28.到着と隠れ場所、アトリの自信、そして圧倒的な火力
28話目です。
ではどうぞ。
≪ご主人、ついたよ! “ひゃっきん”!≫
アトリの件が無事に解決した直後、タイミングよくファムから声が届いた。
「おっ、ファムか」
丁度いいので、視界を共有して確認することにした。
……あぁ~。
うん、確かに百均だ。
朝に行ったドラッグストアから、さらに東へ行った場所。
県道を挟んで向かい側には中学校がある。
大きな駐車場の奥。
久代さんたちは真実、百均の店舗を拠点としていたようだった。
「えっ、何、マスターどうしたの? いきなり独り言をぶつぶつと言い始めちゃって……」
…………。
こぉ~ら。
アトリさん。
君はなんて目で俺を見てくるんだ。
そのボソボソ声も、ちゃんと聞こえてるからね?
「フフッ。“ファム”っていう、ご主人様の魔導人形と会話されてるんですよ」
耳打ちされたソルアはお互いの認識のズレがおかしいというように、笑顔で答えていた。
そうそう、俺は変なことしてるわけじゃないの。
「あっ、そうなんだ……凄い。遠隔通話できる魔導人形を持ってるのね」
いや、掌返し早っ!
逆に感心した目で見られるのも、それはそれで反応に困るから。
コロコロと変化するアトリのリアクションに振り回されないよう、背中を向けて通話に集中することにした。
≪で、ボク、これからどうすればいい? 一応今は“ハルカ”お姉さんに隠れさせてもらってるけど≫
そうだな、どうしよう……ん?
ファムの言葉をそのままスルーしそうになったが、遅れて違和感に気づいた。
――えっ、今お前どこに隠れてるって?
≪? “ハルカ”お姉さんの中だよ? ――あっ、ごめんごめん、服の中って意味だから!≫
「――“服の中”ぁっ!?」
思わず声が出てしまっていた。
おまっ、ちょっ、それ。
つまり来宮さんの服の中に潜り込んでるってことか!?
確かに、なんかやけにそれっぽい物もチラチラ映るなとは思ったけど!
『あっ、あふぅっ……ふぁ、ファムちゃん、ダメ、そこ、胸っ、あんまり動っ、かないで。バ、バレちゃうから』
今度は、ファムと共有した聴覚から、新たな情報がもたらされる。
悩まし気な熱い吐息のような、思わず漏れたという声。
思わず異性を意識させられる、そんな来宮さんのものだった。
つまり、ファムは今、来宮さんの胸元で……。
ゴクリッ。
「……なんかマスター、凄い声出してたけど」
「……すいません。私もよくわかりません。“服の中”という言葉がどういう状況を指しているのか」
後ろでアトリとソルアがまたボソボソと言っているのが聞こえてくる。
いや、俺もよくわからないです。
なんでファムが来宮さんの服の中に隠れてるのか。
そして来宮さんも、ファムの存在に気づいてるっぽいし……。
≪えっ? なんか、ハルカお姉さんが直ぐにボクのこと気づいてくれたよ。で、もう一人、トウコお姉さんもボクに協力してくれるって≫
ってことは、久代さんもファムに気づいてるんだな。
アトリと向き合っている間にそんなことになっていたとは……。
――あっ、そっか。
「あぁ~。そういえば久代さんたちと会った時、1回【読心術】使われたんだっけか」
それでソルアの心を読んで、ホブゴブリンとの戦闘があったことを知った。
その時にファムの存在も、来宮さんは知る機会があったはずだ。
「アトリ。“クシロ”っていうのは、“トウコ”様という方のことです。ご主人様と同じ学校に所属されているそうで、凄くお綺麗な方でしたよ」
「ふ~ん。凄く綺麗な女の人と、マスターは同じ学校に通ってたんだ。へぇー」
なんかアトリさん、凄い含みのある言い方しますね。
何気なさを装い振り返ると、ジトっとした目をしたアトリさんがいました。
……何だよ。
大学だぞ、知らない奴ばっかが通ってるんだから。
完全に赤の他人だって。
――はぁぁ。……とりあえずその二人が協力してくれてることは分かった。ただ合流しよう、一回。
≪うん、了解!≫
ファムに合流場所を指示して、俺たちもそこへと向かうことにしたのだった。
□◆□◆ ◇■◇■ ■◇■◇ ◆□◆□
「……ここら辺は結構片づけたとは思ってたけど、やっぱりいるなぁ」
ソルアとアトリを連れて、アパートの外へと出てきた。
そしてほどなく、道路の先にモンスターの姿を捉える。
「あれは……子オークかしら。……えっ、倒さないの?」
アトリが振り返り、俺とソルアの反応を窺ってくる。
いや、もちろん、邪魔なら倒せばいいんだけど。
「……この辺り一帯では、今まで見なかった相手ですので。少し慎重になった方がいいのかなと」
ソルアの答えが、そのまま俺の考えでもあった。
相手は1体。
二足歩行で、垂れ耳の豚人間。
オークだ。
だが昨日・午前とアパート近くでは確認されなかったモンスター。
何かあるのかなと少し勘繰ってしまう。
「……そう。――なら、私が行ってきます」
アトリは何の気負いもない様子で進み出た。
「……行けるのか?」
「ええ。1対1なら、モンスターに後れを取ることはないわ。それにマスターからもらった装備もあるしね」
そう言ってアトリは武器と、左手にはめた指輪を示す。
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●普通の細剣 ★2
刀身が細い鋭利な剣。
切ることも可能だが、刺突能力の方が高い。
性能は通常レベルなため、普通に折れるし壊れもする。
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●敏捷の指輪 ★3
装備することにより、敏捷が+25上がる。
敏捷値が100を超える者が装備すると、+3%追加で上昇する。
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アトリを当てるために回したガチャ、それで得た戦果の内の二つだ。
戦闘スタイル的に、アトリに持ってもらうのが良いと判断して渡した。
「斥候は何回もしたことがあります。“何かありそう”ってときこそ、私が先陣を切るべきだと思うの」
そこまで言うなら、もうこれ以上の議論はいらないだろう。
「……っていうか、グズグズしてたら相手さんが気づいちゃうか。――任せた。サポートはちゃんとする」
「アトリ、先頭、お願いしますね」
俺とソルアも戦う準備をしておく。
「うん。多分いらないと思うけど、もしもの時はお願いします。――すぅぅ……っ!」
アトリはそれを見て頷き、一気に駆け出した。
□◆□◆ ◇■◇■ ■◇■◇ ◆□◆□
――うわっ、速っ!
アトリは見る間に子オークとの距離を詰める。
モンスターのせいで壊され悪くなった道路の足場など、自分には関係ないとばかりに。
【加速】による速さが認識外の速さをもたらすのだとしたら。
アトリのそれは、認識できる範囲内での、しかし俺が知る限り最上のものだった。
「FUGOOOOO――」
アトリの急激な接近に、未だモンスターは気づけていない。
その速さたるや、懸念していた罠なんかが仮にあっても、間に合わないのではないか。
そう思わせるほど、アトリの素早さは群を抜いていた。
「っ!」
アトリの体から、桃色の霧が出るのが見えた。
【魅了】だ。
しかし、星絆や浴室で見た物とは規模が違った。
ごく少量、スプレーで噴出した程度の量が、オークに命中する。
――おぉぉっ! 凄い、ちゃんと自分でもコントロールできてるじゃん!
俺が、本来の威力の【魅了】によって狂わされず。
そして主従契約により得た所有者の力で、アトリの出力を制御できたのが功を奏しているのだ。
「FUGO――!」
次の瞬間には、子オークの表情が蕩け切っていた。
魅了の状態異常にかかった証拠だ。
オークは誰に【魅了】をかけられたのか。
そして自分が今、何に対して極度の興奮を覚えているのか。
全く何もわからないまま、アトリが懐に入るのを許してしまった。
「――しっ、せぁっ、りゃぁっ!」
振るわれた細剣から、ピンクとも赤ともつかない輝きの線が見えた。
目にも止まらぬ速さで切りつけられる度、オークの体から凄い音がする。
パァンッ、ザシュッ、パァンッと。
何かが弾けるような、そして鋭く切りつけられるような大きな音。
だがそれは現実に鳴っていたわけじゃなく、その攻撃の苛烈さから聞こえたように錯覚していたようだ。
「せぁぁっ!」
アトリの連撃は、分厚い脂肪をものともしない。
刺突、つまり突くことが最も効用を発揮する武器。
そのはずの細剣から放たれる連続の切り付けは、すべてが致命的なダメージを与えているのではないか。
そう思えるほどの凄まじさだった。
「あっ――」
最後のトドメ、その一撃はモーションが他より少しだけ長く。
なので、それでようやくからくりというか、アトリの高火力の仕組みが把握できた。
オークの体から泡のようにプカプカとピンク色の毒が浮いている。
その魅了の毒に付け込むようにして当てた攻撃は、一気に威力が跳ね上がったように見えた。
――つまり、魅了状態の敵を攻撃すると、アトリは追加ダメージ、あるいは急所率が増大するのだ。
<所有奴隷“アトリ”が子オークを討伐しました。65Isekaiを獲得しました>
疑っていたようなトラップや待ち伏せなども全くなく、全部考えすぎの取り越し苦労で。
アトリは圧倒的な強さをもって、目の前の道を切り開いてくれたのだった。
日間ランキングは3位でしたね。
流石にちょっと疲れが出てきましたが、ここが頑張り時だと何とか継続しております。
こうしてもうひと踏ん張りだと頑張れているのも、この作品を読んで応援してくださる皆さんのおかげです。
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