね。なにか他にも、話したいことがあったのでは?」と。
「ここ一週間ずっと、あなたのことを考えていました。」僕は思わず、口に出してしまいました。
僕に向けられたネイさんの黒い瞳が、深い泉にコインか何かをすっと沈めたみたいに、僕の言葉を静かに呑み込みました。
そこからは止まりませんでした。
何を話したかは、よく思い出せません。
出会ってからの日は浅くても、種族や年齢の差があっても、あなたを慕う気持ちには変わりはなく、このまま別れがたく、そばに居たいと心が募るのには疑いはなく……。
そんなようなことを、思いつくはしから僕は語り続け、静かなテントの中は、僕の言葉と彼女の相槌とで埋まってゆきました。
僕が語り尽くしたことを、しばしの沈黙で確かめてから、彼女はゆっくりと話し始めました。
「そんなふうに、私のことを、想ってくださっている、ことは、うーんと、それに、言葉にしてそれを、伝えていただいたこと、も、私、ほんとうに、とっても、嬉しい、です。」
でも、という二の句を、彼女は躊躇いながら続けました。
「でも、ごめんなさい。いまの私は、そのお気持ちに、お応えする、ことは、できません。」
* * *
フオコさんが、落胆してしおしおと小さくなっていくのが、見ていてとても気の毒でした。
もう……どうして男の人は、この手の話をイエスかノーかの二択で考えちゃうんでしょう? 「いまの私は」と言ってるのですから、「いまじゃなければ」と聞いてくれても、いいじゃないですか。
仕方がないから、自分で言いますよ。
「いま私は、個人的なクエストの最中なんです。理由は言えないんですけど、ある異邦人を調べていて、それは私にとってとても大切なことなんです。このクエストが終わるまでは、私は自分のことを決めないようにしたいんです。クエストの結果によっては、私は大きく変わってしまうかも、しれないので。」
フオコさんが、すこし気を取り直してくれた様子です。
「じゃあ、ええと、僕もそのクエストの冒険団に、ご一緒しても、いいです、か……?」
「私のクエストは、いつ終わるか見込みがないですし、なんの報酬もありません。時間を無駄にしてしまうかもしれませんけど、それでもいいんですか?」
「あなたの側にいられるなら、それは無駄な時間なんかじゃないですよ」フオコさん、さらっと素敵なことを言ってくれましたね。
「では、歓迎いたします。ちょうど僧侶系の職種の方なら、いまのパーティに足りてないですし、私からクロムさんとランクさんに話しておきますね。」
フオコさんは、よろしくお願いします! と、満面の笑みで頷きました。そのまま小躍りでもしそうな勢いです。
これで良かったのかなぁ……と、すこし悩まなくもないですが、フオコさんの故郷の村の居心地の良さを知っている私としては、悪いお話じゃないなぁと、思ってもいたところだったのです。




