ハーフリング(2)
【しゅぞく】ハーフリング
【せいべつ】おとこ
【とおりな】フオコ
【とくせい】たびびと
僕は夢でも見ているのでしょうか?
ここは故郷の村によく似ていますが、水路に据えられたこの水車小屋は、僕が生まれる前に大雨で流されちゃったものです。
小さなファブリナが生まれたときには、僕はもう冒険者になって村を出ていました。
だから、こんなふうに小さな僕が小さなファブリナと連れだって、村の水車小屋で遊んだりなんて、どの時間軸でも起こり得ないことのはずなのです。
* * *
(フオコさんが、現状の混濁を認識し始めたようです。
意識が覚醒に近付いているのです。よい傾向だと、私は思いました。)
* * *
おにいちゃんはどうしておそとにいくの? と、ファブリナが僕に尋ねます。
水車のそば、水路の土手に、二人並んで腰をかけて。
ちなみに、ほんとうのファブリナも僕のことを「おにいちゃん」と呼びます。おじちゃんと呼ばれてもおかしくない歳の差なので、言われるたびにむず痒くなります。
尋ねられた僕は、おや、いつの間にかもう、大人の姿になっています。
……村を出て、冒険者として見てきた、色んな珍しいものを、思い出しました。
海を、白浜に打ち寄せる波を、水平線のうえ遠くを飛ぶ竜を見ました。
迷宮を、闇の奥で輝く魔物たちの瞳を、飛び交う刃や魔法を見ました。
冒険を、時には隠された財宝を、あるいは単なる徒労を。さらには、無事の帰投のあとに待つ、仲間たちとのかしましい宴席を。
……うん、ここじゃ見れないものを見るために、僕は外へと出たのかもしれない。
夢の中の小さなファブリナに、僕はそう答えていました。
* * *
(フオコさん、ちゃんとした記憶が戻りつつありますね。
どうやら私の作戦、心を奪い返すための無茶な魔法行使は、成功したようです。)
(ではそろそろ私も、この涼やかな村の用水路であることから離れて、自分自身に戻ることを考えましょうか。……と、んん?)
* * *
それに、そう、つい最近にも、僕はとても美しいものを見たのです。
若木のように白く瑞々しい肢体。さらりと短く揃えた黒髪。呑まれるような深い黒檀の瞳。
彼女は僕たちの話を、身内のことのように楽しく聞いてくれました。
あぁそれに、真っすぐに僕に向けてくれた、彼女の素敵な笑顔。
そうです、あの馬車を降りる去り際の彼女の素敵な笑顔に、実のところ僕の心は、穿ち抜かれていたのです。
ふわりと暖かな風が吹いたかと思うと、僕の隣には小さなファブリナの代わりに、その当の彼女、ネイ・モージ=ララが佇んでいました。
水車のそば、水路の土手に、二人並んで腰をかけて。
これが夢なのなら、遠慮する必要はないでしょう。
僕は彼女に告げました。
ひょっとしたら僕は、あなたに出会うために、これまで旅をしてきたのかもしれません、と。
* * *
(ちょ、ちょっと、ええと、ええー?)
(待って、え、ガチに愛の告白じゃないですか! え、わ、うわー! 何でそんな、なに勝手にあっさりオッケーしちゃってるんですか私! ……って、いやいや違う私はここにいるんだから、あれは飽くまでもフオコさんの中の私のイメージにすぎないのであって、ええっと?)
(いやそれでもだめですって、こんなふうに他人の心を許しもなく覗き見るなんて、いけないことです!
あぁ、もう、何この甘酸っぱい中学生男女みたいな雰囲気、だめですもう、くすぐったくって見ちゃいられません、……って言っても、そうですよね私がここでいくら何を叫んでも水路のさざ波にしか聞こえないんですねここでは、あぁ、もう!)
仕方ない、最後の手段です。私はわざと私自身を対象にして、『心理探査』を発動させました。これで強制終了です!
さぶん、と水路が揺れて、水面に映るハーフリングの村がぐんにゃりと歪み、私という意識はぐんぐんと村の用水路のなかに落ちていきます。ぐるぐると勢いよく、目の回るような早さで、深く、さらに奥へと、引きずり込まれるように、沈む、沈む、沈む……。
私はぐっと意識を閉じて、自分の魔法を抵抗しました。
心象風景は消え失せて、一息に私は、冷たい地下迷宮へと送り返されました。激しい温度差に息は喘ぎ、思わず身震いがします。
うぅ、失敗だったかもしれません、もうこれやりたくないですね。自我認識にごりごり損害が生じている気がします……。
* * *
薄明かりのなか、冷たい石の床のうえで、僕は目を覚ましました。
身体がひどく強張って重い。まるで、一度埋められてから掘り返されたみたいな気分です。
さっきまでの夢の幸せ感は、どこか遠くに消え失せていました。
そこは地下迷宮の一室でした。足元には魔導灯が転がっていて、青白い光で辺りを照らしています。
灯りが照らす僕の隣には、見覚えのない魔物と只人の少女とが、折り重なるように倒れていました。
重い身体をどうにか引き起こし、僕は魔物と少女のそばに、よろよろと歩み寄りました。
魔物のほうは、ぴくりとも動きません。まるで生気を感じないので、どうやら死んでいるようです。
少女のほうは……あぁ、なんと、ネイさんです! 横たわり、荒い息をして、小さく震えて、目の焦点が合っていません。
思わず僕は膝をついて、彼女を助け起こしました。
夢のなかには無かった、彼女のしっかりとした重さと、しっとりとした温もりとを、僕は腕のなかに感じました。
どうやらこれは、単なる魔力切れですね。きっとすぐ落ち着くでしょう。僕は安堵しながら、彼女の背を優しくさすりました。……夢の中にあった幸せ感が、彼女に触れた手のひらから、じんわりと僕のなかに湧き出してきました。
ネイさんは僕の腕の中でぎゅっと目を閉じ、いちど大きく深呼吸をしました。そして、再び開けたその目には、もとの光が戻っていました。
「ぁ、ふおほぁん? らいりょうぅ、れふぁ?」
まるで寝起きみたいな口ぶりで、彼女は僕に言いました。言いたいことはなんとなく分かるけど言えてませんよ? もう、なんですかこの、反則級にかわいい生きものは。
「僕は平気ですよ、それより」あなたのほうが心配ですよ、と言いきる前に、どかぁん! とひときわ大きく破裂音が辺りに響き、がらがらと天井の一部が崩れ落ちてきました。
とっさに身構えた僕を、ネイさんが笑顔で諌めます、「大丈夫ですよ、フオコさんの救助隊です」
崩れた天井の穴から降りてきたのは、三人の冒険者。馬車で一緒だった、赤毛のドワーフ娘にエルフの優男。宿場町の冒険者協会の受付さんもいます。
「ネイ、無事かい?! (駆け寄ろうとしたドワーフ娘が魔物の遺骸を踏んづけます)……ん、なにこの……イカ?」
「うわー、これこころ引剥ぎやないの珍しい、うち久っさしぶりに見たわぁ」
「ご無事で何よりです、フオコヴォルペさん、ネイさん! さぁ、お話は後で、早う出ましょう。ここは未発見の地下迷宮なんです、ぐずぐずしてたら何が這い出てくるか、分からへんのですから。」
【ふかくていめい】はいずる ひとかげ
【かくていめい 】マインド・フレイア
【とうばつすう 】1
【フオコ は かたおもい を てにいれた。】




