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ネイのまごころ屋台  作者: もあいぬ
第三章:魔窟の妖術師
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妖術師(1)

【ふかくていめい】ようじゅつし

【かくていめい】???????????


 雪が幸いしたと言うべきか、雪が(わざわ)いしたと言うべきか。降り積もった雪のひさしが無ければ、とっさに隠れる場所は無かっただろう、が、突然のドカ雪に見舞われなければ、そもそもこんな遅い時刻になる前に森から出られただろう、そうすれば、こんな薄気味悪い目にも合わなかったろう。

 雪はまだ降り続いていた。まともではない。狩人はまだ若かったが、それでも天候が読めないほど若輩者ではない。何者かが、季節外れの遅い雪を呼んだのではないか? おとぎ話に出てくるような魔法使いなら、そんな技も使えるのではないか?

 たったいま、隠れる彼の目の前を、小鬼(ゴブリン)たちの(かつ)御輿(みこし)に乗ってしずしずと過ぎゆく薄暗い人影こそ、そういう魔法使いなのではないか?


 御輿の上の人影が、何事か(うめ)いたのが聞こえた。御輿が止まった。しばし、辺りに死のような静けさが満ちた。

 やがて御輿に付き従っていた小鬼の一群が、わらわらと彼の隠れる茂みのそばまで、雪のなかから(まろ)び出るように集まってきた。生きた心地はしなかった。胸元の魔除けの護符(アミュレット)を掴んで身を屈め、いまこのときだけでも路傍(ろぼう)の石ころになれたらと、切に祈った。

 永遠に感じる時間が過ぎたのち、また何事か呻く声がして、小鬼たちは三々五々と姿を消した。御輿もいつの間にか消えていた。身体は冷えきっていた。恐怖は消えず、身を震わしながら、それでも彼は立ち上がることさえ出来ずにいた。


* * *


「彼が持っていたアミュレットは本物でした、わたくし(じか)に確かめました。弱まってはいましたが、それでも『存在秘匿(オブスキュア)』の魔法が込められていました。彼の家に、古くから伝わるものだったそうです。」

 ギルド受付担当、土精(ノーム)のサッファさんは、ここまで話して、少し息をつきました。

「残念ながら、その狩人は助かりませんでした。通りすがりの行商人が彼を見つけて、介抱しながらこの町に連れ帰ってはくれたのですが、彼は病床から起き上がれないまま、二ヶ月後に息を引き取ったそうです。」

「お気の毒に、よっぽど怖かったんやろなぁ。」ランクさんが、どことなく他人事めいた風情で、そう言いました。


「この話を聞いたのは、その行商人の方からです。人情深い方で、天涯孤独の身の上だった彼を丁寧に(とむら)ったあと、彼の遺品を扱いあぐねて、こちらに鑑定依頼にこられたんです。その時にはもう、夏が終わっていました。」

「もう少し早く話に来てくれてれば、もっとよかったんだろうけどねぇ。」クロムさんが言いました。

「そうなんですけどね、そこはまぁ素人さんですから、仕方ないですね。」


 その話が確かなら、狩人の方が見たのは迷宮管理者(ダンジョンマスター)の「巣立ち」だったのでしょう。若い女王蜂が古巣を離れて自らの巣を築くように、才のある魔物は自らの迷宮(ダンジョン)を築くことがあるのです。

「ゴブリンは二ヶ月で倍になるというね。見つけ次第つぶすのが原則(セオリー)だけど、もう巣立ちから六ヶ月は過ぎてる計算だから……最初の群れが十匹だったとして、二の四の八の、うわぁ八十匹か」クロムさんが苦い顔をしました。

「さすがに食料だの何だの資源(リソース)が持たんやろから、そこまで野放図に増やさへんやろ」ランクさんが口を挟みます。「けどまぁ、魔法の使える魔物は厄介やな」


「領主さまとの交渉は昨日すませました、予算がっつり頂けました。歩合制で相場の三倍(トリプル)出せます。」サッファさんが、ぐっ、と身を乗り出して、私たちに告げました。

「じゃあゴブリンの首ひとつで金貨が三枚か。八十匹なら、金貨で三百ちかくにもなるね。」クロムさんの顔が晴れました。

「せやから頭数はもすこし少ないやろう、て言うてるやん。取らぬゴブリンの首算用やねぇ、あぁドワーフ怖いわぁ」

「よく言うね、あたしにゃエルフのほうが怖いけどね」

 お二人、ずいぶん仲良しさんですね。


「お請け頂けますか、このクエスト?」二人の間に割って入るような勢いで、サッファさんはクロムさんに(たず)ねます。

「ネイは、どう思う?」クロムさんは振り返って、私に言いました。……え、私ですか? てっきりクロムさんが決めるものと思ってました。


 ゴブリンの巣であっても、ダンジョン攻略は冒険の華です。報酬だって悪くありませんし、悪くない報酬は需要の反映、つまりは人のお役に立てる仕事ということ。それに、その妖術師にも興味はありますね、さすがにお相手の心を覗くような余裕は無いでしょうけれど。

「はい、私でお手伝い出来ることがあれば。お断りする理由はありません。」私は、そう答えました。


 クロムさんはにっこり笑って(うなず)いて、それからランクさんにも声を掛けました。

「エルフ野郎も、手伝ってくれるかい?」

「もちろん! ていうかこの流れで置いていかれたら逆にうち悲しいわ」

「助かる、魔法が相手だし森の中だし、エルフがいると心強い。あとは、そうだね……ねぇサッファ、僧侶(クレリック)系の誰か、一緒に行けそうな当てはない?」

「ごめんなさい、いまは出払ってますね」

「んー……じゃあ、ま、この三人でも何とかなるか」


「ありがとうございます! じゃ早速、皆さんの分の誓約書つくってから『探求の誓い(クエスト・オース)』を掛けますね、少々お待ちくださーい」ぱたぱたと、サッファさんがカウンターの奥に行きました。

探求の誓い(クエスト・オース)』は、冒険者協会(ギルド)の受付担当専用の魔法です。期間限定でクエストの内容を冒険者の心に刻み、虚偽のない成果報告を魔法で確認できるようにするのです。それ以外の効果は全く無いので、受付担当くらいしか使うあてがありません。


「ランク、あとでネイと魔法書(スペルブック)の共有しといてくれる? あたしには分かんない世界だから、ランクに任せるわ」

「りょーかーい」

「よろしくお願いします」そう応えつつ少し憂鬱(ゆううつ)です、私の魔法書(スペルブック)ずいぶん(かたよ)っていて、他人にお見せするのは自信がありません。


 サッファさんがカウンターの奥から、ぱたぱたと戻ってきました。

「こちら忘れてました、はい! わたくしから個人的に、特別報酬の前払いです。」サッファさんは何かをクロムさんに手渡しました。「先ほど話した、狩人(ぎせいしゃ)の方のアミュレットです。あ、呪われていない(アンカースド)のは鑑定のとき確認済みですので、ご心配なく。」

 クロムさんは一瞥すると、「あたし要らないわこれ、こんなので身を隠すのは性に合わない。ネイ、要る?」と、私にパスしました。ええと、なんだかサッファさん私への目線が怖い、ような……。


 アミュレットは木製の素朴な作りの首飾り(ペンダント)で、エルフのものらしい秘文字(ルーン)が刻んであります。もちろん、私には意味が分かりません。『心理探査(マインド・スキャン)』での自動翻訳は、心の中だけの限定効果です。

 ランクさんがひょいと私の手元を覗きこんで、ふぅん、と独りで納得しています。相変わらずこの方、距離感が変ですね、顔が近いですってば。私は少し引きながら、このルーンの意味をランクさんに尋ねました。

 ランクさんはすらすらと何かエルフ語で答えたあと、ううんと、と少し考えて、共通語に訳して説明してくれました。「つまらないものですが、みたいな意味合いの、古い慣用句やね。文字通りに読んだら、『私は路傍(ろぼう)の石ころである』、かな。」


【クエスト:ようじゅつし の とうばつ】

【クエストをうけました】


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