99.俺は何も見てない! そして省エネと見せかけて……
お待たせしました。
99話目ですね。
ではどうぞ。
「……いた。あそこ、“血蜘蛛”だ」
西側、停止したままのエスカレーターを階段のように上がった先。
真下の1階では入口付近に当たる場所にて、その姿を確認した。
「店に入っていきましたね。……うげっ、疲れを知らない子供かってくらい元気一杯ですよ。次から次にハンガーラックがなぎ倒されてますね」
2階西側でかなり大き目な店舗スペースを占める、全国規模のファストファッション店。
お手軽ながら安っぽさを感じさせず、流行も押さえた衣類を多数取り揃えているらしい。
……まあボッチには全く縁のないお店だけどね。
その店内が、まるで現在進行形で台風にでも遭っているかのように、メチャクチャにされていた。
「あ、あぅ~。カナデちゃんの言う通り蜘蛛、凄く元気に動き回ってるですぅ~」
「……倒しても、また3階ではリセットされてるんでしょう? もしも“弱点”を調べてなかったらと思うと、心底ゾッとするわね」
2階からこちらに加わってくれたアトリも、げんなりするような表情。
それもそのはずで。
ボスは今見える限りでは、まるで1階での戦闘などなかったかのようにピンピンしている。
これにもし“第2形態”となったボスとの戦闘まで加わっていたら、多分どこかで心が折れてかもしれない。
≪――ご主人、こちらファム。ソルアお姉さん達が“赤い蜘蛛”と接敵、戦闘入ります。どうぞ~!≫
ボスの警戒を続けていると、ファムから連絡が入る。
視界や聴覚を繋げると、あちらでは丁度ソルア達が戦闘を開始したところだった。
『私とハルカ様が、牽制します。ファムとフォンも協力を! ――トウコ様はその間にっ!』
『うんっ! ――お願いします、透子さんっ!』
どうやら赤い蜘蛛だけでなく、別のノーマル個体もいたらしい。
だが上手く役割分担し、スピーディーに討伐が進められていた。
「――今、ソルア達が“赤い蜘蛛”と接触。戦闘を始めたそうだ」
向こうとの情報を共有するため、アトリ達にも同時通訳的に報告する。
「っ! ……了解です」
「うぃっす、分かりました」
1階でも同様に進めていたため、リーユ、水間さんは慣れたように返してくれる。
「……あっちは、大丈夫そう?」
一方アトリは、自分が抜けたことによる影響を心配している様子。
ソルア達を信頼しつつも、一応確かめたくなったという感じか。
「ああ、特に問題はなさそうだぞ? 今も久代さんが……あっ――」
力強い蹴りを入れるところ、と言おうとした正に丁度のタイミングで。
≪トウコお姉さん達の邪魔はさせないぞ~! とりゃ~こっちこっち―!≫
ファムが、敵の注意を引くようにして宙を舞っていた。
……別に、それでファムが久代さん達を邪魔してしまったとか、そういうわけではない。
むしろその囮のおかげで、久代さんはとても綺麗な一撃を決めることに成功。
ソルアも問題なく。
同じ引き付け役として、身体能力・ポテンシャルの高さを見せつけるように、飛んできた糸をバク転で避けている。
「えっ、マスター? 大丈夫、何かあったの!? 何が見えたの!?」
俺が急に言葉を切ってしまい不安になったのか、アトリは焦ったような表情で呼びかけてくる。
いや、何かあったっていうか、久代さんとソルアの布がちゃんとあったというか……。
何が見えたっていうか、久代さんとソルアの布が見えたっていうか……。
――うん! 俺は何も見てないし知~らない!
「……いや、何でもない。あまりにも3人がスムーズに“赤い蜘蛛”を倒してしまうから呆気にとられて――ほらっ、もう来るぞ」
もちろん、話を逸らしたかったという気持ちもあったが。
“赤い蜘蛛”が倒されたという点も嘘ではなく。
その証拠は、アトリがその目で認識できるところまで、既にやって来ていた。
「へっ? ――あっ! “赤い光”!」
【異世界ゲーム】では通常、倒されたモンスターは死体として残らず、光の粒子となって消え去る。
だが“赤い蜘蛛”だけは違う。
まるで火の玉のような見た目となってボスへと向かい、黒目を赤目に変色させてくれるのだ。
「やった! さすがソルアさん達、です!」
「だね、リーユちゃん。さて、じゃあ早速あたし達も“一狩り”ならぬ“蜘蛛狩り”行こうぜ! ――あっ、やっぱり先に耳を塞ごうか」
有名なゲームのフレーズをもじりつつ突き上げようとした拳。
水間さんはハッとして、それを大人しく両耳へ持って行った。
……ボスの絶叫、ヤバいもんね。
□◆□◆ ◇■◇■ ■◇■◇ ◆□◆□
血蜘蛛の耳が痛くなるような叫び声をやり過ごした後。
ただソルア達との合流を待つのではなく、こっちから急襲をかけることにした。
「――【ファイア】っ!!」
ジョブ【魔術師】によって得た【火魔法】。
それで出来る遠距離魔法を、ボスに向けて放つ。
「ZI,ZIOOOOO……」
血蜘蛛は未だ、痛みに呻くようにしてその場から動かない。
左列、その真ん中の目は、もう血のような赤色へと変わっていた。
残っている黒目は左の一番下、そして中央の1つのみとなっている。
「ZIAAAAAAAA!?」
ただのデカい的。
魔法覚えたての初心者でも当てることは簡単だ。
脚の多くに火が燃え移っている間に、2の矢を放つ。
<【水魔法Lv.1スクロール】を具現化させますか? はい/いいえ ※具現化後:残り 0回 >
パーティランクがF+になって使えるようになった、共用のスクロール。
Fランクで使えるようになる【火魔法】は1階で使用したらしいので、こちらを用いることにする。
“はい”を選び、即座に具現化。
「――【アクアボール】っ!!」
紐が解け、古い紙が勝手に開いていく。
そして閉じ込められていた水が、そこから勢いよく飛び出していった。
「ZIAA――」
水の塊は、ボスの眼球付近にぶつかって弾け飛ぶ。
大量の水は燃えていた足元を鎮火するにとどまらず、周囲に散っていた多くの衣類を水浸しにした。
「命中っ! マスター、かなり効いてる!」
アトリからもたらされる着弾報告にも、気を緩めない。
「水間さん!」
「はい、お兄さん! ――【MPヒール(小)】、行きますっ!」
今度は水間さんと、呼吸を合わせる。
【商人】である水間さんが、そのスキルを扱えるわけではない。
これもまた【パーティー】機能、その恩恵だ。
水間さんの具現化させたスクロールが、同じように開かれる。
直後、柔らかな光が自分の体を包みこんでくれるのを実感した。
そして1階での戦闘や【火魔法】で消耗したMPが、幾らか回復してくれる。
それだけで体の疲労感がグッと軽くなってくれた気がした。
「助かったっ! もう一発!! ――≪火よ、勢い増して、我が障害を燃やし尽くせ――≫」
今いる2階を除いても、後5階層分の戦闘が残っていることになる。
なので少しでも余力を残せるよう、使えるアイテムはガンガン消費していくことにした。
リーユを迎えるために回したガチャで、ポーション系のアイテムも結構引いている。
この階層は遠慮なく、魔法攻めで一気に押す!
「――ZIAAAAAAAAAAAA!!」
……まあ、そうか。
血蜘蛛もタダで終わってくれるわけはない。
硬直・痙攣がなくなると、途端に、敵である俺達へと襲い掛かってくる。
……間に合うか?
「【ファイア】っ!! ――リーユっ、アトリ!!」
詠唱を完成させ、再び【火魔法】を発動。
術後の僅かな硬直を感じながらも、二人に追撃・追い打ちを任せる。
「はいっ! えいっ、やあっ、ていっ!! ――アトリさんっ!」
「任せてっ!! ――はぁぁっ!!」
リーユがとにかく、投げに投げた炭酸水のペットボトルを。
アトリが1階の時と同様、目にも止まらぬ速さで切っていく。
……“魔法をガンガン使っていく”とは言ったが、“炭酸水は使わない”なんてことは一言も口にしてないよね?
「ZIAAAAAAAA!?――」
リーユのそれは力不足だったり、あるいは全く方向違いの所へと飛んでいったりする物も。
だがアトリがその容器を次々と切り、中身の液体を放出させられれば、それで充分だった。
怒りで我を失ったように俺達へ向けて突進してきたボス。
それに対し、複数個所で噴き出した炭酸水の行く手は、確実にその進路上へと納まっていた。
ある容器は真正面、またある炭酸水は右脚側、更に別の物は左上方と。
まるで事前に仕掛けられた罠に、おびき寄せられたボスが自ら突っ込んでいったかのように。
ボスは全身に、満遍なく、弱点の炭酸水を浴びせられた。
「ZIAAAAAAAAAAAAAAAA――」
「おっ、“共食い”を始めたな。よしっ――」
その後“1階”の時と同じように今度は“左列真ん中”の目から大量出血させ。
“第2形態”への変身を抑制されたのだった。
2階での攻防はこれで終わりですね。
何とか1話で纏まった……。
1階1階上がるごとに戦闘の仕方・経験も蓄積されるでしょうから、それに合わせて話もサクサク進む予定です。
事前の想像では後3話で7階なんですが……何とかなりそうな気もするし、もうちょっと余裕を持ちたい気も……微妙ですねぇ。
部数としては今回で100部ですが、一番最初プロローグをカウントしちゃってますので、話数としては次回で100話目になりますね。
再開してから何とかここまで来ましたねぇ……うん、感慨深い。
ここまで続けることができたのは偏にこの作品を読んで応援してくださった皆さんのおかげです。
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個別に返せてはいませんが、活動報告へのメッセージも拝見しております。
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