街道
馬車は私たちを乗せて、街道を快速で進んでいます。
出発から数時間、年配の御者は、四頭立ての四輪馬車を危なげなく操ってきました。
御者席から馬たちに向けて時おり投げられる掛け声。小気味良く流れ去ってゆく車窓の風景。自動車や電車が当たり前だった前世ならともかく、今世の私には未体験の旅路です。
私の向かいには、ランクさんとクロムさん。
赤毛のドワーフ娘は、寝てます。座席に寄りかかって、がっつり熟睡しています。休めるときに休むというのは冒険者の鑑なのかもしれません……あるいは、昨晩すこし飲み過ぎただけかも、しれませんが。
エルフの優男のほうは、退屈げに窓の外を見つめています。時おりこちらに視線を向け、まぁ他人事やし知らんけど気の毒になぁネイちゃん、みたいな顔をしています。
そして私の隣には半人の修道士。私に向かって数時間ずっと、ご自分の家族と親戚たちについて、こんこんと喋り続けています。
……時々、こういうことが起きます。狙ったわけでもないのに、何気ない世間話のつもりだった私のひとことが、なぜだか相手が胸のうちに溜めこんでいた「是非この話を聞いてほしい」欲求に最適な一撃を喰らわせてしまう、そんなことが。
「……それでですね、叔母のリヴァには子供が三人いるんです、カヴォロとカムポとイドリコと、カヴォロはぼくより七つ歳上なんです、でカヴォロはこないだ結婚したと思ったらもう娘さんが生まれたんだとか、娘の名前はファブリナで、これはお祖母ちゃんの名前から取ったんです、お祖母ちゃんの話はしましたっけ?お祖母ちゃんのほうのファブリナは……」
ハーフリングの方たちは親類縁者の話をするのが何より好きだと聞いていたので、私のほうから自己紹介をしたついでに父と母の話を少しして、あなたは? と話を振ってみたのです。そこから始まった彼の家族紹介は、数時間たっても終わる気配が見えません。
初対面の相手に、見知らぬ親戚についてえんえん話したら退屈されるかも等とは、彼には思いつけないようです。あるいはハーフリング同士なら大丈夫なんでしょうか……? 私は、楽しそうに喋りまくる彼の話っぷりに半ば呆れつつも、前世から引き継いだ傾聴スキルをフル回転させながら(つまり、おおよそ興味を持てない話でも本気で興味を持って聞けるという特殊スキルを継続発動させながら)、車中の時を過ごしていました。
* * *
この愉快な旅路の始まりは、こうです。
南の宿場町は遠く、土精の歴史家のところへは長旅になります。クロムさんとランクさんと私の三人は、その報告と留守にする挨拶に、冒険者協会のサッファさんを訪ねました。
サッファさんは開口一番、私のクエストログを紛失してしまったと、詫びの言葉を長々と述べたてました。記録器が突然こわれてしまったのだとか。私はべつに構わないと言ったのですが、預かりものを無くしてしまったのに謝罪の言葉だけで済ませる訳にいかないと、彼女は協会の費用持ちで、南の宿場町までの往復の貸し切り馬車を手配してくれたのでした。
たまたま協会受付に来ていた半人の修道士のひとが、このやり取りを横から聞いて、相乗りを申し出てきました。クロムさんやランクさんとは顔見知りの方のようです。馬車は四人乗りで席はどのみち空いているし、費用はどうせ協会持ちだし、いいんじゃないの? とクロムさん。
「はじめまして、ぼく、フオコヴォルペ・ヒギンズといいます。フオコって呼んでください。」私よりも少し背が小さい、かわいい中学生男子みたいに見える彼は、馬車の隣の席から私に、人好きのする笑顔で挨拶をしてきました。
小さく童顔な種族だというだけで、実際はたぶん今の私の数倍の年齢だったりするのでしょう。失礼があるといけません。私は年長者に対する普段の通りの挨拶を、笑顔を添えて、彼に返しました。
「はじめまして、フオコさん。私はモージとララの子、ネイと申します。……ええと、モージは剣術の師範をしていて、ララは魔導師です、ふたりとも元冒険者でした。」私の家族の話をすると、興味深げに目を見開いてフオコさんは聞き入っていました。その様子が小型犬みたいに可愛かったので、私はつい言ってしまったのです、「よかったら、あなたのご家族の話も聞かせてもらえますか?」と。
* * *
ネイと名乗るその少女に向けて、僕はこんこんと話しを続けました。これほど話すことがあるとは、自分でも不思議なくらいでした。
只人にしては小さい背丈は、彼女がまだ身体的な成長の途中段階にいることを示すのでしょう。短めに揃えた真っ直ぐな黒髪、すらりと伸びる細い手足、どれも僕たちには持ち得ない素敵な容姿で、もしこれが成長途上のゆえの美しさなのだとしたら大変に惜しいものだなと、ぼくは彼女と語らいながら思い、ふと嘆息を漏らしました。
身内の話をするのは、いつ以来でしょうか? ハーフリング同士だと大いに盛り上がれる絶好のネタなのですが、この辺境にはハーフリングは僕くらいしか居ません。異人種の連中はたいてい長話を嫌って、その手の話をハーフリングにはしてこないものです。
でも、彼女はまるで深い泉のようでした。彼女の黒い瞳は真っすぐに僕を捉えていて、どれだけ僕が言葉を注いでも、漏らさず溢さず静かに受けとめて、適切なところで話を促す質問を挟んでくれます。
お悩み相談の屋台をしている変わった子だと聞いてはいましたが……、これは並みの僧侶よりもはるかに告白室向きの人材です。信じられない、いくらヒューマンが成長が早いといっても、十年と少ししか生きてないはずなのに、なんでこんなことができるんでしょう?
気づけば日は落ちて、夕暮れの薄赤い光の下で馬車は停車場に止まり、僕の親類紹介もようやく一区切りがつきました。僕は長話のお詫びを口にして、彼女は素敵な笑顔で詫びを断り、また話を聞かせて下さいと言いながら馬車を降りていきました。
「ええ子やろ、ネイちゃん」馬車から降りようとする僕に、後ろからエルフが声を掛けてきました。そうですね、と僕は応じます。
「あの子、精神系特化の魔術師やねん。その界隈に限ったら、エルフでも敵わへんよ」
へぇ、と応じながら、僕はなんだか残念な気持ちになっていました。そうかなるほど、彼女と話している間じゅう僕が感じていた心地よさ快さは、何らかの魔法だったのか、と。
「あぁ、けどあの子、ふだんは魔法は使わへんよ。そのへん律儀やねん。……魔法なんか使わんくても、ひとの心を憩わせるんやね、まごころ屋台のネイちゃんは。」エルフはそう言い添えると、僕に向かってウインクをしました。




