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ネイのまごころ屋台  作者: もあいぬ
第三章:魔窟の妖術師
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妖術師(5)

【ふかくていめい】ようじゅつし

【かくていめい】ゴブリン・ネクロマンサー


 ランクさんが何事かをエルフ語で言いました。たぶん罵倒の言葉なのでしょうが、罵倒であってもエルフの声は、鈴のように美しく響きました。

死霊術師(ネクロマンサー)か、いっかーん! クロムちゃん、うち退路(にげみち)の確保に回るわ、そのでっかいのんは任せた!」ランクさんは元来た道の方に駆け出しました。そちらからは小鬼の(ゴブリン・)動く死体(ゾンビー)たちの群れが、まるで濁流のように通路にひしめきつつ、広場に向けて押し寄せてきます。

 なるほど、ゴブリンの死体は今しがたクロムさんとランクさんとが量産しましたから、死霊術(ネクロマンシー)の材料には事欠かないはずですね。


 ランクさんの『魔力の矢弾(マジックミサイル)』がゾンビーたちを次々に撃ち抜きます、が、手足を何本か吹き飛ばされたくらいでは、奴らは歩みを止めません。

「あぁもう、こいつらうち好かんわ、ほんまにもぅしつっこいったらかなわん……ネイちゃんは下がっとき、巻き込んでまう」ランクさんは竜巻のように駆け走り、切り伏せ、蹴り、撃ち、罵声を浴びせ、ゾンビーの群れをドームの中に入らせないように、辛うじて押し留めています。


報復試合(リベンジマッチ)ってわけかい双頭巨人(でかぶつ)、いいよ、受けて立とうじゃないか! 『汝を打つはこの我ぞ(があぉ・あぃ・まぅ)』!」

 クロムさんはドワーフ語で叫ぶと、素晴らしい速度と正確さでエティン・ゾンビーと渡り合います。クロムさんお得意のカウンターが、ごんごんと小気味よく決まっていきますが、骨を折られても肉を削られても、エティン・ゾンビーは意に介さず(まぁ意なんてもう無いのでしょう)、むちゃくちゃな動作で攻撃的に跳ね回り続けています。


 私は『存在秘匿(オブスキュア)』の魔除けの護符(アミュレット)に魔力を通しつつ、二人とゾンビーたちから距離を取りました。

 私の基礎剣術ていどでは、二人の足手まといにしかなりません。とはいえ、目下のところ大ピンチです。お二人とも互いをフォローする余裕はなく、どちらか片方が崩れたらもう立て直せないでしょう。

 自分の無力さに涙が出そうですが、泣いている暇はありません。私に出来ること、いま私にしか出来ないことが、きっとあるはずです。

 考えるんです、モージとララの子ネイ!


 私は何度か、大きく深呼吸をしました。エティン・ゾンビーの腐臭を感じましたが、気分はいくらか落ち着きました。


 私に出来ることは何か? 心を扱うことです。

 ゾンビーたちは、心を持ちません。

 ……いえ、ですがそれでも、奴らは攻撃的な意図を持つかのように、私たちに襲いかかってきます。妖術師がゾンビーを操っている、つまり、ゾンビーたちの心は、妖術師が持っている、とも言えるはずです。


 ふむ……試してみる価値は、あるかもしれませんね。


 私は杖棒(ワンド)を手に取り、クロムさんと激しく打ち合うエティン・ゾンビーに向けて、『心理探査(マインド・スキャン)』を投げかけました。


* * *


 エティン・ゾンビーの心のなかに広がっていたのは、一見したところは何も無い、宇宙空間のような真っ暗闇です。が、よく見ると、洞窟壁画のようなエティン本来の意識の欠片(かけら)が、暗く広い闇のなか、散り散りになって沈んでいます。

 それは私がクロムさんと出会った日、このナイーブなエティンが自らの頭を潰す直前に、私がまだ生きていたエティンの中に見た心象風景そのままのようです。


 さらに目を凝らすと、闇のなかに緋色(ひいろ)の縄のようなものが、沈みゆく心を無理やり現世に繋ぎ止めるように、張り巡らされていました。この縄のように見えるものが、死霊術(ネクロマンシー)の魔法なのでしょう。

 緋色の縄をさかのぼってみると、幾つもの縄を束ねて抱え持った、1体の生きたゴブリンの意識体にたどり着きました。これこそがゴブリンの妖術師ですね。虫のようにひどく小さく見えますが、きっと魔法で隠れているので、そんなふうにしか認識できないのでしょう。


* * *


 小さくても、見えているのなら、何とかやれそうです。


 私は『心理探査(マインド・スキャン)』をそのまま維持しつつ、常駐させている『生物探知ディテクト・クリエイション』の観測閾値(しきいち)を下げました。とたん、脳裏の魔法視野(ビジョン)には、この洞穴のなかで暮らす本物の虫たちの反応が幾万も、まとめて浮かび上がってきました。

 うぅ、気味が悪いですが、この幾万の虫たちの反応のなかに、妖術師がひとり紛れ込んでいるはずです。


心理探査(マインド・スキャン)』で見つけた妖術師の反応と、『生物探知ディテクト・クリエイション』で見つけた虫たちの反応とを脳内で隣り合わせにして比べつつ、私は細かく閾値の調整をしていきました。どちらも慣れた魔法だとはいえ、並列かつ大量の処理は、私の記憶域(メモリ)許容範囲(キャパ)を越えた過剰展開(オーバーロード)です。

 頭のなかで何かがざりざりと磨り減っていくような、嫌な感覚に歯を食い縛り、私はようやく、目的の反応を特定しました。妖術師はすぐ近くです、ここから左後方に30歩!


 『心理探査(マインド・スキャン)』を止め、振り返り、私はワンドを腰の小剣に持ち替えて、出来るだけ静かに駆け出しました。

 20歩ほど進んでようやく、相手の姿をこの目で(とら)えました。


 ドーム状の広場の隅、岩場の影に隠れて、ゾンビーたちを操る術式の展開に夢中のご様子。ごちゃごちゃとした装身具(アクセサリー)で身を包んではいますが、鎧や兜の類いは装備してはいません。身の丈は普通のゴブリンと同じ、私よりふた回りくらい小さいです。

 ここは物理攻撃(ぼうりょく)の出番ですね。あまり得意ではありませんが、いまは迷う(いとま)も惜しいです。


 私は駆け寄る勢いをそのままに、妖術師に向けて剣術の基礎、型通りの片手突きを繰り出しました。直前に気付かれたようですが、もう遅い。振り返った妖術師の胴を、エルフ造りの(エルヴン・)直刀小剣(ショートソード)は易々と切り裂きました。致命的一撃(クリティカル)です。

 妖術師は(ほとん)ど胴から上と下とに分かれたような()(さま)で、小さく哀れな(うめ)き声を上げながら、地べたに崩れ落ちていきました。


 稽古の型のまま反射的に、左の(こぶし)で剣の柄を叩いて血糊を落としてから、私は剣を(さや)へと納め、代わりにワンドを手に取りました。

 手応えは確実でしたが油断はできません。私は倒れ付した妖術師に向けて、追い討ちの『心理探査(マインド・スキャン)』を投げつけます。


* * *


 同族の手勢が50人ほど。見つけた洞穴は魔導師(ウィザード)垂涎(すいぜん)魔力(マナ)()まり。冒険者どもの仕留めた双頭巨人(エティン)の死骸まで手に入れた。

 ここまで達した。自信をもって迷宮(ダンジョン)管理者(マスター)を自認できよう。


 あの憎々しいエルフめとドワーフめに、同族たちの大半が打ち倒されたのは、まことに慚愧(ざんき)に堪えない思いだが、その(かたき)は打ち倒された彼ら自身の遺骸と、我が死霊術(ネクロマンシー)とで果たせるだろう。

 きゃつらを片付けた後に、再起を図ろう。逃げおおせた子どもたちを育てて、また産ませればよいのだ。


 ……と、そう、おもっていたのだが、まったくの計算違いだ。戦力外だと見込んで無視していた、ちゃちな魔導師(ウィザード)の小娘に、まんまとしてやられた。

 油断した。小娘が隠匿魔法で姿を消したとき、それが意味する危険(リスク)を予見すべきだったのだ。


 いやしかし、この小娘どうやってわしを見つけられたんだ? それに、あの地味な小剣が真銀製(ミスリルメイド)の逸品だなんて、予測できるわけがない。 まったく、この世は理不尽だ。


 まぁ仕方ない、()()()運が足りなかったのだと(あきら)めよう。()()()()()()()()、次こそは油断なくやろう。

 さて、最後に残った魔力を使って、この小娘だけでも巻き添えにして、彼岸(あのよ)への手土産にでもするとしようか。



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