111.シャワー、お酒の付き合い、そして本音で話したのに何でそうなった!?
お待たせしました。
111話目ですね。
ではどうぞ。
「わっ、きゃっ!」
「凄い凄い! ――お兄さんお兄さん、男性用の方も中って殆ど変わんないんですね! あ、後、シャワー。ちゃんと水出ますよ!」
男性用シャワールームの方から聞こえてくる、楽し気なはしゃぎ声。
リーユと水間さんは、食事を優先させてもらった分として。
女性用ではないこちらの利用を、自分たちから申し出た。
今はだから女性用の方は、久代さんやアトリ達が使っているはず。
「わかった、わかったから! ちゃんとドア閉めて入りなさい! それと“キャンプ用シャワー”の良し悪しはまた後で聞くから!」
そして100均で回収してきたらしい、キャンプなどのレジャー場面で使えるそれ用のシャワー。
水回りが完全に使用できなくなって慌てるのはマズいと、今の内に実験しておくらしい。
……それは良いんだが、仮にも年頃の女の子なんだから。
もうちょっと色々と気にして欲しいものだ。
「は~い! ――じゃあリーユちゃん。実験はここまでにして、ちゃんと体洗おっか」
「は、はいです! ――あ、あの、主さん? ちゃんといます、です?」
閉じていたはずのシャワールーム入口が、ゆっくりと開いて。
リーユが心細そうに顔半分だけを覗かせた。
ランタンを一つ持って行っているとはいえ、やはり依然として中は暗闇の方が多い。
漠然とした不安感でも出てきちゃったんだろう。
「あ~いるいる。ずっとここに座ってるって。何ならもう椅子と結婚してここから立ち上がれないまである」
無事だった木製の椅子に、それこそズレ落ちそうになるくらいの凄い体勢で座り直す。
「ふふっ。……ありがとうございます、です。では、行ってきますね――」
おかしそうにクスッと笑い。
リーユは安心したようにホッとし、中へと戻っていった。
……ウケた、やったぜ。
「だがシャワーのことは本格的に考えた方が良いな……」
今は既に秋、10月だ。
他の都道府県と比べ温かい気候、高い平均気温だからこそ“水”のシャワーでもなんとかなっている。
しかしここから先、気温は下がっていく一方だろう。
あの“日中外へ置いておけばお湯になってくれるキャンプ用シャワー”が機能してくれればいうことはないが。
あまり使えない場合はどうするかも考えておいた方が良いだろう。
「ふぃ~っ……」
伸びをし、そのまま両手は頭の後ろで組む。
空腹も満たされ、後はもう休むだけとなった。
だがまだ今のところ、眠気は全くやって無い。
あれだけ今日1日頑張り詰めだったのに、である。
「うーん、そうなると暇だなぁ~……」
俺以外に男がいないとはいえ。
年若い少女が2人も、男性用シャワー室を利用しているのだ。
流石にこの場を離れるのは心情的に躊躇われる。
俺が見張りというか、気休めでもここにいた方が良いだろう。
そうして一人、やることもなく。
話し相手でも欲しいなと思っていたところに――
「――あら? 滝深君?」
リーユ達とは反対側、女性用シャワー室の扉が開き。
しっとりと髪を濡らした久代さんが、そこから出て来たのだった。
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「えっと……あっ、そっか。水間さん達のためね」
俺がシャワー室前で椅子に腰かけていることに、一瞬だが思考停止した様子。
しかし直ぐに理由を察してくれたらしい。
「ああ、うん」
変な勘違いをされずに済んで正直助かった。
もしかしたら、覗き的な冤罪をかけられる可能性もあったから。
「何か誤解するとでも思った? ……フフッ、大丈夫よ。滝深君は変なことなんてしないって。皆、信頼してるから」
誰もが見惚れるような微笑みをしながら。
久代さんはバスタオルで、湿った髪を優しく拭っていく。
……いや、本当、そういう所ですよ久代さん?
「そっか。それは嬉しいな、ありがとう」
あなたみたいな美人さんに無防備な笑顔で、そんな嬉しいこと言われたら。
大抵の男はドキッとして勘違いしますって。
しかもシャワー後で色っぽさの超絶バフ付きと来た。
もし俺が訓練の積まれてない“ジョブ【ボッチLv.1】”なら、今ので確実に落ちていただろう。
そして勘違いの果てに“久代さんも俺のこと好きなんじゃね?”みたいなとてもとてもイタいことを考えていたに違いない。
「うわっ、絶対にそう思ってないような心の籠ってない“ありがとう”だった、今の! もう……フフッ。――あっ、ちょっと待っててね? 私も椅子取ってくるから」
友人同士での軽いやり取りを楽しむように、コロコロと表情を変えた後。
久代さんは返事も待たずに一度その場を離れる。
そしてあまり時間をかけず、言葉通り椅子をもってこちらに戻って来た。
「もう後は寝るだけだし。……その、さ。ちょっと付き合ってよ」
再び勘違いしそうなフレーズを。
やはり誤解しそうになる少し溜めたタイミングで、口にしながら。
久代さんは、一緒に持ってきたらしい缶チューハイをこちらに見せて来た。
「あ~お酒か。でも俺お酒飲まないし、そもそも俺の分ないからなぁ~。……水でいいなら喜んでお供するよ」
そうしてこちらも返事を待たず腰を浮かし、ウォーターサーバーへと向かう。
マンガ喫茶備え付けの物ではなく、これも100均から回収してきたものだ。
今の内に使い方も知っておこうと夕食時に組み立てておいたのが、早速役に立っている。
「よいしょっと――」
紙コップを、それも元々店内にあった物を取り出し、注ぎ口の下へと構える。
取っ手を上方向へ押し込むと、水が勢いよく落ちてきた。
ジュースやソフトクリーム用にも使えるだけあり。
比較的大き目の紙コップは、しばらく待ってようやく8割程まで溜まった。
再び取っ手を下げて水を止め、久代さんの待つ元へ。
「お待たせ……って、もう飲んでるんだ」
戻ると、既に久代さんの缶は開けられていた。
両手で可愛らしくマグカップでも支えるようにして、チビチビと缶チューハイを飲んでいる。
「あっ、滝深君だ、お帰り~! 今ちょうどアトリさんと入れ違っちゃったね~あはは」
――そして既に若干酔っていた!
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「え~っと……久代さんってお酒、弱いタイプ?」
持ってきた水を早速口に含みながらの確認。
アルコール度数は……3%。
全然強くない、よね?
なのに久代さんのこの様子……。
ほろ〇いじゃなく、ガチ酔いしてそう。
「う~ん。多分そう、かな~? だから飲み会とかも殆ど行かなーい! 男の人の前では特にお酒飲まないようにしてた~。だって何されるか分かんないもの」
普段よりもかなり陽気な感じで。
しかし話の内容は、若干のカミングアウト性を帯びたものだった。
「……あの、その、俺も一応、男の人、なんだけど」
ポワポワとした久代さんには、実は俺はTSした女の子にでも見えてるのだろうか。
「え? ――あはは、そんなの分かってるわよ、滝深君ったらおもしろぉ~い!」
やった。
ボケたつもり全くなかったけど、リーユに続いてまたもやウケたぜ!
……ってそうじゃなくて。
間を繋ぐ意味もあるが、反応を窺うようにこちらも対抗し、水をチビチビと口にする。
だが久代さんは今の話題はこれで終わったというように、急にテンションが真面目モードに。
「――私ね。今日一日中、ずっと。滝深君に、ちゃんとありがとうって言うタイミング探してたの」
「……そう」
未だ酔っている様な雰囲気はありつつも、さっきみたいな慣れないハイテンションではなく。
ちゃんと自分の言葉でしゃべっている感じがした。
急かさず、茶化さず、次の言葉が出てくるのを待つ。
「――いきなり、何もわからないまま【異世界ゲーム】の世界になって。今までの当たり前が全部崩れ去って。……でも私は戸惑って、何もすることが出来なかった」
それは久代さんに限らず、多くの生存者が感じたことだろう。
突如として世界が変貌したことに対して、誰もが困惑して当然だ。
だが久代さんが、その点に強く悲観したような様子は見受けられず。
励まして欲しい感じでもなさそうだったので、静かに耳を傾けて続きを促すことにする。
「来宮さんと再会できて、励ましてもらって、希望を貰って。初めて誰かを守りたいと思った。年上としての責任感もあったんだと思う」
あ~そっか。
今まで深く尋ねることはなかったけど。
“再会できて”って言い方はつまり。
来宮さんって、久代さんとも一応前から知り合いだったのか。
最初に俺達があった時も、そりゃ親し気に見えたわけだ。
水間さんとも顔見知りだったわけだし。
……来宮さん、顔が広いんだな。
「……でも、私には、守り抜くだけの力はなかった。この【異世界ゲーム】の世界では“力”が一番必要な要素だったのに。――だからこそ、かな。それを、自信をくれた滝深君には本当に感謝してる」
床に置いていた100均のランプが、こちらへ向けられた久代さんの顔を薄っすらと照らし出す。
それは、何の他意も含んでいなくて。
純度100%の。
真っすぐなお礼の気持ちなんだと、ちゃんと伝わって来た。
「…………」
これが、そこそこの関係性なら。
“いえいえ、どういたしまして”と受け取って終わりで良いんだろう。
それでも100点の回答だろうと、いくら人付き合いの無い俺でもわかる。
――でも今日一日で、もうそんな関係性ではないと、俺は思っていたから。
「――いや、俺に感謝する必要は本当にないよ」
久代さんが本音で語ってくれたのだから。
否定するような形になっても。
こちらも本心で応えるのが、それに対する誠意だと思ったのだ。
「えっ?」
「……だって、頑張ったのは久代さん本人だから」
今日、ドラッグストアで合流した後。
そこを拠点にして籠っているという選択肢だってあったはずだ。
外は怖い、安全な場所で隠れていたい――そんな気持ちが、絶対どこかにはあったと思う。
だがそうではなく、俺達と行動を共にして。
【ワールドクエスト】を攻略するため体を、命を張ってモンスター達と戦った。
「強くなったのも、モンスターと戦えると自信を持てるまでに至れたのも。それは紛れもなく全部、久代さんの選択があったから。久代さんが自分で努力して勝ち取ったからだと思う」
「…………」
思い切って本音を口にはしているが、流石にどう反応されるか全く想像できず。
自然な風を装って前を向き、水で少し口を湿らせる。
想いが指先の力にも出てしまっているのか。
親指を当てていた箇所から口を付けた場所までが、微妙に凹んでいた。
ここまで話してしまったのだから最後までと、後は勢いに任せて言い切ってしまう。
「俺も、ソルア達も、その手伝いをしただけ。――だから、俺に感謝するならその分。ここまで頑張った自分を褒めて労わってあげたら良いんじゃないかな?」
そこまで言ってから、チラッと横目で見る。
久代さんもまた前を向き、俯くようにチビチビとお酒を口に入れていた。
なので詳しくは分からないが、少なくとも怒ったり、不快になったりといった様子はなさそうである。
「……そっか。ん、分かった――」
何か、自分の中の気持ちに一区切りついたというように。
久代さんはそういうと、手に持っていた缶を一気に傾けた。
そしてこちらが心配になるくらいのペースで、最後の一滴まで飲み切ってしまう。
「――ねぇ、ゴメン。ちょっと酔っちゃったみたい。お水、貰ってもいいかな?」
えっ、いや“ちょっと”で済むの?
今まででも普通に酔ってたのに、あのスピードで飲み干したらヤバいんじゃ……。
そう心配になりつつ、しかし言葉にはせず。
立ち上がり、再びウォーターサーバーへと向かおうとした。
「わかった。ちょっと待ってて。直ぐ入れて――」
「――ううん、大丈夫。こっち貰うから」
……へっ?
「ごくごくっ……ごくっ。――えへへ、間接キス、しちゃったね?」
照れたような。
あるいは悪戯が成功したというような、はにかんだ表情で。
久代さんは飲み干した紙コップと手元を、こちらに見せてくる。
細く整った両手の親指。
それらを重ねるようにして、先ほど出来た紙コップの凹みへと当てていた。
そうすると、久代さんが口を付けた箇所はつまり――
「――君は“感謝しなくていい”って言ってくれるけど。私は絶対に感謝し続けるから。今日までのこと、そして今言ってくれたことも、全部」
呆けたように立ったままの俺を置き去りにするかのように。
久代さんは立ち上がり、今までで一番の笑顔を浮かべて振り向いた。
「――ありがとう“幸翔”君。じゃ、これからもよろしくね?」
そうして何事もなかったかのように、久代さんは自分の部屋へと戻っていったのだった。
…………。
――えっ、何でいきなり名前呼び!?
リーユ「は、はうぅ~!?」
水間「……これは、とんでもないものを見てしまいましたね――リーユちゃん。あたし達はこれから2時間、いないものとして過ごしましょう」
リーユ「えっ、2時間です!?」
水間「そして仮に透子さんの“あっは~ん”で“うっふ~ん”なえちえち声が響いてきても、激しい物音が聞こえてきても。あたし達は何も知らぬ存ぜぬで貫き通して――」
滝深「……何やってんの君ら? 終わったんなら隠れてないで出てきたら?」
リーユ・水間「…………」
……何かこの時間までやってると、「自分は一体何を書いてるんだっけ……(真顔)」みたいになる時があります。
もうこれで3日目終わりでもいいんですけどね……。
一応後1話、寝る前のお部屋訪問的なのを予定してました。
とりあえずそれを頑張って書いて、特別話終えて、ようやく4日目ですね。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想やいいねを日々頂けて、何とか執筆のためのやる気を維持できています。
ブックマークやご評価もまた、沢山いただけて本当にありがたく、モチベーションに直結しております。
今後とも当作品をよろしくお願いいたします。