109.アトリさん当たり屋、そしてあったかもしれない日常の一時
お待たせしました。
109話目ですね。
ではどうぞ。
「あっ、お帰りなさいマスター!」
7階へと戻ると、既にアトリ達も帰還していた。
旗の周囲。
そこから少し距離を置くようにして、集められた物資が並んで置かれている。
「っす。……そっちの方が早かったんだな。色々と大丈夫だったか?」
こちらも、1階から持ってきた買い物カゴを近くへ降ろす。
「お~! 食べ物がカゴ一杯に!」
水間さんが嬉しそうに感嘆の声を上げたのを見て、改めて食料の大事さを再認識する。
「ええ。何事もなく。トウコとカナデが博識だったの。私も凄く勉強になったわ」
「フフッ、それは良かった」
アトリと久代さんはやはり気が合うようで。
探索中も、友人同士で遊ぶかのように楽しい時間を過ごせたみたいだ。
「――じゃあ早速、転移を始めようか」
そう切り出すと、空気が一変。
和やかに盛り上がっていた雰囲気が、突如として謎の緊張感を帯びた。
互いに無言ながら、何かを伝え合うかのように視線を飛ばし合っている。
……いや“転移”、楽しみにしてたんでしょ?
むしろもっとテンション上がって欲しいんだけど。
「えーっと……――アトリ。最初、行く?」
旗に一番近く。
そして、転移先の向こうで一人になっても対処可能。
……という趣旨から、軽く振ってみただけなんだが。
「うぁぇ!? ――あっ、は、はぃ……!」
「……何でそんな人生の岐路で一大決心したみたいになってんの」
動きもカチコチで、錆びついたロボットのようなぎこちなさだ。
「……その、悪い。転移のためだから。さっき見た水間さんみたく近づいてくれるか?」
「は、ひゃい!! あっ――……う、うん。こ、こうかしら?」
光沢のある黒いグローブに包まれた手が、ゆっくりとこちらの背中に回される。
<転移旗にて“第1旗:〇〇レンタルビデオ店内”へと転移します。(※転移人数:2/2) よろしいですか? はい/いいえ>
「よしっ、これで――って、アトリさん!?」
転移機能に、アトリも数として含まれたのを確認。
――しかしそれを伝える前に、アトリが更に腕を伸ばして密着を強めてきた。
背中。
左右の肩甲骨、その中間あたりに当てられた両手から、グッと強く前へ押されてしまう。
胸元に当たるフニュっとした二つの感触が更に潰れ、女性特有の柔らかさをこれでもかと主張してきた。
こ、これが【マナスポット】で成長なさったと噂の!?――
「あっ、うわっ、マスターのか、顔が、目の前に……!? こ、こんなの、エッチすぎるわよ……」
「いやアトリさん!? 自分から密着度高めておいて“エッチすぎる”は当たり屋過ぎませんかねぇ!?」
往来の場で触れてもないのに“痛えぇぇぇぇ!? うっわっ、これ絶対折れた、骨折だ! 複雑骨折! 慰謝料○○千万は必要だわ”って言ってくる輩並みに性質悪いよ!!
牛乳飲め、魚食え、カルシウムもっと摂っとけ、この現代っ子!!
――ああいや、アトリのことじゃなくて!
牛乳飲んでこれ以上そのお胸を大きくしちゃったら、色々とあれがそれでああなってそうなる結果R18な感じでヤバいから!!
「絶対、この後マスターと――」
これ以上はこちらの身も持たないと判断し、即座に転移へ移行。
「――って、あれ? ここは……」
何やら気になる言葉が聞こえたものの、直後に開始した転移によって遮られてしまった。
「……アトリ。終わった、けど」
「わっ、ひゃぁ! ――う、うん! あっ、ありがとうマスター!」
転移は無事、完了。
アトリもそれに気づき、ハッとしたように慌てて体を離した。
しかし、そのために“この後俺が何をするのか”は聞く機会を逃してしまった。
……“俺”が何だったんだろう?
気恥ずかしさからくる若干の気まずさを覚えながらも。
切り替え、モールへと戻って転移輸送を再開するのだった。
□◆□◆ ◇■◇■ ■◇■◇ ◆□◆□
「――っしょっと」
全員をレンタルビデオ店へと運び終え。
さらに最後の1往復を完遂する。
≪ありがとうご主人、凄く不思議な体験で面白かった!≫
いやいや、どうってことないさ。
……本当、これまでの美少女たちとの連続密着に比べれば、全然ね。
だいしゅきホールドの姿勢でくっついていたファムを、そっと指から降ろす。
「ソルア達はもう先に行ってくれてるみたいだな」
1つ前にここへ転移させたソルア。
そしてフォンや女王蜘蛛の姿は、既にここにはない。
伝えた通り荷物も運んでくれているようで、後は俺達がマンガ喫茶へ向かうだけとなっている。
「おうふ……やっぱ“フォン”も確実にデカくなったんだな。棚、ぶつかったのか?」
一番最初に転移した際には倒れてなかったはずの陳列棚が。
何かにぶつかったかのようにして、床へドミノ倒しのようになっていた。
横幅的にもギリギリだったフォンが、通る際に当たってしまったんだろう。
≪頼もしいけれど。これ以上大きくなると、今後ここに転移させるのは難しくなりそうだね≫
「だなぁ~。ファムみたいに人数としてカウントされてもいいから、もうちょっと何か工夫が欲しいよな」
ソルアや来宮さん達のように、ファムも転移の定員人数として含まれた一方で。
フォンや女王蜘蛛はモンスターだからか、カウントされず。
つまり誰かと一緒に転移する際、共に運搬してあげることができた。
……だがそこで喜んだのも束の間、“物理的な大きさ”という問題に直面。
「“旗の中心から広がる円陣に入る”+“俺に直に触れる”……」
細かい部分は違ってるかもしれないが、多分これらが条件のはず。
今の大きさならまだ行けるが、これ以上フォン達の体が大きくなると“円陣”からはみ出すこともあり得る。
≪ご主人がナビゲートしてくれるなら、ボクがフォン達に付き添うから。転移じゃなくても空からご主人たちのいる場所に向かえるよ?≫
「そっか? うーん……転移は諦めて、フォン達には空から飛んできてもらうか? あるいは逆にフォンたちを縮める方法がないか模索するか……」
フォンに乗せてもらえば、女王蜘蛛も同時に移動できるだろう。
でもそれだと合流するまで彼らの力を借りられないことになり、転移の旨味が半減することになる。
今日はもう良いとして、明日以降の課題だな……。
「――あっ、主さん! 来た、です!」
「滝深さん! こっち、こっちです!」
ファムの誘導により苦も無く、マンガ喫茶に到着できた。
道中モンスターと遭遇することもなかったので、改めてファムがとても頼りになることを実感する。
そして実に半日以上ぶりとなる帰還を果たし、ようやく気が抜けると心の底からホッとした。
「っす、リーユ、来宮さん。お疲れ様」
外、壊れた入口ドアの前。
二人は俺を出迎えるようにして待ってくれていた。
「……は、はい」
「滝深さんも、その、お疲れ様、です」
ただ顔を合わせると、やはり。
転移の際、一時的にせよ至近距離で触れ合ったことを思い出すらしい。
それぞれ照れ笑いのような表情を浮かべた後、それを誤魔化すようにして先導し始める。
「……おお、フォンか」
「GLISYA!」
入口をくぐって直ぐ。
この先への門番をするかのようにして、フォンが床に鎮座していた。
確かに、ここをフォンが見張ってくれるのなら安心感もグッと増す。
「おぉ~明るい……」
フォンの大き目な体を横切ると、直ぐ明るい光がもてなしてくれる。
ソルアの【光核】の他、100均で入手したのだろう電池式ランタンが二つ稼働していた。
暖色・白色の切り替えができるタイプだが、どちらも電池が長持ちする暖色に設定されている。
「あっ、ご主人様! お帰りなさいませ」
「滝深君、お帰りなさい」
入口でもそうだったが。
建物の中に入り家に帰って来たような感覚のまっ最中、かけてもらえる“お帰りなさい”の言葉はとても心に沁みた。
特にソルアや、久代さんのような。
【異世界ゲーム】前では絶対に縁のないような美人からだと、なおさら格別に感じた。
「うん。ただいま。……それは? お湯を沸かしてるの?」
そんな内心を悟られないよう軽く返し、素早く話題を切り替えた。
「はい。お夕飯の準備を、と」
「そうなの。……ちょっと早いかもしれないけれど、皆お腹空いてるだろうし、ね?」
仕事を終えクタクタになって帰宅した後、美人な妻に笑顔で出迎えられ。
そうして温かな食事を準備してもらえる。
……そんな【異世界ゲーム】前どこかにあったかもしれない、日常のささやかな幸福を幻視したのだった。
一人一人、転移の際の反応を書くこともできたんですが、それだけで1話丸々使いそうだったんで、代表してアトリさんとのハグを詳細に書いております。
他のメンバーも、また転移の機会はあるでしょうから、その際にでも少しずつ書いていこうと思います。
多分、特別話を挟んでも残り3話、多くて4話くらいで3日目終了になる予定ですね。
あくまで予定ですので、変動の可能性があることは念頭に置いておいていただけると幸いです。
で、4日目に入れる……はずだと思います。
ワールドクエストも何とか書ききり、そして3日目自体の終了もようやく視野に入って来てホッとしております。
そして後はシリアスな戦闘シーンも流石に無いので、ワールドクエストに比べれば肩の力を抜いて進められそうです。
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