79.獣性を獲得した人間、そして手早く中に
お待たせしました。
79話目です。
ではどうぞ。
『へんっ! おいオッサン、お前が【施設】で商品を買った生存者なんじゃねぇのか?』
『むぐぅっ!? むぐぅぅぅ……』
制服を着た男子の一人が、寝転がっている人を足蹴にする。
小太りの男性はあまりの痛みにか、口に張られたテープを突き破らんばかりに声を上げた。
『へへっ、すっげぇ。今コイツ、フゴッって言った?』
『ハハハッ! やめろよ、ブタかっての! でもかなり跳ねたよな。“筋力”高いとデブでもちゃんとダメージ入んのヤバいわ~』
それを見て回りの仲間も、下品な笑い声を出して盛り上がる。
実際に“誰が【施設】利用者か”を吐かせるためというよりも。
今のはただ周りへ見せしめるため。
そしてただ自分たちが楽しむためにやったように見えた。
理性のタガが外れ、獣性を得てしまった人間がどうなるか。
それをまざまざと見せられている気がした
『次は誰がいいかな~? ……おい、お前ら。痛いのが嫌なら、吐く準備しておくんだな。チクりたいと思ったタイミングと、実際に口のテープが剥がれるのは、一緒じゃねえからな?』
『…………』
『むぅぅ……むぐぅ……』
一方、囚われている他の人々。
視覚を奪われ。
耳に入ってくる音だけが、すぐ近くで行われている凶行を教えてくれる。
今度は、次は自分の番じゃないか。
この後もっと酷いことが行われるんじゃないか。
なのに逃げ出せず、引き伸ばされる時間の中怯えるしかできない。
絶望感だけが自分の中に広がっていく。
……そんな恐怖のどん底に突き落とされているように見えた。
「――中は、ある意味では外よりも最悪な状況だな」
ファムからもたらされた映像・情報を言葉にして、みんなと共有する。
内部の様子が伝わると、それぞれ表情は大なり小なり深刻なものに。
「うわぁ……」
水間さんは引きつった顔で、チラッと久代さん・来宮さんを見る。
直接的な表現は避けたが、中で行われそうになっている行為から、二人の様子が気になったのだろう。
……久代さんと来宮さんも、正に似たような目に遭いかけた被害者だから。
「…………」
「…………」
二人から、すぐに言葉はなかった。
だが久代さんは、自分の中で気持ちを消化するようにすっと目を閉じ。
そして目を開けると、ゆっくりと話しだした。
「――どうする? この“ホームセンター”を使って“赤い奴”を潰していくのなら、中にいる“そいつら”には出て行ってもらう方がいいでしょう?」
あくまで冷静に。
そして未だ気持ちを落ち着かせている、年下の来宮さんの分まで自分がというように。
久代さんは言葉を続けた。
「まあ関わり合いになりたくないのも本音だけど。そうも言ってられないでしょう。……滝深君たちとしては、どうなの?」
久代さんの言葉を受け、ソルア達へと視線を向ける。
「マスター。相手は5人なんでしょう? 私一人でも大丈夫だと思う。純粋に数の差でも押し切れそうだけど」
アトリは自信ありげに。
だがあくまで慎重に、断言を避ける形で口にする。
「ああ。“今のところは”って留保はあるが」
「あの、うぅぅ、すいません。私、多分、肉弾戦オンリーだったらお役に立てないかもです……」
リーユはアトリの言葉の意図をどう受け取ったのか。
あたかも“魔法無し・肉体での戦い”が前提にでもなっているように。
とても申し訳なさそうに縮こまっていた。
「フフッ、大丈夫ですよリーユ。あくまで数は参考にという話ですから。リーユはリーユの出来ることを頑張ってください」
「あっ……はっ、はい! ソルアさん!」
ソルアの真っすぐな言葉に励まされたのか。
リーユは表情こそ大きく変わらないものの、心打たれたように興奮した様子で答えていた。
……ソルアがいてくれると、やっぱり助かるなぁ。
メンバーが増え、俺の気が付かない・届かない部分も必ず出てくると思う。
ソルアはそんな場合でもこうして目を配り、さり気なくカバーしてくれる。
戦闘でない部分でも、とてもバランスよく動いてくれていた。
本当、頭が下がる思いだ。
「――ご主人様。中の様子はどうなっていますか?」
そのソルアに問われ、思考を引き戻す。
と同時に、共有している視界に改めて集中したのだった。
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『――しっ、知らない! 俺、そもそも、モンスターなんて、1体も倒せてない! だから、“Isekai”だって、元からほとんど持ってないんだ!』
『本当かぁ~? 実はお前が購入して、だからIsekai使っちまったって話じゃないのかよ?』
『凄いな。コイツ、唾飛びまくってるぜ。必死すぎかよ。……そこまで言うんだ、嘘だったらタダじゃ済まさねぇからな? 何なら、今すぐ外に出してもいいんだぜ?』
見ていて、そして聞いていて気持ちのいい場面では決してない。
なんなら軽い眩暈もあるし。
吐き気、怒りすら湧いてくる。
「…………」
だがそれを感じ取ったのか、リーユが心配そうな目でこちらを見ていた。
おっと――
……ふぅぅ。
おかげで少し冷静になれた。
「――まだ、誰かに手を出してはいない段階だ」
人を殺めるという意味でも。
そして女性へと非道な行いをするという意味でも。
「短気だと思ったら、案外慎重に進めてるようにも見える」
「……単に考えなしの連中じゃない、ってことなんですかね?」
水間さんの疑問に、即答はできなかった。
確かに言われてみればその通り。
見た目は完全にただの頭の悪そうな学生たちだが。
直ぐに事に及ぶという感じでもない。
「そいつら、暇なの? こっちは早く“ワールドクエスト”だけに専念したいっていうのに。余計な手間をかけさせてくれる。はぁぁ……」
久代さんの疲れたような皮肉の声。
同時に深いため息を吐く。
だがその言葉を聞いて、思わずハッとするところがあった。
――あっ、そっか。こいつら、“ショッピングモールにボスがいる”って知らないんだ。
むしろ、知ってて目的地に向けて直行できた俺たちの方が例外なんだよ。
そりゃあ、自分たちのいる場所のすぐ側がクエストの中心地だなんて普通思わないか。
だからこそ、こいつらはホームセンター内が一応の安全地帯だと信じ込んでいる。
そして自分たちは関係ないと思えるからこそ、あんな蛮行を今も現在進行形でやってられるんだ。
モンスターと対峙するための人手が一人でも欲しい時だとわかってたら、普通はこんなことしないわ、うん。
『――んんっ~! むぐっ、んっむぅぅぅ!?』
『ひひっ。お姉さん、外に出されてモンスターに殺されるくらいなら。服を破かれるくらいどうってことないっしょ』
ピアスに髪留めをしている男が、拘束された若い女性へとその魔の手を伸ばす。
シャツにその指がかかろうとしたその時――
『……おい。まだその女が【施設】使った奴かも分かってねえんだから。勝手に一人で先走んな』
リーダー格の男が短く告げる。
手下のチャラい男はそれだけで、すぐに手を引っ込めた。
『あっ、う、うん、分かってる分かってる! ちょっと脅しにと思ってやっただけだから。マジでやろうとか、そんなじゃないって』
慌てて弁明するが、リーダーの金髪はすぐに関心をなくしたように視線を切ったのだった。
他の奴も皆、大なり小なり遊んでそうな見た目・外見をしている。
だが、リーダーの指示にはちゃんと従っていた。
……コイツだけは、なんか違う感じだな。
「――とりあえず。中に入るんならまだ事が起きる前、つまり今の内だろう」
今もリーダーの指示に従って、【施設】利用者を割り出そうとしている最中だった。
これはつまり見方を変えると“【施設】利用者だけを殺したい”“他の奴を殺すのは最終手段だ”と考えているともとれる。
そのために時間をかけているのだ。
……ならやはり、侵入・突入するのは今の方がいい。
「わかったわ、マスター。……で、どういう風に行く? 私は何人相手をすればいい?」
まるで自分が戦うことは既定だと確信しているように、アトリは笑顔を向けてくる。
……いや、あの、うん。
大変頼もしいことこの上ないんだけど、“アトリ 参戦!!”はちょっと待ってて欲しいんですが……。
大乱闘にならずあいつらに出て行ってもらえれば、それがベストなんで。
「……とりあえず、二手、あるいは三手くらいに分かれるか」
そうして極々簡単にだが、自分の考えを手短に説明したのだった。
やはり全く余裕がない状況でして。
全然更新ができず申し訳ないです。
ただその間も感想や、活動報告で温かいコメントを頂けて。
本当に嬉しく、そしてありがたかったです。
もう、本当、ゴールデンウイークなんて全く関係なしの日々を送っているので……(涙)
ですので、やはり15日までは同じく更新できるかわかりません。
申し訳ありませんが、今しばらく気長にお待ちいただければ幸いです。




