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ネイのまごころ屋台  作者: もあいぬ
第三章:魔窟の妖術師
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ゴブリン(2)

小鬼(ゴブリン)の心を見つめすぎたのね」()()()()はそう言うと、自分のカップからコーヒーをひとくち飲みました。「そうでなくても、死にゆくものを長く見つめるのは良いことじゃないわ。ほら、よく言うでしょう、君がもし深淵を長く(のぞ)き込むならば」

 深淵もまた君を覗き込む。ニーチェですね。


「うん、そう、それ。あなた、ふだん以上に無理をしたうえに、魔力(マナ)()まりの魔力を吸い上げて魔法を回してしまったから、自分の許容量(キャパ)を越えて、見るべきでないものを見てしまった。……あのままだと、あなたはあれに呑み込まれるか、それとも魔法の効かせ過ぎ(オーバーロード)で本当に路傍(ろぼう)の石に変化(へんげ)しちゃうか、どちらかだったわよ。」

 あの、あれは一体、なんだったんでしょう?


「あれ、あなたニーチェは覚えてるのに、あれは思い出せないの? あれは『人喰い』、小鬼(ゴブリン)犬鬼(コボルト)大鬼(オーガ)の王。あるいは□□(■■■■■)。もしくは□□(■■■■)、ある意味では輪廻(りんね)転生(てんせい)の一端を(にな)うとも言えるわね。■■■に信仰の道を(あきら)めさせて、心理学への探求へと導いたものと、同じものよ。」

 ごめんなさい、よく聞こえないんですが。


 うーん、と彼女(わたし)は眉をひそめて、私の目を覗き込みました。

「やっぱり、ここに呼ぶのは早すぎたか。まぁ、あのまま放置しておくわけにもいかなかったし、仕方ないんだけど。……そうか、今のあなたにはここも『深淵』か。あまり長くいるべきじゃないわね。」

 すいません、お聞きしたいことが沢山ある気がします、なのに頭がとてもぼんやりとしていて、うまく考えられないのです。


「お仲間があなたを助けに来てる。大丈夫、もうすぐ戻れるわよ。」

 待ってください、あの、ううんと、ええと……。


「ひとつだけ具体的なアドバイスをあげるわ。転生というのはね、ネイ、あなたの世界では闇の眷属(けんぞく)たちの(わざ)だとされているから、気をつけて。自分が転生者だなんて触れて回ってると、寿命が縮むわよ。」

 ち、ちょっと待ってください、それって……。


 ()()()()は、とびきりの笑顔を私に向けました。「大丈夫、きっとまた会えるから。またそのときに、ゆっくり話しましょう。」


* * *


 ばちん!と、音がした気がします。


 気付くと私は妖術師の洞穴(ダンジョン)で、ランクさんの腕の中で横になっていました。エルフの魔剣士は私を(まも)るように手を広げて、『抗魔力場アンチマジック・フィールド』を展開しています。ばちばちと、魔力(マナ)()まりの魔力が力場に反応して青白い光をあげているのが、とてもきれいに見えました。


「あぁ!クロムちゃーん、ネイちゃんが目ぇ覚ましたよー! な、ネイちゃん、平気? どっか痛いとか、気持ち悪いとか、ない?」

 私は首を振って、ランクさんの手を借りながら立ち上がりました。ちょっとくらくらしますが、その程度で済んでいるようです。「ええ、大丈夫です」と、私は応えました。

小鬼の(ゴブリン・)死霊術師(ネクロマンサー)の死体のとなりでネイちゃんが倒れてて、ようわからんけど(なん)かしらの魔法がネイちゃんに向けられてるみたいやったから、やつが最後に呪いでも掛けたんやないかと思て……。ほんまに大丈夫? お腹痛いとか、ない? 平気?」


 クロムさんが駆けよってきて、ランクさんから私のことを引ったくるようにして、がっしりと抱擁(バグ)をしてくれました。

「よかったぁ……このまま目を覚まさなかったら本当にどうしようかと思ったわよ。」

 あの、クロムさん抱擁が容赦なさすぎて息ができないです、鎖帷子(チェインメイル)がごりごり当たって痛いです……。私がばたばたしていると、クロムさんはようやく気付いて、身を離してくれました。

「よくやったよネイ、本当に、またあなたに助けられたわ。」


 そうは言っても、クロムさんもランクさんも、充分に仕事はされていたようでした。もう動かないエティンの死骸は、サイズ感が半分くらいにまで削られています。通路を埋めつくすゴブリンの死骸も、その多くが原型を留めていません。妖術師を倒したことで、動く死体(ゾンビー)たちはもとの動かない死体に戻ったようですが……。

「あの、私が何もしなくても、お二人で何とかしていたのでは?」私は素直に、そう聞いてみました。


「んー……どうやろ。五分五分、やないかなぁ。」

「そうだね、こっちはもう少し分が悪かったと思うよ。まぁ、何とかできたかもしれないけどね、それでも妖術師(やつ)がまだ他に切り札を残してたかもしれないわけだし、どっちみち、あなたの功績は間違いないよ、ネイ。」


* * *


 任務(クエスト)を達成したら、ひと跳びで街まで帰れたら楽なのですが、当然そんなわけにもいきません。疲れた身体を引きずって、私たちは森のなか、来た道のりを辿(たど)って帰路につきました。

 旧道に着いたころには、もう日は落ちていました。


「無理せんと、明日はもっとペース落として、二日かけるつもりで帰ろうか」宿営(キャンプ)の焚き火で、(うさぎ)と香草のシチューを小鍋でかき混ぜながら、ランクさんが言いました。兎も香草も、ランクさんが道中で手際よく手に入れたものです。

「賛成だね、慌てる理由もないし。」クロムさんは酒瓶(スキットル)を傾けながら答えます。

「私も、そのほうが正直、助かります。」堅焼きパンを取り分けながら、私も答えます。


 ささやかな夕餉(ゆうげ)を済ませると、クロムさんはとっとと横になり、じきに寝息を立てはじめました。私も横になりましたが、どうもうまく眠れません。疲れているはずなんですが、目を閉じると魔力(マナ)()まりの洞穴や、玉座の間と『人喰い』、ソファとカフェテーブルとコーヒーなんかが、頭のなかをぐるぐると巡るのです。

 あるいは、久しぶりにコーヒーを飲んだせい、だったりするのでしょうか、この不眠は?


「どしたん、寝られへんの?」ランクさんが目ざとく気付いて、私に優しく言いました。

 私は彼に、もやもやと返事をして、あきらめて身を起こしました。ぱちぱちと燃える焚き火を、しばし見つめていましたが、眠気はどこかに行ったまま、戻ってくる様子はありません。


「ねぇネイちゃん……あんたはん、何を見たのん? あの洞穴(ダンジョン)で、倒れてる間に。」

「……秘密です。」私は少し迷ってから、笑ってそう答えました。

 そっかー秘密かー、とランクさんも少し笑って、それから二人でしばらく黙って、焚き火の揺らめきを眺めていました。


異邦人(エイリアン)の話やけどな。」ランクさんが話し始めました。ちょうど()()()()のことを考えていた私は、心を読まれたのかとどきりとしましたが、ただの偶然のようです、ランクさんは何の気なく、そのまま話を続けました。

「南の宿場町から、もすこし南のあたりに、うちの知り合いで、やたら歴史が好きな土精(ノーム)()ててな。ネイちゃんの言うエイリアンの手掛かりがあるとしたら、うちの知ってる限りやと、そいつんところやと思うねん。」

 私は礼を言いました。町に帰って落ち着いたら、クロムさんにも相談してみましょう。


 きっとまた会えるから、と、別れ際に彼女(わたし)は言いましたが、はてさて、いつになることでしょうね……?



【クエスト:ようじゅつし の とうばつ】

【クエストを たっせい しました】



 

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