98.見事な逃走、“赤い蜘蛛”と“赤い目”、そして2階へと移る戦場
お待たせしました。
98話目です。
ではどうぞ。
「ZIAAAA……」
7つある内の左上。
アトリ達が倒してくれた“赤い蜘蛛”との対応関係を示す、真っ赤な眼球から血が溢れ出ていた。
血蜘蛛は全く予期しなかった痛みだとでも言うように、今日一番の苦しみを見せている。
「あっ、あの変身前の“光”っぽい感じ、解けましたね!」
一早く気づいたらしい来宮さんの指摘通り。
ボスの内側から溢れ出ようとしていた強い輝きは、今のハプニングですっかり消え去ってしまっていた。
「つまり……第2ラウンドはしなくていいっぽい?」
「そうみたい、です?」
水間さん、リーユの疑問符付きな確認に引っ張られるように。
俺達も、恐る恐るでボスの様子を注視する。
小刻みに震えながら、呻き声を上げ続けていたブラッドスパイダー。
「――ZI,ZIOOOOOOO!」
それが、ようやく痛みがある程度治まったと言うように、力強く吠える。
――かと思ったら、反転。
「なっ!?」
「あっ、逃げます!!」
共食いで戻った体力を存分に使うように、物凄い速さで脚を動かし、逃走を図る。
止める暇もなく、慌てて追いかける。
立場が逆転だ。
「今度は俺達が鬼ってか――あっ!」
だが追いかけっこはすぐに終わった。
天井、7階まで吹き抜け・空洞となっている中央スペース。
「ZIA!!」
そこに到着すると、血蜘蛛は更に真ん中、天まで伸びた太い綱のような糸へとジャンプ。
それをとても器用に使って、高さ2階へと素早く駆け上がる。
そして、落下防止のため備え付けてあったガラス柵を破壊しながら、2階へと降りったって行ったのだった。
□◆□◆ ◇■◇■ ■◇■◇ ◆□◆□
「……見事な逃げっぷりね」
「ですねぇ。……つまりこの階層での戦闘は終わり、ということでしょうか?」
アトリ、そしてソルアは、ボスの一連の行動をどのように位置付ければいいか、判断しかねているようだった。
顔を上げ、未だ2階を睨みつけて警戒している。
「まあ、な。……多分、今度は戦場が2階に移るんだろう」
「なるほど……。で、このショッピングモール、ボスのテリトリーは7階まであるから。そこにたどり着くまで、これを繰り返す可能性があるってことね」
俺の推測に、久代さんもうんざりしたように付け足した。
「でも、あたし達の頑張りって、ちゃんと意味はあったってことですよね?」
水間さんが、珍しく不安そうにして口に出す。
……そうだよな。
今までの努力が全部無駄だったなんて、誰も思いたくはない。
どんなに普段から平気そうな顔してても、まだ中学生だからなぁ。
ふとした拍子にそれが表に出てしまっても、何らおかしくはないだろう。
「もちろん。第2形態への変身を止めて。1回分、丸々戦闘しなくて済んだんだから。……ここから先、同じように“赤い奴”が出るはずだ。むしろソイツを倒さないと、俺達はあのパワーアップを止められないことになる」
単に水間さんを励ますという意味だけでなく。
全員と認識を共有するためにも、あえて言葉にしておく。
「“炭酸水”がボスの“戦闘時”の弱点なんだとしたら。“赤い蜘蛛”は、“第2形態”へ至るのを阻止するための弱点という位置づけだったんだろう」
そして“赤い蜘蛛”と“7つある目”の対応関係についても触れておく。
「最初、左列3つは全部“黒”目だった。それがアトリ達のおかげで一番上、その一つが“赤”色に変色したんだ」
「ご主人様のおっしゃる通りだとすると……左の残り2つ。左の真ん中、それと左の一番下は“2階”・“3階”に相当。つまりその二つの階にも“赤い蜘蛛”は存在するってことですね?」
ソルアの要約に“おそらく”と留保は付けつつ頷く。
右列3つは既に最初から赤かった。
つまりショッピングモールの外で、俺達や千種らが倒した3体分ってことだろう。
「その3体がじゃあ“4階~6階分の変身を抑制”してくれるのか、はたまた“5階~7階”なのかは……どうなんでしょう?」
理屈としては、来宮さんの言ったことはどちらも有り得る。
だがアトリが、思ったことをただ口にしたくらいの軽さで、その一方へと絞った。
「“4階~6階”分じゃないかしら? 血蜘蛛が1階1階、上へ登っていくんだったら7階が終点でしょう? で、最後残った“中央の黒目”と“決戦場”が対応してるって考えた方が落ち着きがいいと思うんだけど」
アトリの言うことはもっともだと思った。
「――まっ、そこの部分は6階まで行けば分かる。幸いボスが上の階に逃げれば、一つ下の階層は安全圏になるようだし、休み休みで大丈夫らしいからな」
第2形態へと至ろうとする前。
ボスは配下のアーミースパイダーを食って食って食いまくり、それによって回復していた。
そのおかげで1階は、ボスどころかアーミースパイダーまでもがいなくなっている。
そして、2階にいるだろうアーミースパイダーやボスが1階へと降りてくる気配もない。
つまり上の階へとチャレンジする前は、その下の階で準備を整えることができるのだ。
「――さっ、ボス戦の全体像もわかって来た。もう1回、気を引き締めて行こう」
そうして休息を挟みつつ。
ボスが待つ2階へと足を進めることにした。
□◆□◆ ◇■◇■ ■◇■◇ ◆□◆□
≪ご主人。こちらファムです! また“赤い蜘蛛”見つけました、どうぞ~!≫
おっ、早速か。
戦場が2階に移ったからと言って、やることは変わらない。
ファムやフォンに先行・偵察してもらい、有利を取る。
そして早くも目的の“赤い蜘蛛”が見つかった。
「了解。――推測通りやっぱりいたな。場所は……“東”だな」
食料品関連が多かった1階とは異なり。
2階は主にファッション・ブランド物の売り場が多い。
その中で、このモールと同系列の専門品売り場に、赤い蜘蛛は存在した。
……おうふ。
ファムと繋げた視界、そこに映った“女性物の下着類”を見て、即座に目を閉じる。
……いや、これだけじゃ意味ないな。
引き続きファムに監視を頼みつつ、共有していた視界は直ぐに切った。
「ん? 滝深君、どうかしたの?」
「……ご主人様、何か問題事でも?」
久代さん、そしてソルアが一早く俺の異変に気付いてくれたらしい。
心配そうに聞いてくれるが、その、ちょっと言い辛い。
久代さんは100均へファムを派遣したとき、おトイレでばったりアダルティな布を見ちゃった的なことがあったし。
ソルアさんもね、うん、常に超タイトなミニスカだからさ、いつも見えちゃわないかってドキドキなんですわ。
だから、この二人には意識しないよう、特に注意して言わないといけない。
「あ~うん。えっと、場所は分かった。東にある、このショッピングモールと同じ資本系列の専門店売り場。……ただそれがその~要は“レディース”売り場なんだ」
俺の複雑そうな表情・言い方と相まって察してくれたのか。
来宮さん、そして久代さんがなんとも言い辛そうな顔になる。
一方でソルアら異世界組は、それだけではピンとこなかったらしい。
だがそれ以上聞いてはいけない雰囲気みたいなものを感じ取ってくれたらしく、更に深堀りされることはなかった。
「まあここまで来たら、流石に“女性物売り場に男性が行くのはどうのこうの”って、私達は特にないですよ?」
水間さんが嬉しいフォローを入れてくれる。
単に気を使ってとか、建前的なことを言ったわけではなく。
真実、本音でそう思ってることが伝わって来た。
こういう時はちゃんと空気を読んで茶化さず、真面目に意見を言ってくれるから本当に助かる。
「わかった。……じゃあ今回、後これ以降も基本的な作戦は1階の時と同じでいいか?」
1階で“炭酸水回収”だった役割が、“赤い蜘蛛”討伐に変わり。
囮組は変わらずボスの様子を警戒、必要ならば時間稼ぎだ。
「……今後は特に“順番”を間違ったらダメだからさ」
それはつまり“赤い蜘蛛”を倒す前に、“ボスのHPを一定以上削ってしまうこと”は避けなければならない、という意味だ。
先にボスの残った“黒目”を“赤目”にしておかないと、“第2形態”と戦闘しなければならなくなる可能性が非常に高い。
……それを考えると、本当にゾッとする。
もし【施設】を利用せず、その結果、弱点を知っていなかったら。
あるいはただ【ワールドクエスト】をクリアしようとしてやってくる別の生存者が、何も知らず俺達より先にボスへ挑んでいたら。
……本当に、俺達だけで、ここまで慎重に進めてきて良かった。
一方で、10人にも満たない数で挑んでいる分、確かに大変さはあった。
通常ならレイドボス戦、つまり何十人、下手すれば百を超える数で戦うことが想定されているのだろう。
でもその分、弱点×2つで大分楽が出来てるし、何より“死者0”で進められている。
単に寄せ集め、それこそ【施設 通信の館】で接触してきた建屋兄みたく数だけ揃える場合、どうしても死人が出ることは避けられなかっただろうし。
「承知しました。それと、今回は1階ほどの困難さは伴わないでしょうから、アトリはご主人様たちが連れて行ってください」
ソルアの申し出は有難かった。
つまりソルア、久代さん、来宮さんの3人で“赤い蜘蛛討伐”を行ってくれるということだ。
その分アトリが“ボス警戒班”に加わってくれるなら、数としても配置としてもグッと楽になる。
そうして2階以降の基本的な攻略方法を組み立て。
本格的に【ワールドクエスト】クリアへと踏み出した。
多分2階以降は、1階の時ほど話数かけずサクサク進めると思います。
3話、伸びても4話くらいで7階、つまりボスとの決着を書ければな~と想像しております。
何とか3日目の終わりまでが見えてきて、私も少しホッとしております。
更新を再開する際は、まだそこまで明るいイメージを抱けておらず、再開することへの反応ばかりが気になっていた状態でしたので。
これも日々、感想やいいねで励ましていただけるのはもちろんのこと。
ブックマークやご評価などで、執筆のモチベーションを沢山いただけるおかげでもあります。
今後とも当作品をよろしくお願いいたします。




