妖術師(1)
【ふかくていめい】ようじゅつし
【かくていめい】???????????
雪が幸いしたと言うべきか、雪が災いしたと言うべきか。降り積もった雪のひさしが無ければ、とっさに隠れる場所は無かっただろう、が、突然のドカ雪に見舞われなければ、そもそもこんな遅い時刻になる前に森から出られただろう、そうすれば、こんな薄気味悪い目にも合わなかったろう。
雪はまだ降り続いていた。まともではない。狩人はまだ若かったが、それでも天候が読めないほど若輩者ではない。何者かが、季節外れの遅い雪を呼んだのではないか? おとぎ話に出てくるような魔法使いなら、そんな技も使えるのではないか?
たったいま、隠れる彼の目の前を、小鬼たちの担ぐ御輿に乗ってしずしずと過ぎゆく薄暗い人影こそ、そういう魔法使いなのではないか?
御輿の上の人影が、何事か呻いたのが聞こえた。御輿が止まった。しばし、辺りに死のような静けさが満ちた。
やがて御輿に付き従っていた小鬼の一群が、わらわらと彼の隠れる茂みのそばまで、雪のなかから転び出るように集まってきた。生きた心地はしなかった。胸元の魔除けの護符を掴んで身を屈め、いまこのときだけでも路傍の石ころになれたらと、切に祈った。
永遠に感じる時間が過ぎたのち、また何事か呻く声がして、小鬼たちは三々五々と姿を消した。御輿もいつの間にか消えていた。身体は冷えきっていた。恐怖は消えず、身を震わしながら、それでも彼は立ち上がることさえ出来ずにいた。
* * *
「彼が持っていたアミュレットは本物でした、わたくし直に確かめました。弱まってはいましたが、それでも『存在秘匿』の魔法が込められていました。彼の家に、古くから伝わるものだったそうです。」
ギルド受付担当、土精のサッファさんは、ここまで話して、少し息をつきました。
「残念ながら、その狩人は助かりませんでした。通りすがりの行商人が彼を見つけて、介抱しながらこの町に連れ帰ってはくれたのですが、彼は病床から起き上がれないまま、二ヶ月後に息を引き取ったそうです。」
「お気の毒に、よっぽど怖かったんやろなぁ。」ランクさんが、どことなく他人事めいた風情で、そう言いました。
「この話を聞いたのは、その行商人の方からです。人情深い方で、天涯孤独の身の上だった彼を丁寧に弔ったあと、彼の遺品を扱いあぐねて、こちらに鑑定依頼にこられたんです。その時にはもう、夏が終わっていました。」
「もう少し早く話に来てくれてれば、もっとよかったんだろうけどねぇ。」クロムさんが言いました。
「そうなんですけどね、そこはまぁ素人さんですから、仕方ないですね。」
その話が確かなら、狩人の方が見たのは迷宮管理者の「巣立ち」だったのでしょう。若い女王蜂が古巣を離れて自らの巣を築くように、才のある魔物は自らの迷宮を築くことがあるのです。
「ゴブリンは二ヶ月で倍になるというね。見つけ次第つぶすのが原則だけど、もう巣立ちから六ヶ月は過ぎてる計算だから……最初の群れが十匹だったとして、二の四の八の、うわぁ八十匹か」クロムさんが苦い顔をしました。
「さすがに食料だの何だの資源が持たんやろから、そこまで野放図に増やさへんやろ」ランクさんが口を挟みます。「けどまぁ、魔法の使える魔物は厄介やな」
「領主さまとの交渉は昨日すませました、予算がっつり頂けました。歩合制で相場の三倍出せます。」サッファさんが、ぐっ、と身を乗り出して、私たちに告げました。
「じゃあゴブリンの首ひとつで金貨が三枚か。八十匹なら、金貨で三百ちかくにもなるね。」クロムさんの顔が晴れました。
「せやから頭数はもすこし少ないやろう、て言うてるやん。取らぬゴブリンの首算用やねぇ、あぁドワーフ怖いわぁ」
「よく言うね、あたしにゃエルフのほうが怖いけどね」
お二人、ずいぶん仲良しさんですね。
「お請け頂けますか、このクエスト?」二人の間に割って入るような勢いで、サッファさんはクロムさんに訊ねます。
「ネイは、どう思う?」クロムさんは振り返って、私に言いました。……え、私ですか? てっきりクロムさんが決めるものと思ってました。
ゴブリンの巣であっても、ダンジョン攻略は冒険の華です。報酬だって悪くありませんし、悪くない報酬は需要の反映、つまりは人のお役に立てる仕事ということ。それに、その妖術師にも興味はありますね、さすがにお相手の心を覗くような余裕は無いでしょうけれど。
「はい、私でお手伝い出来ることがあれば。お断りする理由はありません。」私は、そう答えました。
クロムさんはにっこり笑って頷いて、それからランクさんにも声を掛けました。
「エルフ野郎も、手伝ってくれるかい?」
「もちろん! ていうかこの流れで置いていかれたら逆にうち悲しいわ」
「助かる、魔法が相手だし森の中だし、エルフがいると心強い。あとは、そうだね……ねぇサッファ、僧侶系の誰か、一緒に行けそうな当てはない?」
「ごめんなさい、いまは出払ってますね」
「んー……じゃあ、ま、この三人でも何とかなるか」
「ありがとうございます! じゃ早速、皆さんの分の誓約書つくってから『探求の誓い』を掛けますね、少々お待ちくださーい」ぱたぱたと、サッファさんがカウンターの奥に行きました。
『探求の誓い』は、冒険者協会の受付担当専用の魔法です。期間限定でクエストの内容を冒険者の心に刻み、虚偽のない成果報告を魔法で確認できるようにするのです。それ以外の効果は全く無いので、受付担当くらいしか使うあてがありません。
「ランク、あとでネイと魔法書の共有しといてくれる? あたしには分かんない世界だから、ランクに任せるわ」
「りょーかーい」
「よろしくお願いします」そう応えつつ少し憂鬱です、私の魔法書ずいぶん偏っていて、他人にお見せするのは自信がありません。
サッファさんがカウンターの奥から、ぱたぱたと戻ってきました。
「こちら忘れてました、はい! わたくしから個人的に、特別報酬の前払いです。」サッファさんは何かをクロムさんに手渡しました。「先ほど話した、狩人の方のアミュレットです。あ、呪われていないのは鑑定のとき確認済みですので、ご心配なく。」
クロムさんは一瞥すると、「あたし要らないわこれ、こんなので身を隠すのは性に合わない。ネイ、要る?」と、私にパスしました。ええと、なんだかサッファさん私への目線が怖い、ような……。
アミュレットは木製の素朴な作りの首飾りで、エルフのものらしい秘文字が刻んであります。もちろん、私には意味が分かりません。『心理探査』での自動翻訳は、心の中だけの限定効果です。
ランクさんがひょいと私の手元を覗きこんで、ふぅん、と独りで納得しています。相変わらずこの方、距離感が変ですね、顔が近いですってば。私は少し引きながら、このルーンの意味をランクさんに尋ねました。
ランクさんはすらすらと何かエルフ語で答えたあと、ううんと、と少し考えて、共通語に訳して説明してくれました。「つまらないものですが、みたいな意味合いの、古い慣用句やね。文字通りに読んだら、『私は路傍の石ころである』、かな。」
【クエスト:ようじゅつし の とうばつ】
【クエストをうけました】