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ネイのまごころ屋台  作者: もあいぬ
第四章:お喋りハーフリング
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「白狼」亭

 私たちが南の宿場町に着いたのは、馬車に揺られて三日目の昼過ぎでした。冒険者協会(ギルド)に行くというフオコさんと別れて、クロムさんランクさん私の三人は宿へと足を運びました。


 町にただ一つというその冒険者向けの宿、「白狼(はくろう)」亭は、辺境の町にある同種の宿よりも小振りなもので、宿泊客も今日は私たちだけのようでした。宿の主は愛想のいい年寄りの只人(ヒューマン)で、いそいそとカウンターの奥から現れて、ランクさんを見止めると、彼宛の伝書が届いていると言い残して、またカウンターの奥へぱたぱたと戻ってゆきました。

 伝書は、私たちが尋ねる予定の歴史好きの土精(ノーム)、オッペさんからのものでした。

丁度(ちょうど)ええわ、オッペ、買い出しの用事あってこの町に出てくる予定やから、そこで待っとって、って言うてきてはる」

「ふうん? 日取りは?」とクロムさん。

「あら、だいぶ先の日付やね……。うちがオッペに伝書したとき、まだ歩いて行く予定でいてたから、それに合わせるつもりなんやね彼。んー、行き違いになってもしょうもないから、もう町に着いたよって連絡しとこか。おじちゃん、ここ伝書紙って置いてはる?」

「えぇもちろん、銀貨三枚になります」


 ランクさんは伝書紙に、宛先と短文とをしたためて封をして、結わえ紐を引き抜いて込められた魔法を発動させました。伝書紙は(きら)めく鳥のような姿に変化し、フロアをくるくると羽ばたいて巡ったのちに、宿の戸口から外へと飛び去ってゆきました。

 安価に出回っている魔導具(アーティファクト)です。こういうものが普通にあると、電報とか電話とか携帯とかが進歩することは、この世界では起こらないのかもですね。


 荷物を置いて、けれどもまだ日は高く、私たちはいったん冒険者協会(ギルド)に顔を出しておくことにしました。

 フオコさんは、もう居ませんでした。「止めたんですけどねぇ」と、痩せた背の高いエルフの受付嬢が愚痴めいて話してくれました。「かれ、日暮れまでには戻って来れるから、言うて、とっとと出てってもうて。余計な心配かもしれんけど、ひと晩やすんでから出発でも、ええですやろに。」


 フオコさん、なにか小さなクエストを請けたようです。「どこに行かれたんですか?」と私は聞いてみました。

「塔の跡です。……えっと、百年くらい前に攻略された迷宮(ダンジョン)の跡地ですねん。塔は半分以上もう崩れてもうてるんですけど、それでも残ってる分はそれなりに丈夫に残ってて、たまに小鬼(ゴブリン)とか犬鬼(コボルド)とかが住み着くことがあったもんやから、見廻りのクエストを定期的にやってもろてるんです」受付嬢が、ちらとランクさんのほうを見やりました。

「うん、この宿場町はな、ネイちゃん、その迷宮(ダンジョン)を攻略する拠点として始まってん。」ランクさんが受付嬢の説明を引き継ぎました。「そっかぁ、もう百年も経ったんやなぁ。攻略した冒険団(パーティ)には、うちも、この()も、混ざっとったよ。」

「たはは……あたしはそのときは、ただの鑑定係でしたけどねぇ」受付嬢が気恥ずかしげに笑いました。

 うーん、人間にとっての十年くらいの感覚なのでしょうかね、エルフの百年は。


 それから私たちは連れだって宿に戻り、食堂で早めの夕食にありつきました。温かいたっぷりの食事は、三日ぶりでした。

 待ち人を待つ間をどう過ごしましょうか、きっと退屈するだろうね、フオコちゃんみたいに何か小さいクエストひとつ請けてみぃへん?等々と話しながら、私たちは食事を終えて、それぞれの部屋に戻ったのでした。


 旅の疲れは心地よく、私を眠りに(いざな)いました。……。


* * *


 ……それは虚無、全くの暗黒、何もみえない闇でした。


 むくむくと沸きあがる闇の中に、幾つもの小さな人影が呑み込まれ、消えてゆきます。

 あの年かさの半人(ハーフリング)のお祖母ちゃんは老ファブリナです。隣にはその娘リヴァ、その子どもたちカヴォロとカムポとイドリコ、そして更にカヴォロの娘の小ファブリナと……。

 何十人もいたハーフリングたちは、みるみるうちに、残らず姿を消してしまいました。


 残ったのは虚無、完璧な暗黒、目が痛くなるほどの闇、ただ闇、ただ闇……。


* * *


 私はベッドの上に跳ね起きました。


 今しがた見た夢の、ざらっとした嫌な感触が、まだ身体の内側に残っています。ひどく寝汗をかいていました。

 夢に見たのは、フオコさんの親族の方たちの姿でした。ここに来る馬車の車中で、たっぷり聞かされた話のなかの登場人物たちでした。


 激しく刻む胸の動悸(どうき)が、なかなか納まりません。

未来予知(ディヴィネーション)』のような魔法を、私は未習得のはずですが、夢の中で未知の魔法を発動させるケースも稀にあるようです。或いは、魔法とは別の理屈で起こる不思議な体験なのかも。どちらにせよ、ただの夢と片付けるには不吉すぎる、ような……。

 窓の外は夜。おそらく夜半を過ぎたころでしょう。夢の中で見たのとは違う、月明かりのある柔らかい夜の闇を眺めながら、私は気持ちを落ち着かせようと、大きくゆっくりと息をついていました。


 ようやく動悸が納まって、でも夢の中から続く不吉な予感はいよいよ激しくなるばかりで、すっかり目が冴えてしまって、ベッドを出て少し身体を動かしてみようかと考えていた矢先、窓の外から半鐘(はんしょう)の音が聞こえてきました。

 冒険者協会(ギルド)の半鐘、聞き違いようのない鳴らし方(リングトーン)です。大きく三つ、小さく三つ、大きく三つ。一息おいてまた、大きく三つ、小さく三つ、大きく三つ。


 むくり、とクロムさんが、隣のベッドで身を起こしました。私は立ち上がり、部屋のランプを灯しました。

 身支度をしなければいけません。あれはギルドの救難信号、鐘の音の届く範囲にいる全ての冒険者に向けた、緊急の非常呼集です。

 私は、不吉な夢が正夢となったことを半ば覚悟しながら、クロムさんは、寝起きの不機嫌な顔のまま、お互いに何も言わず、それぞれの鎧を身に着けるのを、代わりばんこに手伝いあいました。

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