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ネイのまごころ屋台  作者: もあいぬ
第四章:お喋りハーフリング
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塔の跡(3)

【ふかくていめい】はいずる ひとかげ

【かくていめい 】????????


 「彼」は訝しんだ。罠を仕掛けた部屋から反応があって向かってみたら、なにか眩しく光るものが床に転がっていたのだ。

 罠に引っかかった新たな犠牲者の落とし物なのかもしれない。その本人は、いったいどこに消えたのだ? この不快に光るものを残して。

 

 「彼」の目には明かりは必要ない。むしろ地上の明かりは、「彼」の種族にとっては目を焼く忌避すべきものである。この小さな灯火だけでも、視界がちくちくとして不愉快だ。

 明かりをわざと残して、こしゃくにも、どこか近くに潜んででもいるのであろうか。やれやれだ、これはまた、面倒なことになったものだ。


 先ほどの半人(ハーフリング)は、簡単な相手だった。ちょうどたまたま、罠の発動した折に「彼」はこの転送先の部屋にいたので、真っ暗闇のなか慌てている相手を、容易(たやす)く絡め取ることができたのだ。ハーフリングの心は粗野ではあるが、なかなかに味わい深いものであった。


 「彼」は腹いせ混じりに、明かりを強く叩いてみたが、意外に丈夫らしく、それだけでは壊せなかった。明かりは跳ねて転がり、横たわるハーフリングの足元に引っかかって止まった。

 不快だが、仕方がない。「彼」は小さく唸った。さてさて、我が愛しき新しい餌は、いったいどこに隠れているものか。「彼」は頭巾(フード)を取りはらい、辺りを念入りに見渡した。


 なにかしらの秘匿策を用意しているのであろう。面白い、さがしものごっこ(ハイドアンドシーク)に付き合ってやろうではないか。この地下で我らから逃れられるものかどうか、その身で試してみるがよい。


* * *


 その人型の生き物は、長い腕をぶうんと伸ばして、魔導灯(マジック・ランタン)をしたたかに打ちすえました。

 ですがこのランタン、それくらいではどうにもなりません。量産品ですが、冒険者協会(ギルド)の監修で耐衝撃を完備、下手をすると冒険者本人よりも丈夫だと陰口をたたかれるほどの逸品なのです。


 光を保ったまま跳ね跳んだランタンに、ぶぅぶぅと気味の悪い震え声で悪態?をつきながら、それは外套(ローブ)からぬうっと頭を出しました。見たことのない異形です。灰褐色の表皮はぬらぬらと輝き、頭の周りで触手がうじゅうじゅと(うごめ)いています。

 見知った何かにたとえるとしたら……、うーん、イカ?


 ええと、こんな魔物(モンスター)は知りませんね、冒険者の教本にも居ないほど珍しい何かです。性質も弱点も分かりませんが、第一印象としてお友達になりたいタイプにはとても見えません。

 敵性生物と判断しました。私は雷撃の杖ワンド・オブ・サンダーボルトを腰から抜きはなち、フオコさんに当たらないような位置取りを目指して、ゆっくりと壁際を横歩きします。


 そのイカやろうは、何かぐるぐると腕を回しながら、灯りとフオコさんの周囲をふらふら歩き回っています。位置を取りづらいですね、もう。

 ようやく、敵がフオコさんから離れて立ち止まりました。今です。私は杖を右手に振りかぶり、『電撃(サンダーボルト)』の魔法を発動……、


 させる前に、出し抜けに何かが、私の右手から杖をはたき落としました。イカやろうの早業です、腕が瞬時に伸びてしなり、長い鞭のように素早く振り抜かれて、私の右手を打ちすえたのです。

 いけない、気付かれてる?! とっさに跳び退いて、腰の剣に右手を掛けましたが、ううっ、先ほどの触腕(しょくわん)張り手(スラップ)のせいで指が痺れて、思うように動かせません。


 イカは真っすぐに私をめがけて滑り寄り、その触腕は避ける間もなく私の頭蓋を絡め取りました。

 生臭(なまぐさ)さと生温(なまぬる)さに、思わず悲鳴が口から漏れます。慌てて両手で掴んで外そうとしましたが、貼り付いた吸盤は私の力ではどうにもしようがありません。あがく私をあざ笑うように、イカがぶぅぶうと喚きました。

 あざ笑う? いえ、違います、あれは、呪文の詠唱!

 絶体絶命の状況下(シチュエーション)です。あぁ、ネイの冒険はここで終わってしまうのでしょうか? 私は、半ば覚悟を決めました。


 ……が。

 イカやろうの触腕を通じて、直に私に放たれた魔法は、なんと、私には馴染み深い『心理探査(マインド・スキャン)』でした。初対面のランクさんが「踊る小熊」亭で私に掛けてきたのを思い出しましたが、その数十倍は強烈で、その何万倍も不快です。

 私は苦もなく抵抗(レジスト)しました。慣れた魔法です。それに、水薬(ポーション)による魔力供給や、この新しい帽子に備わった抵抗力強化も、効果あったのかもしれません。


 イカやろうが、明らかに怯んだのを感じました。私に魔法が効かないというのは想定外だったのでしよう。短い詠唱の後、敵はふたたび『心理探査(マインド・スキャン)』を掛けてきました。

 私はそれにカウンターで、『以心伝心(テレパス)』を叩き返してやりました。相手の脳内に直接語りかけるための魔法ですが、私がとっさに思い浮かんだのは……。


* * *


【かんたん! いかの さばきかた】


1 せなかがわ から どうたいの したに ゆびを いれて ゆっくりと あたまと どうたいとを ひきはがす

2 あたまの うえに ついている くろい すみぶくろを やさしく つまんで とりはずし ないぞうから たべられない ぶぶんを きりはなす

3 めと くちばしとを とりはずして あしを いっぽんずつ きりとる あしの きゅうばんは ほうちょうの せで こそげとる

4 どうたいから なんこつを ぬきとる


* * *


 そのとき「彼」が感じた衝撃を例えるならば、これから捌こうと俎板(まないた)に載せた魚がとつぜん、こちらに向かって喋りだしたかと思うと、ヒトの調理方法について事細かく説明し始めた……、そんなようなものかもしれない。

 まごうかたなき恐怖譚(ホラー)である。


 この若い只人(ヒューマン)の女に、まさか自分の精神魔法が通用せず、あまつさえ反撃をされるとは、まったくの予想外だった。


 「彼」は、強靭な身体と俊敏な触腕とを備えるが、ほんらいは精神的な存在である。

 強力な精神系魔法で、ほかの知的生命体の精神活動を吸収し、それを生きる糧とする、特殊な生命体である。

 ゆえに、「彼」の種族にとって、精神攻撃は生命活動の根幹に関わる、危険なものであった。


 「彼」は慌てて引きさがろうとしたが、今度は女のほうが、その骨ばった両手の指でぐっと触腕を掴んで離さない。十本の指を通じて、女はさらなる精神攻撃、「彼」に似た下等な海産物の美味しい調理方法(レシピ)について、次から次へと新情報を繰り出してきた。


* * *


 イカのお造り!

 胴を切り開いたら、半分は湯通しして一口大に。残る半分は縦に切れ目を入れたのちに海苔とあわせて巻いて、すこし馴染ませてから輪切りに。下足(げそ)も添えて、歯応えも楽しめます。あえてひと晩寝かせれば、ねっとりとした食感に。


(イカやろうは、ぎゅう、ぎゅう、というような悲鳴?をあげながら、へなへなと床に崩れ落ちました。触腕の吸盤も力を無くし、私の頭からずるずる外れて落ちていきます。)


 イカ焼き!

 みりん酒しゅうゆを等分に、砂糖それなり塩少々。串刺しのイカをタレにくぐらせ、炭火の上でじっくり焼こう。お祭り屋台の香ばしい匂いも御馳走の一部です。あー、もろこしも一緒に焼いちゃいます? いいですねぇ。


(イカやろうは私から逃れようと這いずり始めました。無駄な抵抗です。私は触腕を掴み、よっこいしょ、と綱引きみたいに手繰り寄せます。)


 イカ墨パスタ!

 ぶつ切りにした胴と内蔵と墨袋とを、ニンニク・唐辛子とオリーブオイルでしっかり炒め、白ワインを振って強火で酒分を飛ばし、トマトソースを加えてから茹でたてのパスタと和える。真っ黒い麺から芳醇な薫りがふんわり、否応なく食欲をかきたてます。


(イカやろうは分厚い肉をぶるぶる震わせたかと思うと、黒い墨のような液を、ごぼり、ごぼり、と吐き出しました。やっぱりイカ的な何かなんでしょうかね、この生き物は。)


 まだまだ序の口ですよ、人間の女がその気になれば、どこまで残酷になれる生き物なのか、とくとその身で味わうと良いのです。フオコさんの(かたき)です、その身も心も、美味しく頂いてやります!


 ……そこで私は、ふと我に返って思いつきました。

 この生き物、ひょっとして、フオコさんの心を食べちゃったんじゃないでしょうか。

 弱り切っている今なら、このイカやろうから、フオコさんの心を取りもどせるのでは?

 

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