聖女の一撃
「別れた方が、いいと思うの」
その一言で、楽しいはずだった日曜日のリビングがバトルフィールドと化した。
「別れてほしい」
最愛の人からの死刑宣告だった。
それを紅茶の香りを楽しみながら告げるのである。
ソファに鎮座する彼女は、まさに聖女。
「待って」
フローリングの床に座って見上げる俺は、まさに犬。
それでも一向に構わなかった。
飼い主に可愛がられるペットが羨ましいと思う人生だからである。
「ボクの話も聞いてほしい」
「なあに?」
なんて慈悲深い表情なのだろう。
懺悔することなどないのに、懺悔したくなる。
いかん。
これでは彼女のペースだ。
いまは説得が必要なのだ。
心を魔王にして伝えなければならない。
「ボクは別れたくないんだよ」
心を込めて言ってやった。
これなら効くはずだ。
「う~ん、でも、もうすぐ春だし」
ん? どういう意味だ?
ものすごく我慢した、みたいな言い方だったぞ。
「長い冬を乗り越えたからこそ、別れたくないんだよ」
「う~ん、意味がわからない」
なぜだ!
戦い方を相手に合わせたのに、攻撃が通じなかった。
戦術を見直す必要がある。
「別れたくないから、別れたくないんだよ」
それがすべてだ。
結局、俺は精神論で押し通すことしかできないのだ。
ここで聖女の反撃。
「別れたくない理由は?」
見透かしたかのように弱点をついてくるのだった。
どうする? なんて答えるのが正解だろう?
やはりここは真心で攻めるしかない。
「ボ、ボクは真心を込めて付き合っているんだ」
「う~ん、言葉にすると信じられないかな」
俺の真心攻撃があああああ!!!!!
無効化されたぞおおおおお!!!!!
聖女が、さらなる攻撃を繰り出す。
「目を見て、『好きだ』って言える?」
言える。
口にするだけなら簡単だ。
(好きだ)
でも、目を見ながら言うことはできなかった。
「誰が一番好きか、言ってごらん」
それを見下ろしながら言うのである。
それも微笑みながら。
「ボ、ボ、ボクは……」
結局、目を見ることができなかった。
「もう、いいよ」
よくない。
これが最後の反撃だ。
「どうして別れなくちゃいけないの?」
すぐには答えなかった。
深い溜息に凍えそうになる。
最後の判定を迎える。
「あの子のことが嫌いなの」
聖女の一撃。
それは止めの一撃でもあった。
「わかったよ」
家族会議の結果、お母さんに従って、カノジョと別れることにした。