90.ショッピングモールの中は、前と後ろ、そして“確かめたいこと”の先に待つ者
お待たせしました。
90話目です。
ではどうぞ。
「うっ……」
「……凄い死体の数」
クモの糸によって塞がれていなかった、唯一の西入口。
そこへ足を踏み入れた先から、視界には無数の死体が映った。
「……平日とはいえ、ショッピングモールですからねぇ」
「ええ。【異世界ゲーム】が始まったあの日も、大勢の人が利用していたでしょう」
水間さんや久代さんの呟きに、心の中で同意した。
何かの必修を受講した時、雑談の一つとして聞いた覚えがある。
年間2000万人が来場する大型ショッピングモールだ。
つまり1日に換算すると、万単位で人が来ていることになる。
営業時間12時間前後で割ると――
「……1階層だけも、数百もの人間がいたんだろうな」
そりゃ右を見ても左を見ても死体に行きつくのは、ある意味じゃ当然なことだろう。
≪そしてその死体を、せっせと巣へと運ぶクモさん達……≫
ファムは偵察のため、俺たちより10m以上は前へと行っている。
そこから見えるのは、その“死体”が次々とモンスターたちに運ばれている映像だ。
……【ワールドクエスト】開始以降、ずっとこうして運搬されているのだろうか。
なのに、未だ死体が床のあちこちにある。
つまり、それだけ多くの人が亡くなってしまったということだ。
やるせないねぇ……。
「――私達のやることを再確認しませんか? ……まず、これを見てください! 先ほどホテルで描いた略図です」
この場の空気を変えるように。
来宮さんが意図して明るい口調で、館内マップを取り出してくれる。
地元民で、このショッピングモールに何度も通っている来宮さんお手製のものだ。
「このショッピングモールは1階~7階まであります。8階は屋上駐車場なので、今は置いておきますね」
「……で、私達が今いるのは、もちろん“1階”、ですね」
ソルアの確認に、来宮さんがコクリと頷いて返す。
「うん。……基本構造はどの階層も同じです。中央に穴があるドーナツを思い浮かべてもらえば分かりやすいと思います――あっ」
その“ドーナツ”という例えでソルアやアトリ、そしてリーユの3人が分からないかもと引っかかったのだろう。
「まあ、中央が吹き抜けになってるってことが分かれば大丈夫。……つまりこの絵にあるように――」
そうして異世界組3人を呼び、来宮さんが描いてくれた略図に視線を集める。
ドーナツでいう生地に当たる円の部分を指でなぞりながら、説明を補足した。
「今、指を走らせた部分が通路や店舗部分。で、この中央部分は1階を除いて空洞だから床・通路は無いってこと。……OK?」
確認すると、3人は納得したように首を縦に振ってくれる。
……まあ最悪、1階の中央まで行けば分かるか。
「――で、ボス戦の話ね。……このショッピングモールのどこかにいる“ボス蜘蛛”は、あの“赤い蜘蛛”以外にももう一つ弱点がある」
久代さんの言葉を、アトリが継ぐ。
「ええ。確か“タンサンスイ”っていう飲み水、なのよね? それがこのフロアに沢山ある」
アトリがちゃんと正しく認識できているのが確認でき、来宮さんがコクリと頷く。
そして略図の端と端、その2点を指で順に叩いた。
「食料品コーナーですね。“東”にあります。……私達はここしか開いてなかったということで、“西口”から入りました」
「……あぅぅ~真反対、ですか」
リーユの残念そうな呟きは、全員の心を代弁しているようでもあった。
目的地は、俺たちの現在地からは正反対の場所。
ちょっと気落ちしてしまうのも仕方ない。
「――まあここで肩を落としてても始まらない。俺たちは弱点を知ってるっていうアドバンテージがあるんだ。前向きに行こう」
「ですね。お兄さんの言う通りですよ! テンション上げ上げのヨイショ丸で頑張りましょう!」
「……いや水間さん、あなた絶対に適当に言ってるでしょ」
久代さんの的確なツッコミもあって、再度気を入れ直した。
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≪――あっ! ご主人、いたよ! “赤い蜘蛛”!≫
しかし探索を開始しようとしたその寸前で。
先行していたファムから、朗報がもたらされる。
左右で通路が分かれてしまうその手前。
目的のボスではなかったが、確かにまたあの“赤い蜘蛛”がいたのだ。
「おぉ~ナイスだファム! ――“赤い蜘蛛”がいた」
同じ景色を見ていても、その人の認識によって見える物に差が生じるように。
ファムと視界を共有していても、こうしてファムの方が先に発見してくれることがあった。
「へぇ~ショッピングモール内にもいたんですか」
「じゃあやっぱり、外に出る数って上限があった、です?」
リーユの、答えを求めたわけではないような独り言に、しかし内心で頷く。
俺達が倒した1体、そしておそらく千種達が倒したであろう2体。
計3体が、ショッピングモール外に出てくる上限数だったのだろう。
そして中でも一定数、ボスを弱体化させるための“赤い奴”がランダムに配置されている、と。
「よしっ。それじゃあ“炭酸”回収前に、サクッと――っ!?」
倒してしまおう、そう告げようとした直前。
俺のスキルにも、反応があった。
ファム、そしてフォンに前方を偵察・警戒してもらっていることから。
【索敵】では、主に後方を重点的に見ていた。
……そこに、引っかかる気配があったのだ。
しかもモンスター、ではなく――
「ご主人様、いかがなさいましたか? ……敵、ですか?」
一早く俺の異変に気付いてくれたソルアが、全てを察したというように声をかけてくれる。
「“敵”、と断定するのは早いかもな。――ファムに案内してくれるよう頼んどくから。先に行って、“赤い蜘蛛”、倒しといてくれるか? ちょっと別行動をとるわ」
「…………」
「滝深さん……」
主にソルアや来宮さんから、心配するような目が向けられる。
「大丈夫。確認したいこともあるから。……ははっ。それに、そこまで距離が離れてるわけじゃないんだから。何かあったら助けに来てくれれば、それでいい」
そこまで言うと、もう何も言われることもなく。
「――分かりました。先に向かって“赤い蜘蛛”、倒しておきますね?」
一時的だが二手に分かれることを了承してくれた。
そうしてフワフワと戻って来たファムに先導され、俺以外の皆は先を進んでいく。
「さて――」
案外に早目なアプローチだったな。
まあこっちも“確かめたいこと”があるというのは本当なので、それはそれで助かる。
そうして【索敵】に引っかかった相手を出迎えるべく一人、入口へと引き返した。
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「おっ、や、やぁ学生君! 良かった、お、追いつけた!」
西入口へと足を踏み入れる手前。
未だ中にいる俺へ手を挙げたのは、あのホームセンターにいた“生存者”だった。
ソルアにご執心で、なおかつ俺に敵意バリバリだろう中年の男だ。
「……どうも」
そしてその後ろには、やはり建屋弟も。
目は合わせずで、ぶっきらぼうながらも、俺に挨拶はしてきた。
……まあ日本人だもんね。
建前は大事だよ、建前は。
「おや? さっきの……どうしました? なんか人も増えてるみたいですね~」
こちらも本音などおくびにも出さず。
“友好的ですよ~”・“さっきのことは全部水に流しましたよ~”という体で接する。
「あ、ああ! 俺達、君にガツンと言われて、め、目が覚めたんだ! 【パーティー】という形式にとらわれずとも。助けたい人、支えたい人を守ってあげればいいじゃないかってね!」
お~。
よくもまあそんなペラペラと口が回りますなぁ。
内心、俺を殺せるタイミングをずっと窺ってるくせに。
今は俺一人だから、そうだな……。
後はモンスターでもやってきたら、どさくさに紛れて殺させる、ってのもありそう。
はぁ~。
自分が死ぬパターンを考えないといけないって辛いわ~。
「ああ! 僕も、リーユちゃんを守りたい! あの小動物みたいな、庇護欲をかきたてるか弱い姿! あんな女の子を守ってあげずして何が男だ!」
「お、俺もだ! か、奏ちゃんのクラスメートとしても! ひ、一人の男としても! か、奏ちゃんを守ると決めたんだ!」
おうふっ。
リーユと水間さんにまで、自称の騎士さんがいましたか……。
細身のおじさん、あんたがリーユ目当てだと“事案”てワードしか浮かばないから自重してください。
ってか、水間さん?
君、“私なんて全然……”的なこと言ったりしてたくせに。
やっぱり君も、普通に自称騎士ができるくらいの美少女力してたんじゃん。
……まあ、水間さんも色々と大変だったんだろう。
この男子について知り合いっぽい仕草・雰囲気は一切なかったから。
やっぱり本人の認識してないプチストーカーさんなのかなぁ……。
「なるほど! それはすいませんでした~。俺が“彼女達と勝手に”決めちゃったせいで、皆さんに急な行動を強いちゃったみたいで」
俺がチャラ男風に、“ソルアや来宮さん達は俺の女だから~”的なニュアンスで謝罪を告げると。
「っ!」
「っ――い、いやいや。やっぱり君も言った通り協力、助け合いが大事だからね、うん!」
表面上は取り繕っているものの、イラっとした様子が手に取るように分かった。
……ごめんよ、俺だって別にそんなことは思ってないんだ。
そもそもチャラ男じゃなくてボッチだし。
ボッチにあんな“超”が付くほどの美少女集団、釣り合わないって。
自分が一番わかってますよ。
「そっか……嬉しいなぁ。じゃあ皆さん、【パーティー】機能を使わず、それぞれがソロで応援に来てくださったってことですよね?」
その確認については、私情を挟んだ様子はなく。
建屋と中年、そして追加の二人も。
タイミングはバラバラだが、しっかり頷き返してくる。
……なら、ちゃんと確かめられそうだ。
「皆は先に進んで露払いをしてくれています。一緒に頑張って“【施設】の解放”目指しましょう!」
そう。
俺達がこのショッピングモールにやってきた理由。
ホームセンターの住人たちへはそう説明していた。
嘘ではないし、【ワールドクエスト】の場所だと親切丁寧に教えてやる義理も義務もないからだ。
「……そっか。うん、一緒に頑張ろう」
中年太りのオッサンは明らかに不快感を覚えた様子だが、表面上は普通に入口へと足を進めた。
……もしかしたら“露払いをしてくれている”って言葉が、“彼女達を我が物顔でこき使ってる”的なニュアンスでとられたのかも。
俺の発言なら、もう何でも嫌なんだろうね。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いか。
「…………」
「…………」
「…………」
そして残りの3人も、オッサンに続く。
つまり【パーティー】機能を使ってないソロ4人が。
【ワールドクエスト】の場に、今正に入ったのだ。
「…………」
――さて、どうなるか。
確かめたいこととは、正にこの点だった。
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13 差出人:【異世界ゲーム】運営
件名:ワールドクエスト開催の告知
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●ワールドクエスト“ボスモンスターを討伐しよう!”
■クエスト詳細:
【異世界ゲーム】3日目 12:00以降に通知
※それ以前の詳細獲得の可能性について排除せず
方法は【マナスポット】の探索過程に準ずる
■参加条件:
パーティーランク:G+以上
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今日、来宮さんや久代さんと合流できた後にやって来たメール。
そこには“■参加条件: パーティーランク:G+以上”とあった。
そして俺達は水間さん加入後、ちゃんと【パーティー】として【ワールドクエスト】への参加申請を行っている。
――では“参加申請を行っていない”、あるいは“そもそも【パーティー】ですらない”生存者はどうなるのか。
それが知りたかったのだ。
「……っ!?」
――直後、それは即座に感じ取れた。
千種との戦いでも活躍してくれた【危険察知】が、うるさくて仕方ない。
ここまで頭が響くほどアラームを鳴らしてくるのは、その千種の時でさえもなかった。
<【危険察知】レベルアップ! ――Lv.2→Lv.3になりました>
<【危険察知】レベルアップ! ――Lv.3→Lv.4になりました>
――一気にレベルが2つも上がった!?
鳴りやまぬどころか、音のボリュームはさっきと比較にならないほど増している。
全身にも、迫りくる危機を訴える第六感的な衝動が、ずっと走り続けていた。
――ヤバいっ!
ドシンッ。
何かとても重い物体が、地面に落ちた音。
ガタガタガタガタッ。
続いて、それが凄い音とスピードで近づいてくるのがわかった。
本能的にわかった。
来るっ――
「――ZIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
ボス蜘蛛の、お出ましだ。
先ほど確認した限りで、“ユニーク”が100万人を突破しておりました!
本当に沢山の方に読んでいただけているんだなぁと実感しております。
話数としてももうすぐ100話を迎えますので、とても感慨深い思いでいっぱいですね。
ブックマークやご評価などの数字的な要素に限らず。
感想やレビュー、いいね、そして純粋に読んでいただけるということ。
それら全てが当作品を書き続けるとても強い原動力・応援となっております。
感想もニヤニヤしながら拝見してますし、いいねやブックマークの増加も一々舞い上がってます。
今後も是非とも当作品をよろしくお願いいたします。




