73.リーユの過去、今に繋がり、そして贈り物
73話目です。
ではどうぞ。
『やーいやーい! 竜人のくせして、回復魔法しか使えない弱っちい奴!』
リーユの過去。
真っ先に目の前へと現れたのは、幼い彼女をいじめる少年たちの姿だった。
『そんな、どうして意地悪ばかり言うんですか?』
『へんっ! 竜人ってのは腕っぷしが大事なんだ! お前も、お前の父ちゃん母ちゃんも全然戦わないじゃないか』
リーダー格の少年が言ったことは“竜人”という種族の在り方について、おおよそ共同体内での共通認識だったらしい。
リーユ自身もそのこと自体は自覚していて。
でも幼い彼女は、それを上手く自分の中で消化できないでいた。
『……私、ダメな竜人なんでしょうか?』
近しい年頃の子供たちがやんちゃに遊んだり、腕試しで戦ったりする中。
その輪に入れず、リーユは深い孤独感を覚える。
また、最も分かりやすい“竜人らしさ”たる“強さ”を一切有していないことが、幼いリーユから自己肯定感をどんどん奪っていった。
『……へんっ。ったく、しょうがねえからよう。里一番の強者たる俺様が、お前を守ってやるよ』
ちなみに、リーダー格の少年は度々リーユの記憶に現れては、リーユへ意地悪していた。
この一場面、一言だけを切り取ることができれば、良い思い出のように見えなくもない。
……しかし、リーユにとってはとても苦く辛い、トラウマのような思い出として記憶されていたらしい。
好きな子の気を引きたいなら意地悪するんじゃなく、もっと優しくアプローチすべきだったようだ。
『――リーユ。私たちはね、“ヒーリングドラゴン”という凄いドラゴンの血を受け継いでいるの。……だから、ね? もっと自分に自信をもって。自分を誇ってちょうだい』
そんなとても苦しんでいた頃だった。
リーユは慕う両親から、自分の出自・ルーツを伝えられる。
『竜は戦いが好きだからね。その分ケガをする者も沢山いた。……ヒーリングドラゴンはそんな傷だらけの竜たちを、自分の血で癒してみせたんだ。だから、戦いを好まなくても、多くの竜から慕われた、凄い存在だったんだよ?』
リーユに似た、とても優し気な雰囲気と眼差しをした、大人の男性。
リーユのお父さんはまるで自分のことのように誇らしげに、ヒーリングドラゴンの逸話を語って聞かせた。
『凄い……リーユも、リーユも沢山のケガした人、治します! 治したいです!』
悩み苦しんでいたことを察しての、両親の話。
リーユはまるで物事の見方が180度変わったかのように、自分の存在やあり方に自信・誇らしさを持てるようになった。
このことがきっかけで、元から深い愛情を抱いていた両親を、リーユはさらに尊敬するようになる。
『――リーユっ、逃げなさい!』
『逃げるのよっ、リーユ!』
――だが、幸福な日々は、簡単に終わりを告げる。
『“万病の薬”になる“ヒーリングドラゴン”の血! どこだっ、その血を持つ竜人は! 出てこいっ!』
ヒーリングドラゴンの血が、体液が。
あらゆる傷病を癒すとする伝説の薬、“エリクサー”の素材となる。
そう知った者たちが、リーユの家族の元へとたどり着いてしまったのだ。
『あぁっ、あぁぁ……! お父さん、お母さん!』
リーユにとっては、生涯を通じての一番深い心の傷となる出来事だったようだ。
……両親がその不届き者たちの手によって殺められたこと以外、詳細な部分は覚えていないらしい。
『……私、助け、られなかった。お父さんも、お母さんも。一番大事な時に、一番大事な人たちを。――何が、沢山の人を、治したいですか!』
リーユが一番に怒りの矛先を向けたのは、大事な人たちを奪った張本人たち……ではなく。
その傷ついた両親を助けられなかった、傷を治してあげることができなかった自分だった。
“竜人”らしく力をもって敵を排除することもできなければ。
“ヒーリングドラゴン”の血を受け継いだ者として、癒しの力で大切な人を救うこともできない。
自分を肯定する理由となってくれていた、癒す力だからこそ。
それで一番大切な人を救えなかった事実はあまりにも深く、リーユ自身を傷つけた。
リーユはこれがきっかけで。
自分自身を、その在り方を。
一切肯定できなくなってしまったのだった。
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『フフッ。ここにある器全てを、お前の体液で満たすことができれば、解放してやらんこともないぞ?』
リーユの記憶、時は、ごく最近の物へと移る。
成長し何とか生きていたリーユは、しかし、捕まってしまう。
太った貴族風の男が、いやらしい笑みを浮かべてリーユを見下ろしていた。
『…………』
『ふんっ。無視か? あまりに反抗的だと、無理矢理にでも出させることになるぞ? まあ俺はそれでもいいがな。……竜人の女を抱くというのも、それはそれで一興か――それが嫌なら、自分から協力的態度をとることだな』
男が欲したのは、あらゆる傷・病を癒すことに使えるリーユの体液だった。
『フフッ、これで俺ももっと上に行ける。エリクサーがあれば、他の貴族連中はおろか、王だって俺の言うことを聞かざるを得ないだろう。フフッ、フハハハ!!』
男が去ったあと、リーユの心を占めたのは絶望一色だった。
もう何も望まない。
自分には、もう何も残っていない。
もうこれ以上、苦しい思いをしたくない――
『あっ――』
――そうして生きることすらも苦しみに感じ始めた時だった。
突然の転機が訪れる。
『……私を、この人が、助けて、くれた?』
こんな自分を欲し、暗闇から救い出してくれた人がいた。
自分を罠にかけ捕らえた男はこれほどまでやるかといわんばかりに、厳重な施設・拘束を用意していたのに。
絶対に助けなど期待できないような場所に自分は囚われていたはずなのに。
『ありがとう、ございます――主さん』
――そうした俺への感謝の気持ちが、次々と流れ込んでくる。
リーユは俺へと希望を感じ。
再び生きる気力を。
そして理由を見出してくれた。
だがリーユの心が一瞬にして暗い物へと変化し、浮かれた気持ちはすぐにどこかへと消え去る。
『……でも、もう嫌なんです。大切な人が。自分の目の前で亡くなるのが。自分の力不足で救えないのが』
リーユはとても恐れていた。
俺がリーユを絶望の淵から救い出したからこそ。
そんな俺が死ぬのを。
そして俺を、自分の癒しの力で助けられないかもしれないことを。
両親を救えなかったことと同じことが、俺にも起こりうると、酷く怖がっていた。
『もし、また、今度は主さんを助けられなかったら、私、もう、耐えられません』
ただでさえ未だ両親の件の傷が癒えてないのに。
同じことが起きたら、心が壊れてしまう。
だからもう、何も大切な物は持ちたくない。
希望は、いらない。
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“絆欠片”が見せてくれたリーユの心は、そこまでだった。
「ご主人様、ご無事ですか?」
ソルアの顔が真っ先に視界に入ってきた。
「マスター、大丈夫!?」
アトリも心配そうに肩を貸してくれている。
「ああ、大丈夫。ちょっとだけ、意識が飛んでただけだから」
そうして二人に礼をいい、ゆっくり眩暈に慣れていく。
立ち眩みのような症状が収まり、ようやく意識がハッキリとする。
「……あ、あの、主さん、大丈夫、ですか?」
再び薄暗くなったフロントで、リーユ本人も気遣うようにこちらを見ていた。
……やはり、リーユを異世界から呼び出すだけでは、根本の解決にはならなかったようだ。
心の中ではあれほど辛い思いを抱えていたのに。
それを一旦置いてまで、一瞬とはいえ意識が飛んでいた俺を心配してくれている。
根本的にリーユという少女は、本当に優しい女の子なんだと改めて強く理解した。
「ああ、大丈夫。――リーユ。これを」
残っていたもう一つの結晶を取り出す。
虹色をしたそれを見て、リーユは不思議そうに首をかしげた。
そして何かに惹かれるように、そーっとその手を、指を伸ばす。
リーユが虹の結晶に触れるか触れないか、その瞬間。
「あっ――!?」
「っ!?」
「きゃっ!」
「なっ、何っ!?」
――突如として結晶が、強く発光した。
虹色の線がレーザーを飛ばすように、フロントのあちこちを照らす。
だがそれは長くは続かなかった。
「一体、何が…………えっ?」
光が収まり、腕で庇っていた目を開ける。
そこには――
「――えっ? ……お父さん、お母さん!?」
先ほどリーユの記憶で見た、リーユの両親がいたのだ。
SFドラマや映画などで見るホログラム映像のように、リーユの両親は透けて宙に浮いていた。
『大きくなったね。こんなに綺麗に可愛くなって。父さんは本当に君が誇らしいよ』
『リーユ。私の可愛い最愛の娘、リーユ』
――ああ、これもまた“絆欠片”が見せてくれているんだ。
直感的に、自然とそう理解できた。
俺がリーユに見せた虹色の結晶。
つまり“限定衣装”も、“絆欠片”の積み重ねによって交換されたものだ。
「お父さん? お母さん? ど、どうして? 本当に、本物?」
幽霊でも目にしたように、リーユはふらりふらりと、両親の映像へと近づいていく。
「アトリ……これは、一体?」
「多分、リーユのお父さんとお母さん、なんだろうけど……」
さっきのリーユの過去・記憶とは違い。
これはソルアやアトリにも見えているようだ。
二人も状況に困惑してはいるが、悪いことが起こっているわけではないと察し見守ってくれている。
『ああ。……君に出来た大切な人が。大きなリスクを背負ってくれたからこそ。また会えた』
『おかげでリーユ。あなたに“これ”を渡す機会ができた』
いつの間にかリーユのお母さんの手には、衣装一式が収まっていた。
リーユの髪色に似た暗めの水色。
それを基調とした水着、ブーツ、アームカバー。
「これ、は?」
『ヒーリングドラゴンの力――“癒し”の力を途絶えさせないための工夫の一つだよ。代々、親が子のために、その癒しの力を宿した物を送るんだ』
『そう。私たちの力が――私たちがここにいる。リーユのための。リーユのためだけの装備よ』
リーユがお母さんから、その衣装を受け取る。
その目には、涙が溢れていた。
そして残された時間があと僅かだと告げるように、リーユの両親の姿が薄まっていく。
「じゃ、じゃあ、お父さんもお母さんも、ここに?」
『ああ、ずっと一緒だ』
『そう。それに、私たちがついてるんだから。リーユはもっと沢山、そして大きな傷も癒せるようになるわ』
リーユは受けとった衣装一式を、ギュッと抱きしめる。
そこに両親の存在があることを、その体全身で確かめるように。
もう二度と離れ離れにならないと誓うように。
『じゃあね、リーユ。ずっと傍で見てるから――』
『しっかりやるのよ? ……愛してるわ。リーユ――』
その言葉を最後に、二人の姿は消えてしまったのだった。
「お父さん、お母さん……私、二人の子供で、本当に良かった――」
リーユはしばらくその場を動かなかった。
しかし最後の別れを告げるかのようにそう言葉にした後――
「――あの! 主、さん! 本当に、ありがとうございました」
未だ目に浮いた涙は乾いてないものの。
振り返ったリーユはもう、下を向いてはいなかった。
「……ああ」
「主さんのおかげで、二人とまた話せて。それだけでも嬉しいのに――」
リーユは手で抱えるようにして持つ衣装一式をチラッと見る。
そしてぎこちないながらも、とても魅力的な笑顔を浮かべた。
「これでお父さんとお母さんと。ずっと一緒にいられます。――こんな素敵な贈り物まで貰えて。こんな素敵な機会をくれた主さんができて。私は、とても幸せ者ですね」
その笑顔に、自分を責めたりするような影や暗さは微塵もなく。
リーユはもう既に、自分の心の傷を癒せたみたいだった。
ふぅぅ……。
何とかシリアス回を1話で終えることができましたね。
次話からはリーユが加わり、またクエスト関連に戻っていきます。
……ちょっと流石に疲れました。
早めに寝ることにしますね。




