91.混乱に乗じて、絶望、そして断たれていなかった希望
お待たせしました。
91話目です。
ではどうぞ。
「ZIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
今回ここに来た目的の核心、ブラッドスパイダーだ。
一目見ただけで“ボス”だとわかる、その圧倒的な存在感。
ゆとりをもって設計されてるはずの幅広い通路が、横一杯に占領されてしまうほどの大きさ。
絶望を体現しているかのように全身を覆うオーラはドス黒く、見ていて寒気すら覚えるほどだ。
左右4本ずつ、計8本の脚はしなやかながらも、どれもこれもが木の幹のごとく太い。
全身が赤と黒2色の縞模様で、その毒々しさがこれでもかと伝わってくる。
「っ――」
そして特に“7つ”もある大きな眼が、地球上の生物ではありえないことを改めて突き付けてくる。
左右で縦一列に3つずつ、そして中央に1つ。
H型に配置された眼球、その内の右一列3つだけ、血のように赤い色をしていた。
「なっ、なっ、何だこれ……」
「えっ、え!?」
ギョロリと向いた残り4つの黒目。
深淵の闇に射すくめられたように、男たちは一瞬にして恐怖状態に。
「くっ!!」
直後、自分の精神にも異変を察知。
真っ黒な闇が、大挙して心を覆いつくそうとする感覚があった。
――しかし俺には効かん!
【状態異常耐性】先生、それもレベルMaxが。
襲い来る闇を次々と浄化、そして無効化してくれた。
「――チッ!?」
それでも、息つく暇なんて全くなかった。
「あっ、あああぁぁぁぁ!?」
「ひっ、ひいぃぃぃぃ!!」
敵は、血蜘蛛だけではない。
――男達が、この機に乗じてと、とうとう仕掛けて来たのだ。
「しっ、死ねぇぇ! 死ね死ね死ね!! それでぇぇ! 俺様が、ソルアちゃんの体を自由に使うんだぁぁ!!」
「お、お前がぁ! お前が死ねば、来宮はぁ! 来宮の体も、心も、全部が俺のもんなんだよぉぉ!!」
俺を殺して【パーティー】の席を空けたい、女を欲望のままに無茶苦茶にしたいというゲスな意思。
そして俺を犠牲に、“ボス”から逃げる時間稼ぎにしたいという酷く臆病な意思。
その両方が隠されることなく。
男たちの表情に、これ以上ない醜さとして表れていた。
「クソッ、このっ、避けんじゃねぇ!! ――なっ、なんで【スキル】が発動しねぇぇ!?」
「クズ不良共から守った、俺の、俺だけの【スキル】だぞ!! おい、発動しろよぉぉ!?」
だが事前に、これでもかと不意打ちを予期していたこと。
【危険察知】が一気にLv.4まで上がり、精度も比例して抜群に良くなったこと。
そして、おそらく状態異常で、男たちは誰も【スキル】を使えなかったらしいこと。
それらが複合的な要素となり。
多対一でも、不意の攻撃を回避すること自体は可能だった。
「ZIA,ZIAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
――だが、回避で逃げた先は、死に最も近い場所だったのだ。
元々の位置関係がボス、俺、男達なのだから、まあそうなるわ。
触れられる距離、目と鼻の先で。
血蜘蛛は大口を開け、鋭い牙を光らせた。
「クッ――」
【危険察知】の警戒音が、脳内でけたたましく鳴り響く。
事ここに至っては出し惜しみなんてしてられない。
切り札の【時間魔法】はもちろん。
奪取ホヤホヤの【修羅属性】も同時使用する覚悟だ。
……それでも分が悪いと感じる当たり、目の前の存在はあまりに強敵に思えた。
「はっ、ハハハッ! ざ、ざまぁ見ろっ! そっ、ソルアちゃんのことは俺様に任せて、後は蜘蛛にじっくり食われてろ!!」
「やっ、やったぁ! こ、これで来宮の体を好き放題に……」
「さっ、今の内に逃げ――」
俺を囮に逃げようとする男達4人。
恐怖状態のせいか、理性的な判断などもはやなく。
ソルアや来宮さん達へ向ける性的な欲望を、一切隠そうともしなくなっていた。
こんのっ!
マジで、ボスの攻撃を何とかしたら、先にコイツ等を処理してやる――
――だが男達の、そして俺の想像した未来が起こることはなかった。
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「――ZIZZ,ZZZ!」
「えっ? あっ――」
矢のように放たれた糸。
予備動作も、射出の瞬間も全く見えなかったブラッドスパイダーの一撃。
――それに撃ち抜かれたのは俺ではなく。リーユ推しの、細身な男だった。
「あっ、やっ――たっ、助けてぇぇぇ!!」
胸部から下半身にかけて、白い糸がベチャッと付着。
ピンと伸びきったバンジーの紐が戻るように、糸は凄い速さでブラッドスパイダーへと引っ張られていく。
「ZIZI――」
そして、頭からガブリッ。
「……マジかよ」
誰かが助けようと、介入しようとする間すら一切なかった。
一瞬の出来事。
……そして、地獄はこれで終わりではなかった。
「ヒッ――」
「ZIIIIIIIAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
俺のことなど全く視界に入っていないというように。
ブラッドスパイダーは俺を飛び越え、残り3人の元へ。
太く、しかし先端は鋭利に尖った脚先で、容易く一人を串刺した。
「ZIZI,ZIAAAAAAAAA!!」
そして残り二人は、その大きくも器用な爪先を使い。
まるでピンポン玉でも扱うように弾き飛ばした。
「おぎゅぉ――」
「ぶがっ――」
建屋も、そしてソルア好きな中年のオッサンも。
壁に叩きつけられたあまりに強い衝撃で、一瞬にしてその命を散らしたのだった。
「…………」
――何だよ、何だよこれは!?
悪夢でも見ているかのようである。
直ぐにでも目の前から消え去ってくれと思っていた相手、それが綺麗さっぱり死んだ。
……そんなことが、もうどうでも良いと思えるほどの衝撃だった。
これが……【ワールドクエスト】のボスの力?
えっ、外でやったあの弱点、“赤い奴”の討伐は何だったんだ。
弱体化して、これ?
……間違ってる、何かの設定をミスったバグとしか思えなかった。
しかし、いつまでも現実逃避しているわけにもいかない。
「……やってやるよ。じゃないと生き残れないんなら、刺し違えてでもお前を――えっ?」
――だが、今度はまた別の意味で、想像した未来が裏切られたのだった。
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「ZIIIIII……」
ブラッドスパイダーの様子がおかしい。
指示を、命令されたことを実行し終えた機械かのように、動きを止めたのだ。
「あっ――」
そして、さっきまでボス蜘蛛の全体を纏っていた、“死”を表現したような真っ黒いオーラが。
まるで役目を終えたとでもいうように、蒸発するかの如く消えていった。
「【危険察知】も……?」
あれ程うるさかった音も、未だ鳴ってはいるものの。
頻度・ボリューム共に、随分と落ち着いた。
……どういう、ことだ?
「ZIIIII――」
だが、俺の混乱が落ち着いてくれるのを、待ってくれるわけもなく。
ブラッドスパイダーが再び動き出そうとした。
今度はゆっくり、とはいかないが。
その予備動作は、視線で追える程度の速さにとどまっていた。
まるで邪魔者を排除し終え、その仕切り直しを始めようとするかの如く――
「っ!!」
――そうか、そうだよ!
【パーティー】機能、そして【ワールドクエスト】の参加申請をしてない生存者は“最優先の排除対象”になるんだ!
このショッピングモールという【ワールドクエスト】の場、ボスのテリトリー。
【パーティー】機能を使わずとも、申請をせずとも入ることは可能だった。
じゃあ正式な方法で申請した参加者と。
そうでない、いわば抜け道しようとした者。
両者の間での公平性を担保するのが、要は“ボスの一時的、限定的、だが圧倒的な強化”なんだ。
「【操作魔法】!!」
男4人が、俺の命を刈り取ろうとした武器。
それらだけでなく散らばったガラス片、落ちていたブランドバッグや財布、鍵……。
操作できそうなものは何でも浮かして、ブラッドスパイダーへと投げ放った。
――推測が正しいのなら、希望は全く断たれてない! むしろ勝機は十分以上にある!!
<所有奴隷“アトリ”がアーミースパイダーを討伐しました。55Isekaiを獲得しました>
そして朗報が届く。
「――ご主人様っ! ご無事ですか!?」
「っ!! ――ソルアさん! 主さんが戦ってるの、あれ、ブラッドスパイダーです!」
「本当、リーユちゃん!? ……いや、聞かなくても見ればわかる! ヤバい奴や!」
機能の音声が聞こえてから殆ど時間なく。
ソルアとリーユ、そして水間さんが駆けつけてくれた。
「皆っ、そいつがボスだ! ――ソルアっ、作戦Bで行く! “このまま炭酸回収を任せる”って、来宮さんたちにも伝えてくれ!」
事前に話し合っていた作戦の内、一番俺の負担がキツいだろうもの。
それを耳にして、ソルアは一瞬だけ言葉に詰まった。
だが――
「っ――……はい! かしこまりました、ご主人様! ではリーユとカナデ様と合流してください! どうか、ご無事で」
そしてこれも予め決めていた、害悪肉盾ゾンビのサポート要員。
その二人と、どうにか行動を共にして欲しいと告げ、ソルアはこの場を後にした。
「了解っ! ――っし! リーユ、水間さん! じゃあ何とかして、逃げるぞ!!」
立ち位置が俺、ボス、二人。
間に邪魔者が立ちふさがってしまっていた。
それをどうにか解消し、作戦へと繋げる。
……さぁ、本当のボス戦はこっからだ!!
ボス蜘蛛さんの目、どんな感じか本文だけで想像つきましたかね?
補足的に、一応イメージでは
● 〇
●●〇
● 〇
〇:赤
●:黒
こんな感じを想像してます。
話は変わりますが……。
――建屋弟君、(自称)水間さんクラスメート君、そしてオッサン2人で構成される“愉快な仲間たち”の活躍物語を期待して下っていた方、申し訳ありませんでした。
私の実力不足で、彼らは無念にも、本当に残念にもここで退場となってしまって……グスッ(目薬)
まあその分美少女たちが活躍してくれるでしょうから、彼らもきっとどこかで見守ってくれているでしょう(適当)
また感想を送っていただき、あるいはいいねやブックマーク、ご評価してくださりありがとうございます。
書き続けているとどうしても気持ちが乗らなかったり“今日はお休みしようかな……”と弱気にもなりますが、本当に皆さんのおかげで励まされ、頑張れております。
今後とも当作品をよろしくお願いいたします。




