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ネイのまごころ屋台  作者: もあいぬ
第四章:お喋りハーフリング
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塔の跡(1)

 冒険者協会(ギルド)に集まったのは、ランクさん、クロムさん、私の、三人だけでした。やはり今晩この町にいた冒険者は私たちだけのようです。……フオコさんが、居ません。


「ヒギンズ氏が未帰還です」開口一番、険しい顔で、協会(ギルド)の受付嬢が私たちに告げました。「塔の跡への見廻りのクエストは、彼はこれまで何度もこなしてくれてはります。単独行(ソロ)にも慣れてはって、仮に何かあったんやとしても、無理はしいひん(しない)はずです。」

 エルフの受付嬢は、きのう着ていた緩い外套(ローブ)姿ではなく、使い込まれた軽革鎧(ライト・レザー)を身にまとっています。硬い表情で、彼女は続けました。「クエスト定刻の半日は、もう過ぎました。クエスト中の遭難と判定し、約定第七条の二項に基づいて、フオコヴォルペ・ヒギンズ氏の救難クエストを、ここに発行します。」

 彼女は短くため息をつくと、吐くように言いました、「なんとなく嫌な予感あったんです、ちゃんと止めるべきでした、あたしが……」言いかけて、言いよどみ、天を仰ぎ見ました。

「気にしんとき(しないで)な」ランクさんが声を掛けました。「誰かのせいとか、そういうことやないよ」

「はい、もう気にしません。……ありがとうハソルの子。あとはこれからどうするか、ですよね。」続けて何事かエルフ語でつぶやき、ランクさんがそれにひとこと、やはりエルフ語で応えました。彼女の表情が、少し和らぎました。

「わたしも現地に同行します。参加できる冒険者は今ここにいる皆さんだけのようで、この分やったら中継役としてあたしが協会(ギルド)に残っても、あんまり意味がないですし。」


 彼女は、薄い灰色の目を私たちに向けて、エルフ(なまり)の共通語で言いました。「改めまして、エルフのイシルと申します。」

「こちらは、ご存じハソルの子ランク」

「こっちは、見ての通りのドワーフのクロム」

「モージとララの子、ヒューマンのネイです」


「細かいことは道中で話しましょう。馬は用意しました、みなさん乗れます?」

「あ、はい」と私。ひととおりの乗馬は、父に仕込まれました。

「あたしは自分の足で走るよ」とクロムさん。「どうも馬は苦手でね」

「んー、この子はうちが二人乗りしてくわ」とランクさんが横から言葉を挟んで、しかめ面をしたクロムさんを(なだ)めるように、その肩をぽんぽんと叩きました。


* * *


 馬を駆けさせて半時ほど、荒野の丘を二つ越えたところで、遠くに「塔の跡」が目に入りました。

 現代日本人の感覚からすると、小規模な雑居ビル程度の代物です。五階建てくらいでしょうか? 周囲は瓦礫に囲まれています。


「元は、あの倍くらいの高さはあってん」とランクさんが、走る馬上から少し大きな声で、私に説明してくれました。(クロムさんは憮然とした面持ちで、ランクさんと同じ馬の背、彼の後ろに静かに座ってます。)

「塔の最上階に迷宮(ダンジョン)管理人(マスター)が居座ってはって、さいごに派手な魔法で塔ごと自爆しようとしはってん。魔法は失敗したんやけど、塔の上半分には大きくヒビが入ってもうて、何十年か過ぎるうちに雨風でゆっくり崩れてしもうて、今はこの有様、ってところ」


 どうやら間違い無さそうです。「フオコさん、あの塔に居ます、生きてらっしゃいます!」と、私は馬を駆けさせながら、声を張り上げて皆に告げました。私の『生物探知ディテクト・クリエイション』の魔法視野(ビジョン)には、微かだけれど間違いようのない、馴染みの半人(ハーフリング)の反応があります。

 ……反応はありますが、ひどく鈍いものです。何か深い傷でも負っているのでしょうか、あるいは眠っているのでしょうか? ちょっと高いところから落ちて足を折っちゃって今は救助を待ちながら寝てる、とかいう話なのなら、良いのですが。


「他に何か居ませんか?」と、良く通る声でイシルさんが私に尋ねます。

「えっと、何かが居るみたいな……ごめんなさい、もう少し近くに行けば、判ると思います」

 イシルさんは頷くと、私のほうに馬をすすっと寄せてきて、私の馬の長い耳にむけて何事かを囁きました。とたん、わ! 拍車も当ててないのに、私の乗馬はがぜん元気に速力を増しました。風のように駆けるその背に、私はどうにか身を預けました。


* * *


 塔の跡に着く前に、私たちは馬を降りました。瓦礫の山を越えて行くには、馬がいたほうが不便です。

 イシルさんがまた何かを、三頭の馬たちに告げています。動物操作の魔法なのかそれとも馬の言葉を話しているのか、馬たちは大人しくそれを聞いています。「このひとたちには、ここで待っとってもらいましょ」と彼女は言い、振り返って塔の跡を仰ぎ見ました。


「ネイちゃーん、フオコちゃんが何階に居るんかって、分かる? だいたいでええんやけど」ランクさんが私に尋ねます。

「少し待ってもらえますか?」念のため私は、『生物探知ディテクト・クリエイション』を再詠唱して確かめました。意識を失っているらしいフオコさんと、正体不明の人型の何者かが一個体、同じ階層に居るようです。

「確認できました。地下、二階です」私はランクさんに告げました。


「「地下?!」」ランクさんとイシルさんが、驚きの声をあげました。

「ほんまに?……ここに地下があるなんて、うち初耳やねんけど」

「あたしも、そういう報告は百年来、聞いてませんねぇ……?」

「なんにしても、とっとと行こうよ」とクロムさんが言いました。「なにさ、この世の中に知らないことがあったのが、エルフたちにはそんなに驚きなのかい? ご心配なく、地下ならドワーフにも分があるよ」


* * *


 塔の跡に入ってすぐのロビーめいた広い部屋で、私たちはイシルさん持参の地図を広げました。

 冒険者協会(ギルド)推奨の共通記号がみっちり書き込まれた「塔の跡:一階」の地図の上、登り階段はいくつかありますが、地階への経路は見当たりません。


「位置的には、この部屋の真下あたり、みたいなんですが……」私は地図の奥、何もない玄室めいた場所を指しました。

「そこ、見廻りルートのチェックポイントのひとつですね」イシルさんがそう言うと、慣れた手付きで腰の胴乱(ポーチ)から振り子(ペンデュラム)を取り出し、何事かを呟きながら地図の上で揺らしました。

 振り子は繋がれた生き物のようにくねくねと揺れたあと、私の指したのと同じ玄室に吸い付きました。「うん、ここで間違いなさそうですね」


 玄室には、すぐに辿り着けました。扉を開けたその室内、明かり取りの窓から月明かりにうすく照らされた石壁と石の床以外には、何ひとつ見当たりません。

 私たちは、そろそろと室内に入りました。

「たぶん、このへん……」私は部屋の隅のほう、真下にフオコさんの反応があるあたりに歩み寄りました。ランクさんが私に向けて警告と静止の声をあげたのと、ぶぅん、という低い不吉な音を立てて何かの魔法が私の足元で発動したのは、ほとんど同時でした。


 次の瞬間、月明かりは消えて、暗闇のなか私は独りきりになっていました。すぐそばにフオコさんの反応、遠く上の階層にランクさんたち三人の反応。同じ階層の少し離れた場所に、正体不明の何者かの反応。


……恐怖感は後追いでやってきて、私の背筋をぞっと冷やしました。

 やられた、これは、階層転移の罠(レベル・テレポーター)

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