93.”糸”の誤算、ダメージ勝負でも、そして一筋縄ではいかぬ相手
お待たせしました。
93話目です。
ではどうぞ。
「ZYUZYU!!」
「ZYURYU,ZYURYAA!」
俺達が立ち止まったのを見て、モンスターがわんさか寄って来た。
ようやくボスの力になれる、加勢ができると意気込んでいるようにさえ見える。
「ZIIIAAAAAAAAAA!!」
そして当のボスは、今まで散々走りまわされたことに怒り心頭だ。
躊躇いなく。
最も距離の近い俺へ目掛けて、糸を発射してきた。
「っ!!」
【危険察知】がボリュームを上げて警戒を促してくる。
さっきの“糸キャッチ”からの“頭ガブリ”を特等席で見てしまっている分、内心の恐怖は相当あった。
だが反射的に回避しそうになるのを、意志の力でグッとこらえる。
――ベチャリ。
右腕、不快な粘着成分が触れた感覚。
――その瞬間。糸は接触した先から次々と、まるで蒸発するように溶けていった。
「ZIAA!?」
「はんっ!」
流石は【状態異常耐性】先生だぜっ!
この結果が実際に出るまでは、心臓バクバクのドキドキ!プ〇キュアだったが。
本当、ホームセンター付近のアーミースパイダーで一度、成功体験を積んでいたのがデカいシャル!
――漲る(ボッチの)悲哀、キュア(人生)ハード!!
……自分の想像通りに事が運んだからって、ちょっとテンションおかしくなってるね、うん。
「ZYU!? ――ZYU,ZYUZYU!」
自分たちのボス、ブラッドスパイダーの攻撃が無効化されたことに、集団内で動揺が走った。
だがすぐに立て直し、アーミースパイダー達もドンドン糸を放ってくる。
「はっ!」
しかしボスの強靭な糸で耐えられるなら、どれだけその手下の数が増えようと結局は同じだ。
視界を覆い尽くさんほどの白糸が向かってくるが、今度は動じない。
頭、肩、胴、脚――体のどこに触れようと、【状態異常耐性】の前には無力だった。
「うおっ、凄っ! 触れた先からドンドン消えてくっ! 吸引力の落ちないただ一人のお兄さんだっ! お兄さんって、やっぱり白いのはかける方なんですね!」
隊列の中央、盾を構えた水間さんも称賛の声を上げてくれる。
……いや、ちょっと意味わかんないことも言ってるけどね。
「っ! カナデ、ちゃん! こっちにも、来るです!」
最後尾、ヒーラーとして重要な役目を担うのはリーユだ。
全体を見渡し、俺と水間さんに状況を瞬時に伝えてくれる。
特に今回は“ファム”が“炭酸回収組”に随行し、俺との連絡要員を担っている。
なので治療以外の戦況把握も行わなければならない重要なポジションだ。
「ホイサッ! ――よっと!!」
そして、その司令塔的な位置にいるリーユを狙った、不届きなアーミースパイダーには。
水間さんが必ずリーユとの間に入って、立ちふさがってくれた。
水間さんは俺が渡した“火魔の盾”を肌身離さず、そのまま体ごとリーユの盾となってくれているのだ。
「ふんっ、はっ、おいしょ~っ! ――ウェ~イ! ざぁ~んねぇん!! あたしだったら糸が効くと思った? 全部この盾に燃やされちゃったねぇ! へへっ、今どんな気持ち? 教えて、ねぇねぇ?」
うっざ。
水間さんはオッサンキャラだけじゃなくて、ウザキャラも抜群に上手いなぁ~。
……まあ実際のところは。
水間さんはリーユの盾となるべく、少しでもヘイトを稼ごうとしてくれているのだろう。
言葉が通じないとしても、俺達人間がモンスターの悪意や敵意を感じ取れるように。
モンスターだって、人間からくる煽りや害意は何となくでも伝わるはずだ。
「ZYU!!――」
そうしてはぐれたアーミースパイダーを1体ずつ。
確実に、俺が【操作魔法】で潰していく。
ショーケースは見事にどこもかしこも割られていたため、鋭利なガラス片の弾丸には事欠かない。
ボスと無数のアーミースパイダーの中で、踊っている俺でも簡単にできるお仕事だ。
数が減っている気は全くしないが、“時間稼ぎ”という観点から言えば100点に近い動きが出来ていた。
さぁ、もっと踊ろうか。
□◆□◆ ◇■◇■ ■◇■◇ ◆□◆□
「――ZYUAAAAA!!」
「チッ――」
とはいえ。
やはり、無傷というわけにはいかない。
糸による拘束が無駄だとわかると、完全な肉弾戦を挑んできた。
人海戦術ならぬ、蜘蛛海戦術である。
そこのところをちゃんと切り替えできるのが、完全なゲームのコンピューターなどではないということを知らしめてくる。
「らぁっ! うりゃっ、このっ、群がんなっ!」
通常は糸で身動きを封じ、そこを攻撃という流れで想定されているのか。
それができていないアーミースパイダーの攻撃、その多くは【索敵】を駆使しての回避が容易だった。
[旗を立てし者 代替旗]
残量:0/100
「っ!!――」
しかし。
やはり中には、その脚を俺まで届かせる個体もいてしまう。
そして、とうとう【代替旗】の残量が0になってしまった。
仕方ない。
千種戦によってその殆どを削られてしまっていたのだから、いつかこうなることは予想できていた。
HP:33/47
そのため少しずつ、だが確実に現実のHPへとダメージが蓄積してくる。
そこへ――
「≪癒しの力よ、泡粒となりて、弾け続けよ≫――【ヒーリング・バブル】!!」
リーユの透き通るような声が響く。
同時に、全身が無数の泡で包まれていく感覚があった。
浮遊する小粒な泡は、弾けると体に沁みこみ。
継続的に俺を癒し続けてくれる。
HP:40/47
俺が保有する【HP自動再生Lv.1】では追いつかない回復速度を、更に強化してくれたのだ。
「主さんっ、大丈夫、ですか!?」
リーユの声が飛んでくる。
息も落ち着き、冷静に全体を把握できているようだった。
「ああっ、助かった! ――っと!」
「ZIIIIIII!!」
【索敵】で、常に一番マークしているブラッドスパイダー。
それが急接近してくるのを素早く察し、予め回避の動作に入っておく。
ダメージコントロールの一種だ。
今なお援軍に駆けつけてくる小粒、アーミースパイダーのちまちました攻撃のいくつかは受けてやる。
その代わり、一撃が重いボスのものは確実に回避。
「……ZIAAAAAAAAAAAA!!」
痺れを切らしたというように。
ブラッドスパイダーの残っていた黒目3つがギョロリと動く。
左列の上から2つ目と3つ目、そして中央の大きな1つだ。
「っ!!」
ゾワリと、心に黒い気配が迫り寄って来たのを直感的に察知。
黒い霧がおぞましい手の形を成し心を、精神を、サーっと撫でようとした。
「――がっ、甘いなっ!!」
これこそブラッドスパイダー本人で実証済みだ。
しかも男4人を瞬殺した“無敵状態”の時のものだ。
それを、【状態異常耐性】先生にハッスルしてもらっている。
おかげで、やはり恐怖状態に陥ることもなかった。
□◆□◆ ◇■◇■ ■◇■◇ ◆□◆□
「ZII,ZIAAAAAA……」
「……へへっ」
戦況は五分と五分の膠着状態だ。
だがスパイダー達は困惑している一方、俺は笑顔でいる。
相手は全力で潰しにかかってるのに一人も倒しきれない。
他方、俺達もこのままでは全く勝てる気はしないが、負ける気もしないという状況を作ったのだ。
そうしたことからも、どちらが精神的優位に立っているかは明らかだった。
「残念だったな。お前たちにとって、俺達は正に天敵だったってわけだ!」
このクモ達の戦い方は、糸やボスの目を中心としている。
つまり状態異常・弱体化をかけて、そのまま数で押し切るという感じ。
だが水間さんはもちろん、俺は特に状態異常に強い。
そして守られているリーユは、状態異常を癒す魔法を扱える。
「ZIII……」
さらに最後の手段、物量作戦でも俺のHPを削り切れないということが分かってしまった。
【身体硬化】に加え【耐久上昇】でガッチガチに固めた上。
リーユの魔法によって効果が上昇した【HP自動再生】。
その回復速度をダメージ量が上回れなかった以上、“時間稼ぎ”を目的としている俺達がこのラウンドは勝利なのだ。
「さぁ~て。この後もまだ――」
「――ZIIAAAAAA!」
突如、ブラッドスパイダーが叫び声をあげた。
同時に、黒目がまたギョロリと動き回る。
何だ、とうとう壊れて現実逃避したか――
「ZYU!? ZYUAA!!」
「ZYUZYUZYU!!」
――いや、違う!
血蜘蛛め!
俺達じゃなく、兵隊蜘蛛達を恐怖状態にしやがった!
「わっ、わわっ! ちょっ、お兄さん!!」
「はぅ~! 主さん、こっち来ます!!」
さっきまで秩序だって動いていた兵隊たち。
それが恐怖に支配され、集団としての規律を失ってしまった。
その分、一番の障害だったはずの俺ではなく。
後衛であるリーユ目掛けて移動しようとする個体が、圧倒的に増えてしまったのだ。
「チッ!!――」
恐怖状態ということで、生存者の【スキル】にあたる“糸を吐くこと”は封じられているらしい。
しかしその武器を捨てさせてまでも、この状況を打開することを選んだのだ。
流石はボスなだけあって、一筋縄ではいかせてもらえない。
あの数を護衛の水間さん一人にさばかせるのは、流石に分が悪いか――
≪――ご主人っ! こっち、食料品売り場の飲料水コーナー到着! ソルアお姉さんが“あともう少しだけ、お願いします”だって!≫
「っ!!」
ちょうどファムから、嬉しい知らせが届いてきた。
ファムの目、そしてソルア達が倒したモンスターの通知も来ていたため、上手くやっていること自体は漠然と把握していたが。
「時間稼ぎの役目はちゃんと果たせているようだ――うっし、二人とも! 逃げるぞっ!」
第1ラウンドはここらが潮時と判断。
ブラッドスパイダーに背を向け、二人の元へ駆けていく。
「えっ? あっ、はい!」
水間さんも素早く方向転換。
見事な判断力で一目散に駆け出す。
「わっ、あっ、えっと――ひゃぁっ!?」
「リーユ、ちょいとゴメンよっと――」
同じく逃げ出そうとするリーユに追いつき。
状況を見て、抱えて逃走するのが適切と判断。
リーユを攫うようにして、少々強引に抱き上げた。
格好良い・悪いなんてのは全く気にしてられず、そのままダッシュ!
「はっ、はぅぅ~!!」
恥ずかし気に腕の中で悶えているリーユ。
気にするとこっちまで羞恥心が移ってしまうと、努めて無心を装う。
そうして後もう少しの時間を稼ぐべく、2回目の鬼ごっこへと突入するのだった。
流石に、この時間帯になるとちょっと疲れました……。
次、炭酸回収組、つまりソルア達の視点で始まると思います。
今のところ第三者視点で書こうかなと考えてますが、一応次の前書きでも注意書きはすることにしておきますね。
書いてる途中、総合ポイントが44444と不吉な数字の並びになりそうなポイント帯だったので、ドキドキしながらちょくちょく見ていたら、すぐにご評価・ブックマークが入ってとても助かりました!
ありがとうございます……。
ゆっくり、とまではいかないかもしれませんが、不安や心残りなくは眠れそうです。
今後も当作品をよろしくお願いいたします。




