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あたしちゃう!――ナナちゃん奇譚③

作者: あたしちゃう!――ナナちゃん奇譚③ 怖くて悲しいお話したちより

何が怖いって、幽霊とかより、人の情念ほど怖いものはないですね。

 あたし、ちゃう!――ナナちゃん奇譚③




 前話にて書きました、客先で割腹事件を起こしたナナちゃん。本人の意志ではなく、霊障によるものなのに、結果的に店をクビになってしまった。いくら自分のせいじゃないと言っても、そんなこと誰も信用しない。まあそうだろう。


 ビール好きなナナちゃん、「あたしのせいやないのに!」と、ジョッキ片手にいつものあっけらかんとした口調でのたまう。ご立腹はごもっとも。それでもっとネタはないのかと尋ねれば、「他人事やと思って、アマさん人悪いな」と言いつつ、中ジョッキ一杯で、「これは怖いで」と教えてくれたお話。確かに怖かった。でもちょっと意味が違う。




 前の店が首になったにもかかわらず、二人の幼い娘と重い住宅ローンのためにナナちゃんは風俗から足を洗うことはできない。しかし出張で知らない場所へ行くのはもうこりごりと、選んだところは、店舗型のマッサージ店、いわゆるファッションヘルスだった。




 ある夏の日のこと。その日も暑かった。


 午後11時を過ぎて、ようやく閉店間近となった。比較的ヒマだったようで、このまま上がりになるかと思っていた矢先にナナちゃんのブースにコールがあった。


「ラスト、もう1本お願いします!」 


 もう1本って何?! 私は聞いた時、思わず眉をしかめた。業界用語だろうが、それを1本と言う言い方もエゲツナイ。


 ナナちゃんはちょっと嫌だなと思ったらしいが、その日は稼ぎが今一つだったので不承不承受けたらしい。


 ブースの安普請の扉の向こうで、男性スタッフの「ナナちゃんでーす。よろしくお願いしまーす!」と掛け声が聞えた。ナナちゃんは待ち構えていたようにさっとドアを開ける。


 年は30代半ばぐらいか。いかにも遊び人風のチャラそうな男だった。


 システムで、入ってきたらキスをすることになっていたので、ナナちゃん愛想良く挨拶するが、なんと男は目を合わすこともなく、すーっと中に入って来て、その場に座り込んでしまった。


 その瞬間、目には見えないけれど、彼女の心の妖怪アンテナが反応する。これは最後の最後にヤバい奴が来た! ニコニコ笑顔をしていたが、心の中のナナちゃんは思わず顔をしかめた。


 それでも客は客だ。ナナちゃん、どんな相手でも、自分がどんなに疲れていようが、しんどかろうが、受けた以上は、一切手抜きせず全力で頑張る。ナナちゃんらしい。




 ショート30分だった。ロングでなくて幸いだった。まあ営業終了間際で、若いスタッフもナナちゃんに気を使ったのだろう。


 ところがいつまでたってもその客は服を脱ごうとしない。30分なんてあっという間だ。


 それでナナちゃんが「あの、時間ないので、服、脱いでください」と声を掛けた時、BGMの有線がそれまでのアップテンポな曲からスローな尾崎豊に変わった。


 その途端、男はいきなり声を上げて泣き始めた。もう号泣に近い。驚いたナナちゃんは、もしかしたら酔っているのかと思い、「大丈夫ですか?」と声を掛ける。


 すると男はいきなりナナちゃんに抱きつき、とても強い力でナナちゃんを羽交い絞めにした。


 ナナちゃんは身動きがまったく取れない。


「ちょ、お客さん、離してください、離して!」


 ナナちゃん、思い切り抵抗するがまったく聞く耳を持たず、そのうち大声で「フミエ! フミエ! フミエやろ? お前フミエやろ?」とわけのわからないことを叫んだ。


「いや、お客さん、あたし、フミエとちゃう」


「いや、お前はフミエや、俺や、リュウジや、なんでわからんねん!」


 そして男の両手がナナちゃんの細い首にかかる。この時ナナちゃんは本当に命の危機を感じた。




  ――助けてーーーーーっ!! 




 そう広くもない店内に響くナナちゃんの声。


 すぐにスタッフが駆け付けた。ドアがバーンと開く。


「何してるねん! 離せ!」 


 男性スタッフの怒鳴り声が店内に響いた。


「邪魔すんな! お前フミエの新しい男か!」


「あかん、警察や、警察呼べ」


 と、その時、声を聞きつけた先輩のユウコさんが入って来た。




「やめろ! フミエさんはもうおらへん。あんたが殺したんやろ! 帰れ! 何しに来た! ちょっと、この人、出禁やったやろ! 誰やこいつ入れたんは!」




 しばらくして警察がやって来てその男は連行されて行った。


 ナナちゃん今回も危機一髪だ。ベテランスタッフは早晩でおらず、その客を入れたのは新人スタッフだった。もちろんナナちゃんもこの店ではニューフェイスだったので、その男のことは知らなかった。


 飛び込んで来たユウコさんは店で一番の古株で、もう10年以上昔、ここに居たフミエさんとも仲が良かったらしい。つまりリュウジと名乗る男はフミエさんの彼氏、いやヒモだったらしい。


 働かない男に嫌気がさしたフミエさんが別れ話を切り出した時、逆上した男に階段から突き落とされて、打ち所が悪く数日後に搬送先の病院で亡くなってしまった。


 男に殺人の計画性がなかったことで殺人罪は成立せず、傷害致死となり、刑期を終えた男が、フミエさんを探して再び店にやって来た。


 男の中ではまだフミエさんは死んでいなかった。


 そしてフミエさんの一番好きだった尾崎豊が掛かった時、男は豹変したのだそうだ。


 その後、聞いた風の噂では、その男は、フミエさんを突き落とした階段で首を吊って死んだそうだ。残した遺書によれば、男は刑期を終えて戻った家にフミエさんが自分を待っていなかったことに絶望して死んだらしいが、元より自分が殺したと言うことすら意識がない。完全に狂っている。


 しかも、それから何度も、ナナちゃんはその男が夢に現れて、自分を「フミエ、フミエ」と呼ぶ。その度に酷い金縛りに合うと言った。


 ナナちゃん曰く、


「きっと死んでもあのチャラ男とフミエさんは行先が違うんや。絶対永遠に会うことはないで。けどな、ホンマに怖いんは、幽霊ちゃう、生きてる人間な」




                                  了





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