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ネイのまごころ屋台  作者: もあいぬ
第四章:お喋りハーフリング
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塔の跡(2)

【ネイ  】とうのあと B2

【フオコ*】とうのあと B2

【クロム 】とうのあと F1

【ランク 】とうのあと F1

【イシル 】とうのあと F1


* * *


 真っ暗闇のなかで独り、私は立ちすくしていました。閉ざされた地下階、漏れ込む月明かりもなく、完全な暗闇です。自分の身体さえ見えません。


生物探知ディテクト・クリエイション』がなければ、なにがなんだか分からずに酷いパニックに陥っていたかもしれません。私の魔法視野(ビジョン)は、フオコさんと同じ階層に私も転移させられたことを示しています。

 フオコさんと同じ罠に、どうやら私もかかってしまったようです。


 落ち着け、ネイ。私は自分に言い聞かせながら、闇の中で深呼吸を繰り返しました。ラジオ体操の歌を、小さな声で歌います。ちゃん・ちゃん・ちゃんちゃららん・ちゃん・ちゃん・ちゃん、大きく息を吸ってー、吐いてー。

 ふぅ。


 こんなことをしても、怖いことには変わりはないのですが、怖がってばかりいるわけにもいきません。これはむしろチャンス、要救助者にいち早く近づけたのです。

 フオコさんの、無邪気な中学生男子みたいな可愛い笑顔を、()いて思い浮かべます。彼も独りきりで、こんなふうに暗闇の中に放り出されたのです。あぁ、どれほどの恐怖と絶望だったでしょう? 私には少なくとも、二階層ぶん上には仲間たちが居ます。あの人たちならきっと、すぐに助けに来てくれるはず。


 ゆっくりと背嚢(バックパック)を床に下ろして、中から手探りで魔導灯(マジック・ランタン)を取り出し、魔力を流し込みます。ふわりと青白い光が、手のひらサイズの魔導具から広がり、闇を照らしました。

 辺りを見廻すと、すぐそばの床の上、ごろりと横になった半人(ハーフリング)が視界に映り、私は思わず息を呑みました。


* * *


ランク「はいはい、クロムちゃん、落ち着こうなー」

クロム「いいからそこを退()いて、あたしも行く、ネイ(あのこ)を独りにさせられないよ」

イシル「……いえ、これもう使えへんみたいです。今のネイさんの転移で、魔力が枯れてます。一度に一人分しか転移できひんみたいです」

ランク「うわー悪辣やなそれ、絶対わざとやろ。冒険団(パーティ)の分断を狙ってるんやね」


(しばし沈黙。)


クロム「その罠。なんとか再装填させらんないのかい?」

イシル「ごめんなさい、転移先のほうからやないと、そのへんは(いじ)られへんようにされてますね」

クロム(しかめ面)


クロム「……わかった」


クロム(かちゃり。自分の荷物から何かを取り出す)

クロム(がっちゃん。取り出した何かを、戦斧(バトルアックス)に取り付ける)


ランク「ええと、クロムちゃん、それ、何の準備?」

クロム「さっき言っただろ、地下ならドワーフに分があるよ、って」


クロム(鶴嘴(つるはし)の刃を取り付けた戦斧を振りかぶる。ぶうん!)

クロム(床に叩きつける。がぁんっ!)


クロム「この下に居るんだよね? こんな床の二枚くらい、あたしが(ぶうん!)ぶち抜いてやる(がつぅんっ!)」


* * *


 私はフオコさんに呼びかけながら駆けよりました。返事がありません。

 隣に腰をおろし、肩を叩いて身体を揺すりました。なんの反応もありません。

 両目をぱっちり開いて、ときおり(まばた)きもしていますが、能面のように無表情です。怪我をした様子はなく、呼吸もしています。


 役に立つかは分かりませんが、精神的な原因なのなら、私にも何とかできるかもしれません。杖棒(ワンド)を手に取り、ごめんなさいと一声かけて、私は横たわるハーフリングに『心理探査(マインド・スキャン)』を投げかけました。


 脳裏に映し出されたフオコさんの心象風景に、私は小さく悲鳴をあげました。

 心が、ありません。何かがあった形跡はあるのですが(小さな丘の連なったハーフリングの村の景色)、その景色の真ん中が、ごっそり欠け落ちています。ぽっかりと空いた空隙(くうげき)には本当に何もなく、空白のようにも、真っ暗闇のようにも見えます。

 これは、忘却とか記憶喪失とかといった生易しいものではありません。無意識の底から丸ごと力任せに心を引き剥がした、といったような気配。見たことのない症状です。


 彼に何が起きたのか、検討もつきません。罠のせいなら、私もどうにかなっていても不思議じゃありませんが、今のところこのネイは心身ともに健康です。

 罠のせいではないとすると……何者かの攻撃?


 私は『心理探査(マインド・スキャン)』を切り上げて、『生物探知ディテクト・クリエイション』に意識を戻しました。

 上階にいたときから探知していた、正体不明の人型生物は、こちらに向けてゆったり近づいてくる様子でした。おそらく十分もあれば、この部屋まで辿り着くことでしょう。

 転移罠の発動を知って、こちらに近付いてきたのでしょうか。だとすると、あれは罠を仕掛けた本人、魔法の使える知的生命体になります。私には相性の悪い相手ですね。

 上階の様子を探知します。三人とも二階層ぶん真上の部屋にいて、何かをしている様子ですが、よくわかりません。……彼らの助けは間に合わないと、考えざるを得ません。


 単独行は久しぶりです。胸が高まります。……いいえ、ここは自分に正直になりましょう、もう、あぅぅ、不安で胸が張り裂けそうです。


 手持ちの装備を確認します。

 こないだ金貨十枚で買った魔導強化済みの(エンチャンテッド)革の帽子、これも大枚を叩いた魔力湧泉の水薬ポーション・オブ・マナ・フォンテイン二本。魔法の杖棒(ワンド)に、まごころ屋台のカウンターから引き抜いてきた雷撃の杖ワンド・オブ・サンダーボルト(充填まだ三回分は残ってます)。ランクさんから頂いた真銀製の(ミスリル)直刀小剣(ショートソード)。クエスト報酬だった『存在秘匿(オブスキュア)』の魔除けの護符(アミュレット)。使い古しの魔導灯。

 

 少しだけ、自信が戻ってきました。


 私は魔導灯に強めに魔力を込め、フオコさんの側に置き、壁際のほうへと離れました。

 壁を背にして水薬を一本飲み干し、魔力が自動補充(リジェネレート)され始めるのを確かめました。

 アミュレットに魔力を込めました。これで、こちらから攻撃的なアクションを取らない限り、私の姿は相手には視えなくなった、はず、です。


 作戦は単純。かくれんぼ、そして、先制の奇襲、です。

 こちらに気付かず近寄ってきた相手を、じっくりと観察してやりましょう。害をなす生き物のようならば、『雷撃(サンダーボルト)』かエルフの小剣か、どちらか効きそうな方を、あるいは両方を順番に、遠慮せずに在庫の限りを叩き込んでさしあげるのです。相手が何者かは不明のままですが、それでも単身なら、私にも勝つ目がなくもない、はず、です。


 私は息をこらし、壁際に身をかがめて、近づく相手をじりじりしながら待ちました。


 ……衣擦れの音と、何か肉の塊が這いずるような異音とが合わさって、さらりさらり、べとりべとりと、こちらに近付いてきました。

 やがて暗がりからぬうっと、頭から足元まですっぽり覆う外套(マント)姿の何者かが、青白い灯りに照らされて、その大きな姿を(あらわ)しました。


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