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ネイのまごころ屋台  作者: もあいぬ
第三章:魔窟の妖術師
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異邦人

 大理石のような、つるつるの冷たい床に体育座りをして、私はその綴れ織り(タペストリー)を眺めていました。

 映画のスクリーンくらいの大きなタペストリーで、主題は傷付き倒れゆくドワーフの戦士たち、それを(いた)(うつむ)きかげんの生き残りたち、のようです。

 (すみ)のほうに、彼らに向けて声を掛ける、()()()()


 彼女(わたし)はそれっきり、他のどのタペストリーにも登場していないようです。彼女(わたし)の役柄も不明瞭です。何事か、ドワーフたちにとって好ましいことをしているようですが、何をしているのかは分かりません。それはきっと、詳しい描写を加えるまでもないくらいの、大きな叙事詩のうちの小さな挿話、なのでしょう。


* * *


 残る休日を、私はたいてい、クロムさんと一緒に過ごしました。


 朝には冒険者協会(ギルド)の訓練所で地稽古(スパーリング)をしました。

 もちろん私の剣術は、彼女にはまったく歯が立ちませんでした。まるっきり次元が違います。まるで、あやされる赤ん坊になったみたいな気分でした。訓練所で相対して向き合った赤毛のドワーフ娘の短躯(たんく)は、ひどく大きなものに見えました。


 適当な昼食を()りながら、適当な話をしました。

 たとえば、私が今回の報酬の大半を次の冒険の準備に費やしてしまった話をすると、クロムさんは今回の報酬の大半が酒代に消えたと、笑って話してくれました。いくらなんでも何かの冗談だと思いましたが、この世の中には、本当に本当に高価な酒があるようです。

 高山地方に専門家が運営する保管所があって、そういう、同じ重さの黄金よりも高価な酒を預かってくれているのだそうです。年の始めに、高山を眺めながら美酒を味わうのが、いわば彼女のお正月の過ごし方、なのだとか。


 夜には、次の旅への準備と称して、クロムさんの心の奥を見せてもらいました。

 『心理探査(マインド・スキャン)』で読み込んだ、クロムさんの心の奥、ドワーフの大広間は広く、「東の丘の戦い」のタペストリー以外にも、多くの歴史的な遺物があるようでした。そのどれもが、とても興味を()く様子でしたが、今はできるだけ()()()()に、意識を集中させることにします。


* * *


 ネイは目を閉じて、ベッドの端に腰を掛け、あたしの心を読むことに没頭している。時折、ほうっ、と感嘆のためいきを洩らす。

 なんでも、あたしの心の奥には素晴らしい景色が広がっているらしいのだけど、詳しいことは私には内緒なんだそうだ。詳しく伝えてしまうことで変わってしまうことがありえる、ニンシキしてしまうとイシキがカイニュウしかねない、とか、なんとか。

 

 最初にこの「心読み」をしたとき、ネイが突然ぶっ倒れたので心配だったんだけど、あれは予想外の代物に出くわしたせいだと(それはドラゴンよりも予想外だったと)、予期していれば心配は要らないと、ネイは言い張った。

 その、予想外の代物というのが、エルフ野郎(ランク)の言うところの異邦人(エイリアン)らしいのだけど、なぜネイがその異邦人に(こだわ)ってるのかは、それもまた内緒なんだそうだ。


 考えてみると、あたしは自分たち(ドワーフ)の歴史について(ほとん)ど何も知らない。

 故郷(ふるさと)は数百年の歴史のある鉱山街だったが、火竜(ファイア・ドラゴン)に炭にされてしまって、何も残ってはいない。ドラゴン討伐の戦士団にしばらく居たけど、彼ら彼女らは竜退治にしか興味がない禁欲的(ストイック)な人たちだった。竜の生態や戦斧の扱いには詳しくなれたけど、ドワーフの歴史について思いを馳せるような暇の使い方はしなかった。独り旅の間に酒の味を覚えたけれど、自分のことを遡ってみようだなんて思い付きもしなかった。

 ネイやランクに触発されたのかもしれない。けど、自分たちの種族の古い歴史に興味をもつだなんて、あたしも歳を取ったのだろうか。


 あらためて、目の前の若い魔導師(ウィザード)を見る。薄い小さな体躯、強く掴んだら折れてしまいそうな細い手足、白い顔に黒い髪。冒険者歴まだ二年目の、十四年しか生きていない異種族(ヒューマン)

 若々しさが、(まぶ)しく見える。護ってやりたい、あたしの身につけた生き残る(すべ)を伝えてあげたい、と思う。母性本能というやつなんだろうか。あるいはこれも、単に歳のせいだろうか。


 黒髪の魔導師は、閉じていた目をゆっくり開いた。目があった。思わず笑いあう。

「今日はもう、おしまいにします。」とネイが言った。

「なにか分かったかい?」と聞いてみた。

「ええ、何も分からない、ということが分かりました。」ネイは謎解き話(リドル)みたいなことを言った。


* * *


 おやすみの挨拶をすると、いつものようにクロムさんはとっとと寝息を立てはじめました。

 私は寝付けず、固いベッドの上で寝返りを打ちながら、彼女(わたし)について考えていました。


 クロムさんの心のなかで見た異邦人(エイリアン)としての彼女(わたし)のことを、私はなぜか、一目で特定(アイデンティファイ)することができました。

 では、その彼女(わたし)とは、いったい誰なんでしょう?


 彼女(わたし)は現代日本で育ち、心理学を学んでそれを生業(なりわい)にしていた。そこまでは確実です。お悩み相談(カウンセリング)の技能は、こちらの世界で身に付けたものではありません、前世の記憶から引き継いだものです。

 が……。彼女(わたし)の名前は? 生まれ故郷は? 家族は? 好きな食べ物は? 前世の記憶をたどりますが、具体的になればなるほど、その答えは見つかりません。

 なにか理由があって記憶に封をしているのか、あるいは、そもそも私の持つ記憶に無いことなのか、それも分かりません。あぁ、自分に向けて使える『心理探査(マインド・スキャン)』があればよいのに。


 妖術師のダンジョンで私を『人喰い』から救ってくれた、あの彼女(わたし)は、この私のことを把握しているようでした。

 けれど私には、前世のことを断片的にしか思い出せません。ニーチェはすぐに思い出せたのに、ううんと、たぶん忘れるはずの無い個人名がいくつか、どうしても出てこないようです。そういえば、コーヒーだとか冷蔵庫だとか、そんなものの存在も、私はすっかり忘れていました。


 あの彼女(わたし)は、私のなかに、この私の心のなか、無意識の奥底のほうに潜んでいる、私の別側面(ペルソナ)なのでしょうか。

 それとも、異邦人(エイリアン)としての彼女(わたし)が、この私とは独立して、この世界に超常存在として生きているのでしょうか。……だとすると、あの彼女(わたし)はこの私とは違うものということになって……じゃあそしたら、この私は、いったい誰なんでしょう?

 暗い、黒い、底の見えない穴を覗きこんでいるような、あるいは月も星も無い夜空を見上げているような、そんな気分です。私がひどく小さいもののように思えます。世界は暗く、また広く、この私の目が届くのは、ひどく狭くちっぽけな領域でしかありません。


 ……クロムさんが何事か寝言を言って、ごろんと寝返りを打ちました。


 そうですね、考えてみたら、べつに迷う必要もないですね。私は冒険者、モージとララの子ネイ、クロムさんと冒険団を組んでいる、駆け出し(ノービス)魔術師(ウィザード)です。

 禁忌の転生を成し遂げた貴重(レア)な存在なのか、あるいは、転生したと思い込んでいるだけの単なる精神異常者なのか。どちらだとしても、実際のところは変わりはありません。私は私として、今、ここにいるのですから。


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