幕間「リヨン・レポート①」
(リヨン・レポートに興味を持たれた物好きな方へ。私は特別監察官補佐のウェイ=フです。これらのレポートは、他の報告文書と違い、連邦派遣特別監察官リ=ヨンがバハムート3の調査任務中、個人的に保管していた記録類です。正式なライセンスを持った学者ではない彼が、フィールドワークの真似事をして得た日記あるいは感想文と言い換えても良いものです。科学的な知見とは程遠いもので、何故これが報告文書に紛れ込んだのか――あるいは意図的に紛れ込ませたのか、理解に苦しむところですが、バハムート3の文明を知る上でこの上なく貴重な資料であることも確かなので、閲覧制限の申請はしませんでした。というのも、私のプライベートな情報もいくつか載っているからですが、そこは学問の発展という公益を優先した次第です。明らかな誤りや確証性に乏しい事象が少なくないのですが、原文を尊重し、いくつか私の註釈を入れるに留めてあります。彼が過激な思想を示唆するような行動は一切示したことはありませんが、モース文明に対しては感じいるものがある様子で、度々平静でいられなかったようです。以上)
――この星の人々は、どうやって鉄器を手に入れたのだろう?
降下用ポッドでバハムート3に降り立ち、彼らの住まう街を見て歩いた時、最初に浮かんだ疑問がこれだった。旅を続けるにつれ、それは更に増大していった。というのも、街に流通する鉄器の数の多さのわりに、彼らが鉄を掘削している痕跡がほとんどなかったからだ。
もしもの話だ。人類が宇宙へ飛び出さずに地球に居すくまったまま、その文明が滅んだとしよう。死に絶えた人類に成り代わる生命体は、果たしてどこまで高度な文明を築くことになるだろう。地表のほとんどの重要な金属は先人たちが掘りつくしてしまっている。木器や石器で宇宙へ羽ばたけるだろうか。
だが、その疑問も千花都を訪れた時に氷解した。
――古き神々の遺跡は鉄が採れるから重宝するのだがね。
他ならぬモース王ハイラルの言である。モース文明の鉄冶金はこの星を開拓した人々の遺跡に依存しているのだ。かつての地球では石材の調達を古代の神殿に依存したというが、それが人類の次が現れた場合の答えだろう。(※ウェイフ註 恐らく開拓前史中世のヨーロッパのことだろう)
合成金属の類は冶金に苦労するようである。鍛冶屋の裏に打ち捨てられているのは見かけたことがある。偶然、それらを上手く扱えた産物は、聖剣や魔剣の異名を与えられ、各地の豪族の所有するところとなる。まず武器を造るという発想が、モース文明の現状を端的に示している。いや、あるいはこれは我々も大して変わらないかもしれない。
鉄器で武装するのは、主に人間である。彼らの奴隷であるムゥはどうか。少なくとも千花都への路上、武装しているムゥは一度も見たことがない。
古典にあるロボット三原則では、ロボットは人間に絶対服従し、いかなる理由があろうと人間に危害を加える権限がない。全てのバイオノイドがそうであるように、ムゥもまたそうだろうか。
否、そうではない。モース人にとって、ムゥ種はこれ以上ないほどに都合の良い奴隷――いや、家畜である。だが、ムゥ種にとって人間とは何なのだろう。人間よりも優れた知能と身体能力を持ちながら、彼らは何故人間を支配しようとしないのだろうか。例外なく女系である彼らは、子孫を残すために仕方なく人間に従っているのだろうか。
人間の生活はムゥに依存しきっている。彼らはムゥが自分たちに歯向かうなどとはつゆほどにも考えていない。彼らが恐れるのは黄土色の雲の向こうにある悪神、大怪魚である。
モース文明は多神教であるが、その数は多くない。破壊神バハムートと、人類を守護する大地神モースである。後者は大怪魚を雲の向こうに放逐し人界に平和をもたらした英雄であり主神である。驚くべきことに、ムゥの神もいる。神学には詳しくないが、蕃神ではない。名前もそのままムゥである。ムゥは、大怪魚によって荒廃した土地を癒すために主神モースによって地上に送られた神の使いであり、その子孫が現在のムゥであると云われている。
書き散らかしてしまったが、ムゥはどうやら文明の黎明期から、あるいはそれ以前から人類と共に暮らしている。それはこの星に関する全ての研究が指し示している事実である。では、彼らは何故生み出されたのだろうか。神話が示すように、人々の補佐のために? 現状ではそう解釈するほかない。
そんな我々から見て異様としか言いようのない文明だが、モース王ハイラルだけは異質である。いや、ムゥを遠ざけ、遥か遠くの異文明と交渉を続ける彼の価値観は我々に近いとすらいえる。直に話してみて初めてわかることだが、彼の人心収攬術は巧みである。彼と交渉した同胞の内、幾人かが彼の話術によって篭絡したというのは不確定情報ながら可能性としてはあり得る話である。
恐らく、ウェイフではなく僕がバハムート3の地上に派遣されたのは、ジェンダーテストの結果がHA3(無性愛寄りの異性愛者)であったからだろう。
局長はウェイフが同性愛者であるハイラル王に魅了されることを危惧したのだろうか。(※ウェイフ註 この見方には異議を唱えたい。私ではなくリヨンが地上に派遣されたのは、タイニィ・フィート号を用いたバックアップにおいて私の方が適任だったからである。あえて付け加えるならば、局長はこの人事について「調査任務ならばウェイフの方が適任である。だが、不測の事態が起こった場合を想定すると、リヨンの方が即時判断に優る」と言及していたようである。それはそれで不服であるが、結果は報告書に書いた通りである)
そもそもな話、こういった仕事を単独でこなすのは異常である。最低でもペアで行動するものだ。局長の様子からして、降下の許可を取り付けるだけでも精一杯だったように思えるが、監視ステーションで得た情報から察するに、前任者が死亡した際に相棒がステーションへの帰還を拒否したことが関係しているようだ。つまり、僕がこの星で行方不明になった場合、ウェイフによる捜索が制限される恐れがある。
なんだこの仕事は。ふざけてるのか?(※ウェイフ註 原文ママ)