表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネイのまごころ屋台  作者: もあいぬ
第三章:魔窟の妖術師
12/41

妖術師(2)

 クロムさんがこちらに背を向けて、焚き火に向かって座っています。火の光に切り取られた(たくま)しい彼女のシルエットは、こじんまりとした岩のように見えます。

 焚き火の向こう側ではランクさんが、リラックスした風情で火にあたりながら、何事かを(つぶや)いています。独り言でしょうか? あるいは、古いエルフの歌など(そらん)じているのでしょうか? 呟きは小さすぎて、私には判別がつきません。

 旧道のそばのささやかな広場で、暗い夜の森を背景に、ドワーフとエルフとが静かに焚き火を囲むその様子、まるで絵のようでした。


 私は足音を忍ばせて、そおっとクロムさんの真後ろに立ちました。クロムさんは変わらず、じっと黙って座っています。

 私は、サッファさんから受け取った魔除けの護符(アミュレット)に魔力を通すのを止めました。きゅっ、と、蛇口をひねって閉じるようなイメージ。

「あ、ネイいま後ろに居るね?」とたん、クロムさんが火のほうを向いたまま、声を上げました。


 ランクさんが目線を上げて、私を見ました。「うん、使ってる間は気配が消えてる。鈍い相手やったら目の前に居てても気付かれへんかも。やっぱりそれ、『存在秘匿(オブスキュア)』の触媒(しょくばい)に使えるんやね。」

「はい、これがあれば、ほとんど魔力を消費しないで済みそうです。」そう応えながら私も、焚き火を囲む円座に加わりました。

「あたしが斧をぶん廻している近くでは、それ使わないでね」クロムさんが私に言いました。はい、くれぐれも気を付けます。


「焚き火は明日以降しばらく使われへんね」と、ランクさんが言いました。明日にはもう、例の気の毒な狩人さんの遭難地点に着いているはずです。そこからは、小鬼(ゴブリン)たちの目を引くのは避けなければなりません。


「もう寝てもうてもええよ御二人(おふたり)さん、うちはずっと起きてるから」ランクさんは焚き火を見つめたまま、静かに言いました。

 エルフは眠りを必要とせず、そのかわりに瞑想(めいそう)をするのだと聞きます。さきほどからランクさん、ぼんやりとしたご様子ですが、半ば瞑想の境地に踏みこんでいるのかもしれません。

 ゆらめく炎の灯りに、伏せがちなエルフの瞳。大人しく黙ってさえいれば、彼は蠱惑(こわく)的な美貌の持ち主です。


 ランクさんの申し出に、クロムさんは生返事を返して、それでも焚き火をぼんやり眺めています。

 一日の疲れと眠気はあって、それでもこのまま眠るのが惜しい気もして、私もしばらくそのまま、二人の沈黙の間に座っていました。


「あの」私は沈黙を破って、二人に声を掛けていました。

 今なら、ドワーフとエルフという、ある意味では当事者の方たちと、ゆっくり話ができます。

「お聞きしたいことがあるんです、けど、あの、東の丘の戦い、の、ことで。」声は掛けたものの、すこし踏み込みすぎた話題だったかも、と、私は躊躇(ためら)いつつも、そう言っちゃいました。

 二人は一様に驚いた顔をして、それから二人で顔を見合わせ、苦笑いを交わしました。


「いいよ。古い話だし、あたしは正直よく知らないんだけど、なんでも聞いてよ。けど、エルフ野郎のほうは……。」

「うーん、せやねん、それについてはうち、話されへんこともあんねん、エルフ的に。……まぁ遠慮せんと、聞くだけ聞いてみてくれてええよ。何でもかんでも秘密っていうわけではないし。」

 そうですよね、女王の嫉妬が敗戦の原因かも……なんて話、エルフ的には表には出したくないものですよね。数千年前の大昔の出来事のはずですが、エルフ族の感覚では、まだ生々しい身近な話だったりするのでしょう。


 私は二人の理解者に礼を言ってから、さて、「前世の私」についてどう聞いたものか、すこし考えました。

「黒い外套(マント)に黒いとんがり帽子(ポインティ・ハット)の女、って、その話に出ているでしょうか?」


「えーっと……? それ、エルフ? ドワーフ?」クロムさんが戸惑っています。

「エルフでもドワーフでもないわ、それ。せやろ?」とランクさん、彼には何か心当たりがあるようです。

「あ、はい。こ存じなんですか?」

「クロムちゃん、聞いたことないのん? これ、ドワーフの側の話のはずよ。ほら、異邦人(エイリアン)の話。」

 エイリアン?


「なによエイリアンって。」とクロムさんが聞きました。

「えー、そこから言わな分からんかぁ。ドワーフも忘れるほど昔の話なんやろかなぁ。」

「自分らのものさしだけで世間を計んないでよ、この長命種(としより)。なに、ひょっとしてランクあんた、東の丘の戦い、直に見たことあったりすんの?」

「いやいやまさか、うちのおじいちゃんもまだ生まれてへんよぉ。……んー、確か、よその世界から来たいう女が、ドワーフのことを助けてたんやて。」


 よその世界、ですか。

「その、よその世界から来たひとだから異邦人(エイリアン)、ってことなんですか。でも、よそ、って、何なんですか?」私は、何も知らない振りをして尋ねました。

 とくに根拠はないのですが、転生とか異世界とかいうネタは、たとえ相手がこの二人でも、ぎりぎりまで隠しておいたほうがよい気がしたのです。


「えーと、せやね、例えば西の群島の向こうとか南の大陸とか、そういうんやのうて、もうまったくこことは理屈の違う別の世界から、ぽんって移ってきた、っていう人の話がな、たまにあってん、昔は。」

「エルフが昔って言うんなら、それはもう本当に大昔なんだろうねぇ」クロムさんが、へんに感心した様子で相槌を打ちます。


「それで、その人はどうドワーフを助けたんですか?」

「うちもよう知らんねんけど、戦いに敗れて生き残ったドワーフたちの心を救ったんやとか……。」ランクさんはそこまで話してから、はっと息を止めて、私を見ました。

「……心を救う、って聞いたときには、意味が分からへんなぁ思たもんやけど、今なら分かるわ。せやね、ネイちゃんがうちにしてくれたようなこと、かも知れへんなぁ。」


 クロムさんが興味深げに、こちらを見ています。

「あかんてクロムちゃん、これはうちとネイちゃんとの秘密やから。ねー、ネイちゃん?」

 私の肩を抱こうとするランクさんを何とか回避し、クロムさんの(かげ)に隠れます。相変わらず距離感が近いですね、油断できません。「ええ、ネイのまごころ屋台は、秘密厳守が第一優先(モットー)ですから。」

「うん、まぁ、ネイがエルフ野郎と仲なおりできてよかったよ。……で、その異邦人(エイリアン)だっけ、なにかネイと関係ある人なの?」


 えぇ、たぶんそれ、私ですね。もし私がそこに居たらきっと、ドワーフさんたちを助けようとして、無理をしたことでしょうから。

 でも、もしそうだとすると、ここにいる私はいったい何なのでしょう?


 ふーむ、じぶんが何者なのか真剣に悩むだなんて、懐かしい苦しみですね。さしずめ今の私は、自我認識の危機アイデンティティ・クライシスに対峙する猶予期間(モラトリアム)の具現化、といったところでしょうか。

 あるいは、世界を横断する私、意外と貴重な存在(レアキャラ)なのかもしれません。なんだか、楽しくなってきました。


「……ええ、今の私と何らかの繋がりのある人だと思うんです。私、その人のことを探してみようと思います。」私は話しながら、自分の個人的な探求の目標(クエスト)が、固まったように感じていました。


【ふかくていめい】ゆうこうてきなローブのおんな

【かくていめい 】いほうじんのおんな

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ