110.お湯のありがたみ、温かな食事、そしてボッチのグルメ
お待たせしました。
110話目ですね。
ではどうぞ。
「今調理というか、お湯の準備を始めたところですので」
ソルアはそう言って、紐で自分の長い髪をポニーテールに束ねる。
本格的な料理をするわけではないはずだ。
だが、そうした細かい部分に、皆が食す物への気遣いのようなものが伝わってくる。
そして普段と違う髪型のソルアに、とても新鮮な感じを受けた。
「――それにしても、本当にどこででも火が扱えるんですね……凄いです」
感心したようにソルアが呟く。
そしてとても興味深そうなその視線の先には、久代さん達が回収してきてくれたカセットコンロがあった。
後ろのリーユも言葉にはしないが、首を何度も縦に振り、同じ思いだと表現している。
「ははっ。そっか、こういうのは珍しいか。……俺達的には魔法やスキルで火が使える方が不思議だけどな」
実際に【火魔法】を覚えてみて、よりそう強く感じる。
久代さんも同意するように笑顔で頷いてくれた。
「フフッ、そうね。まあこっちは点火するのにカセットボンベがいるけど。……でも、薪もいらないし場所も問わない……と思う。手軽に調理用の火が欲しい場合にはやっぱり便利かも」
「ですね。電気がダメになっちゃって……火の重要性もその分増しますから」
文明の利器が悉く使えなくなってきた中。
地球人たる久代さん、そして来宮さんも、改めて火のありがたみを実感しているかのようだった。
「――それで、滝深君はどうする? カップ麺とかカップ飯用のお湯なんだけど」
そう言って久代さんは、視線を斜め下へと向ける。
蓋が半分ほど開いた有名なカップ麺や。
“ラーメン食べた後のスープに、ご飯をぶっこむ背徳感”的なキャッチフレーズが書かれたカップ飯が。
それぞれ同数ずつ、綺麗に並んで置かれていた。
「一度に全員分のお湯は流石に足りないでしょう? 俺は最後で良いし。何なら缶詰とか食べとくから」
「そう? 一応4人分ずつ、2回沸かすつもりだったの。年下から。つまり水間さんやリーユさんの分から順に、って感じで」
なるほど。
「そっか。それで良いと思うよ。……じゃあ俺も、お湯が残ったらで大丈夫だから」
カップ麺やカップ飯に使う程には残らなかったら、お茶や紅茶でも入れよう。
昨日、中を散策したとき、インスタントのティーバッグがあるのは確認してあったから。
「さてっと――缶詰はこっちでいいんだよね?」
一応無い場合に備え、言葉通り缶詰を準備しておく。
「あ、はい。ソルアちゃんとリーユちゃんと一緒に、積んで置いておきました!」
来宮さんとも一緒に回収した缶詰が、即席麺の横に上手いこと積み重ねられていた。
100均で缶切りも入手してくれたようで、缶詰エリアの横にちゃんと置かれている。
「おお~……」
タレの焼き鳥、サバの水煮、そして糖分としてゆであずきを手に取った。
分かりやすいデザート、フルーツ系の缶は女性陣用に残しておくことにする。
「――こう、ですか?」
「……うん、そうそう、ゆっくりで大丈夫だから。その線の部分まで入れたらOKよ」
沸騰した湯を注ぐ役は、ソルアに経験してもらおうということらしい。
持ち手の木製部分を掴んで、ソルアは恐る恐る鍋を傾けていく。
容器にお湯が満たされていくにつれ、白い湯気がフワッと立ち込め空気と混じりあう。
「……そっか。お湯、使えるんだなぁ」
進められる準備を横目で見て、何気なく口から出た言葉。
「? ……お湯、使えたら凄い、です?」
どういう意味かと測りかねたように、言葉を拾ったリーユが首を傾げる。
「はは。いや、何でもない」
その様子に軽く笑って、気にしないよう伝えた。
リーユがまだいなかった、昨日の夕食。
お湯が無かったため水を入れ。
その分だけ長い時間を置いておくことにより、食せるくらいの硬さに麺を戻した。
ソルアもアトリも絶賛してくれたが、それでも。
こうしてお湯が使えて、本来の食べ方で美味しく口にしてもらえるのが、とても嬉しかった。
今日一日の苦労が、疲れが、努力が。
全てそこに良い形で反映されているように思えてきて、何もかも報われた気がした。
「……明日も頑張ろう」
自分自身へと誓いを立てるかのように、自然にそう思えたのだった。
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「おぉ~! 良い匂いっ! インスタント食品って、こんな美味しそうな匂いしてたんですね。 ……あっ、なんか懐かしくて涙が――」
「わわっ!? カナデちゃん、そんな、泣かないで、です!」
使える部屋の確認をしていた水間さん、アトリも戻って来て。
早いながら、夕食の時間を迎えた。
「フフッ。――さっ、ソルアさんも来宮さんも。こっちは待たずに食べちゃっていいから」
久代さんは第2陣のお湯を注ぎながら、年下組に食べるよう笑顔で勧める。
アトリも順番には納得しており、むしろ待つ時間も楽しみの一つというようにワクワクした様子だ。
「そうですか? ……ありがとうございます。では、いただきます」
「分かりました。では遠慮なく、先に食べ始めますね」
ソルアはスプーンを器用に使って、カップ飯をグルグル混ぜ始める。
来宮さんも。
ソルアがちゃんと食事をできていると確認してから、割り箸を手に取った。
「――っ!? ご、ご主人様、ハルカ様! これ、凄く美味しいです!」
一口パクリと食しただけで。
ソルアはこの感動を共有したいというように、俺や来宮さんへとカップ飯を見せてくれる。
こんなにも興奮が突き抜けたというようなソルアの反応は、とても珍しい。
それだけ地球の食事を美味しいと感じれくれたのだと、嬉しくなった。
「ふふふっ。それは良かった。じゃあソルアちゃん、こっちの麺も食べてみる? 美味しいよ? ――ふ~っふ~っ……はい、あ~ん」
「えっ? あっ……ではハルカ様、失礼、します――あ~ん……」
おぉ!
――あ~ありがとうございます~! 今、“美少女同士のあ~んシーン”を貰いました~!
純粋に美味しいものを食べて欲しいという来宮さんの真心が、ソルアの恥じらうような照れ表情を誘発!!
こんなんなんぼあってもいいですからね~。
「んぐ……もぐっ……んぐ――わぁ、こちらも! 食べたことない味で、とっても美味しいっ! では、お返しに――」
「あっ、わっ、えっと!? ……う、うぅ~――あ、あ~ん」
ソルアの“お返しあ~ん”が決まったぁ!
美少女同士の絡みは、目の保養になっていいですなぁ~。
いいぞ来宮さん、ソルア、もっとやれ!!
「…………」
そしてリーユが、そんな二人の様子を物欲しそうにジーっと見ていた。
「……ふふっ、リーユちゃんも麺、食べたいの?」
そんなリーユに素早く気づいてくれたらしく、水間さんが笑顔で問いかける。
……水間さんは、本当、気の利く良い子だよなぁ。
「えっ!? あ、いや、その……です」
「いいよ。あたしと交換っこしよう。――あたしの麺半分あげるから。リーユちゃんの人生半分ちょうだい?」
「有名な等価交換に見せかけた悪徳商法!!」
思わずツッコんだが、水間さんがジョークで言ったことくらいは簡単に察することが出来た。
冗談が通じなさそうなリーユが、真面目に回答しようとしたところを。
持ち前の調整力で、明るく楽しい雰囲気へと変えていく。
「あ、あ、あの……ごめんなさい、です。私の人生は、もう、主さんの物で――」
「なるほど、要するにえちえちな関係というわけですな! ――ならせめて匂いをちょうだい! “麺半分”と。“リーユちゃん+カップ飯”の匂いを交換。これでどうだ!」
……いや、要約不相当です。
えちえちな関係って――ああいや、リーユさん?
俺にOKかどうかの確認の視線、送ってこなくて大丈夫ですよ?
リーユの匂いをくんかくんか嗅がれるのは一見すると変態チックだが……まあ女の子同士だしね。
そうして和やかで、だが賑やかな夕食の時間は進んでいった。
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「滝深君、本当に大丈夫なの? まだお湯、たっぷり残ってるけど」
「遠慮してるならダメよ? マスター、凄く凄く頑張ったんだから。その分、体のためにも沢山食べないと」
既にそれぞれの待機時間が経過し、久代さんとアトリも温まった麺やご飯に手を付け始めていた。
だが俺が、自分の分はいらないと言ったのを気にしてくれているらしい。
「いや、食べないわけじゃないから。その分、缶詰とかカロリーバー、美味しく頂いてるよ」
嘘ではなく、本当にそちらの方で栄養はちゃんと摂取している。
「なら、良いけれど……」
「マスターは一人で頑張っちゃう所、あるから。本当、必要だったら言ってね?」
二人の気遣いに感謝しつつ、自分も食事を進める。
ドラッグストアやそれこそモールへ行けば追加で回収できるのだから、食料の残高を気にしているわけでもない。
「…………」
――何というか……。
皆が美味しそうに、楽しそうに食事している光景を目に出来ているだけで、胸が一杯になるのだ。
初日、ソルアを引き当てることが出来ていなかったら。
来宮さんとソルアが、これほど仲良さげにしている姿は見られなかったかもしれない。
昨日、ホブゴブリンを倒していなかったら、あるいはアトリがガチャで当たってくれなければ。
久代さんとアトリが親しい友人のように肩を並べて、語らい合う光景などなかったかもしれない。
今日、【ワールドクエスト】を受ける決意で行動し水間さんと出会わなければ。
あるいは、ガチャの絆欠片で200ポイントまで貯めず、100ポイントで妥協しリーユを交換していれば。
水間さんとリーユが、笑顔で食事を共に出来ることなどなかったかもしれない。
――そうした【異世界ゲーム】開始後の、俺の一つ一つの積み重ねの上に、今目の前にある全ては存在しているんだ。
「さて――」
そう思うと、やはり良い意味で。
インスタント食品にガッツける程の食欲は湧いてこない。
目の前の何でもない、しかし掛け替えのない光景を眺めながら。
適当に開けた缶詰のおかずを消費。
そして先に食べ始めた4人よりも一足早く、デザートへ手を付ける。
「あっ、お兄さん、もうデザートですか? ――……へぇ~“缶切り”ってそうやって使うんですね」
「奏ちゃんも初めてなんだ。私も、缶切りは使ったことなかったなぁ~。――わっ、凄い! 滝深さん、器用! 直ぐに開けちゃった!」
今の若い子はプルトップ付きの缶詰がデフォなのか、あるいは缶詰自体を殆ど食べないのかな……。
水間さんや来宮さん達と軽いジェネレーションギャップを感じつつも。
開封した中身へ、スプーンを迷いなく突き刺した。
暗い紫色の柔らかい肌面を、銀の食器は簡単に掘り進んだ。
先の楕円部分、それ一杯に甘味を掬い上げ、迷いなく口元へと持っていく。
――うん……甘くて、美味い。
フワッとした舌ざわりや滑らかさ、口一杯に広がる甘さの暴力。
求めていた物がそのままの味で口にやって来てくれたことに、満足感の天井を易々と超えていく。
「ほ~良いじゃないか。こういうので良いんだよ、こういうので」
「――いや“ゆであずき”を直食い!? “こういうので良いんだよ”じゃないですよお兄さん! 糖尿病で【異世界ゲーム】死亡するつもりですか!?」
水間さんが珍しく、真面目なツッコミ役をしてくれてるところ悪いけど。
全然ボケてる気ないんだよな~こっちは。
「わっ、凄っ、滝深君。……私も、いつかはしてみたいと思ったことあるけど。カロリーと糖分が気になりすぎて、流石に勇気出なかったんだよねぇ」
「へぇ~」
まあそれもそっか。
久代さんくらいのパーフェクト美ボディーなら、それくらいストイックにならないと維持できないものなんだろう。
「……今の“へぇ~”は、何か褒められてるような雰囲気だったから、良しとします」
……良かった。
変な言葉を付け足さず、感嘆の声で押しとどめておいて。
“ボディービルの大会”とか“チートデイ”みたいなのは、やっぱりNGワードで連想するだけでも引っかかるのかも。
そうしてお互い気兼ねなく言葉を交わし合いながらも。
温かく美味しい食事で、今日の疲れを存分に癒すのだった。
やはり多くてもあと2話で何とか3日目は終われそうですね。
特別話の内容は……未だに決まってないです。
まあ特別話ということで、あまり難しくは考えてません。
千種君を始めとした他の生存者の動向を書くような、若干シリアス回にするか。
あるいは久代さん中心に、ゲーム開始前を普通に書いていくか。
それか、やはり3日目夜、滝深君が寝静まってからのガールズトーク的なワチャワチャした感じを書くか。
まあ選択肢的にはそれくらい考えてれば何とかなりそうですかね。
いつも感想やいいねをして下さりありがとうございます。
活動報告へのメッセージも有難く拝見しております。
まだ何とも言えませんが、少なくともこの作品を再開する前よりは、創作意欲は確実にあります。
ですので他の作品をお待ちくださる方も、長い目で、また前向きに捉えていただければ幸いです。
またブックマークやご評価も、この作品を継続して執筆していく上でとても大きな励みとなっております。
今後とも当作品をよろしくお願いいたします。