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遥か雲上の大怪魚  作者: 風雷
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第二章「特別監察官」(1)

 タイニィ・フィート号は予定通りの時刻に、惑星監視ステーションへの連結を終えた。いくつかの安全確認アナウンスが流れる中、リヨンは足早にステーションの扉を潜り、とっ散らかったオペレーティングルームへと足を踏み入れた。

 リヨンは、やや緊張気味に笑みを浮かべて歓待する相手に向かって手を差しだした。


「第三太陽系連邦派遣(・・)監察官のリ=ヨンです」

「バハムート3監視ステーションの長官レイスです。いやぁ、外の人と直に会うのは久しぶりで、少し興奮しております」


 握手を交わした相手は、小太りという言葉がぴったり合う男である。歳は四十代の半ばほどだろう。頭の天辺てっぺんが綺麗に剥げていて、ディスプレイの青白い灯りが淡く反射している。

 リヨンはレイスに促されるままに、座り心地の悪そうな椅子に腰かけた。


「連邦から監察官が派遣されるのは久しぶりですねぇ。本題に入る前にコーヒーでも淹れましょうか?」

「いえ、結構です」

「ステーションの重力制御は完璧ですよ。ぶちまける心配もありません」

「はは、そういうことではないのです。どうかお構いなく」


 そう言われて初めて、レイスは大きな椅子の上に落ち着かせた。大きな尻がたわむとズボンがはちきれそうになった。


「何年ほど、ここでお仕事を?」

「もう十八年になります。あれは私の家のようなものですよ。まあ、下りたことは無いんですがねぇ」

「十八年……」

「何度か異動の話もありましたが、ここより愉快な職場なんて他にないですからね」

(愉快ねぇ……)


 好き好んで殺風景な宇宙ステーション暮らしを十八年も続けるなど、相当なもの好きという他ない。もしリヨンなら二年ともたずに上層部に異動を掛け合うか、悪ければ訴訟沙汰になるだろう。それにしても十八年は長すぎる。行政の在り方としていかにも不健全であろう。


「〈発見〉が二十五年前でしたっけ。レイス長官、貴方以上にこの星に詳しい人はいないでしょう」

「そういうことになります。余暇を使ってこの星に関する研究論文も出していますよ」


 そう言って、自分の署名の入った研究論文をディスプレイに映し出す。題に「バハムート3のテラ・フォーミングと水供給の関係性」とある。レイスの自負も当然だろう。役人として左遷の極みとも言える辺境での保護惑星監視任務を二十年近くこなしてきたのだ。これを誇れなければ何も残らない。

 レイスは壁一面を覆うほどのディスプレイに映る黄土色の惑星を観て、少しだけ目を細めた。

 バハムート星系第三惑星バハムート3。それがこの星の名である。連邦の特別保護対象惑星に指定されていて、渡航には厳しい制限が付く。一般人ではまず渡航不可である上、資源星系であるバハムート星系自体、そもそも旅行先に選ぶところでもない。

 この星は生命居住可能領域ハビタブルゾーンからわずかに外れている上、他の移住惑星とかなり異なっている。外宇宙開拓時代になってからというもの、人類は数々の星系に散らばったが、このバハムート3もその内の一つである。だが、この惑星は早くから外部との連絡を断ち、孤立した。


「凄い雲でしょう? 資源を求めてバハムート星系を訪れた人々は、誰もこのような金星型の惑星に人間が移住しているなんて思わなかったようです。気づいたのがようやく二十五年前というのは、いかにも暢気のんきな話ですよ」


 レイスという男は、この星について話す時に自らを誇らずにはいられないらしい。だがそれが嫌味に聞こえないのは愛嬌というより、単純に彼のバハムート3に対する愛情であるからかも知れない。

 高度百キロメートルまでこの星を覆う超極厚の雲の下に、一体誰が人間の営みを想像できよう。偶然にもバハムート3の重力に捕まった探査衛星がこの星の大気を通り抜け、地表に落下しなければ、人類は今もこの星を死の大地と思っていたに違いない。バハムート3は、こうして〈再発見〉されたのである。この星の人間達は自分たちが宇宙を駆けて移住した歴史を忘れ、新たな文明を切り開いていた。これは外宇宙開拓時代に稀にあるケースだったが、バハムート3ほど孤立し、なおかつ固有の文明を築いた例は他に無く、バハムート星系を含む銀河を統括する連邦は、この星を特別保護惑星に指定した。本来は資源惑星・衛星を保護する目的の法律を改正してまでこれに及んだ上、バハムートという呼称も、元は他の名前で呼ばれていたのを、わざわざこの星で使われている言葉に置き換えたのだから、バハムート3の再発見に人類がどれだけ沸いたかは想像に難くない。


「サリア博士達は、人類で最初にそれに気づいたのですね」

「はは、御存知でしたか。外宇宙開拓時代の立役者がどこに骨をうずめたのか、今の今まで誰も知らなかったのだから、我々を含め、人類というものには血が通っていないのかも知れません」

「そのサリア博士を探すのが私の仕事です」

「はい……えっ?」


 レイスは驚くよりも怪しんだ。サリア博士は外宇宙開拓時代初期の人間で、この星の最初の移住者の一人である。移住の記録はバハムート3の遺跡からわずかに得られたもので、勿論、生きているはずもない。この監察官は何を考えているのか――と。


「監察ではないのですか?」

「そうですね。それは次回に持ち越しでお願いします。とにかくサリア博士に関する情報が何かあれば、提出願いたい」


 こういう時、リヨンは役人口調になる。元からして役人なのだから、思考が仕事に切り替わっただけだが。


「うーん……」


 レイスは何か心当たりを探しているようだ。

 突然、リヨンの頭の中でピッとアラーム音が鳴る。


『リヨン、ちょっと話がある』


 続いて若い男の声が脳内で響く。勿論リヨンはそんなことに驚いたりはしない。


『何だ、ウェイフ』


 口を開かずに、リヨンが往信する。


『今しがた、宇宙ステーションをスキャンしてみたんだがね。そこには生命反応が複数ある。おかしいよね。記録上ではそこにいる人間は長官のレイス一人だ』

『おい待て、ウェイフ。また勝手にハックしたのか!』

『留守番は暇だからね』


 リヨンは人知れず冷や汗を流した。ウェイフの行動は星系連邦監察官の職務に含まれないとは言えないが、何の根拠も無しに行ってよいことではない。もし明るみに出れば始末書ものである。ウェイフのことだから痕跡は残していないだろうが。


「バハムート3の文明についてはどの程度御存じですか?」


 レイスの問いに一瞬ギクリとする。


「開拓前史の十~二十数世紀に近い文明とは聞いています。実質奴隷制であり、人間がバイオノイドをこき使っていると」

「ふむ、大きく間違ってはおりませんが、ちと正確ではありませんね」

「違うのですか?」

「百聞は一見にしかずですかね」


 レイスは胸元のマイクに口を近づけてから、「手が空いている者でいい。ブリーフィングルームに来なさい」と言った。


「他に誰か乗っているのですか?」

「ああ、バイオノイドです。独り身だと色々と不便でして――」


 語尾が濁った理由は、自動扉を開けて入ってきたバイオノイドを見た時にすぐにわかった。


(ああ、セクサロイドね)


 表情に出ていたのか、レイスは慌てて声を上げる。


「いえ、いえ。そういうものではありませんよ。ただ家事を任せているだけです。ほら、ニコ。挨拶なさい」


 年端もゆかぬ少女にしか見えないバイオノイドは、リヨンの前でうっすらと透けるスカートをつまんで見せた。


「初……めまして。ニコと申します」


 銀色に光る髪に、褐色の肌をしている。そして赤い瞳がじわりと光を放つ。


「このバイオノイドはムゥに似せてあります。というより、似ているものを私が買ったんですがね」

「ムゥ……」

「バハムート3の固有種で、現地ではそう呼ばれています。この惑星の支配者ですよ。ご存知でしょう?」

「ええ――」


 レイスはニコと呼ばれたバイオノイドを見つめながら話を始めた。


「この星にムゥ種が誕生したのはかなり古く、(外宇宙)開拓時代初期まで遡るかも知れません。我々の知るバイオノイドと違って生殖能力がありますから、外界から持ち込まれたという仮説は意味を持ちません。それに、彼らはあまりにも細微に設計されていて、とても自然発生したとは思えないのです。もしそうであれば宇宙人との遭遇という人類史上の大事件になりますがね」

「開拓時代からいたのですか?」

「当時の技術としては破格です。何せ、クローンですらまともに作るのに難儀した時代ですからね。バイオノイドとは一線を画したホモ・サピエンスの系譜に連なる人種を造り出したとすれば、世紀の大発明ですよ。この星に生息している竜のような、遺伝子を少しいじったキメラとは別格です。サリア博士も宇宙航空学の分野では悔しい思いをしたかもしれませんが、この星に移住した後は豊かな余生を過ごしたに違いありません。今まで監察官の何人かは私と同じ想像をしたようで、その調査結果もあります。ファイル転送しますので、目を通してみて下さい」


 無断ハックを覚られていないと知って人心地が付いたリヨンだったが、レイスはまだ話を止めるつもりは無いらしい。


「ところで何故、今になってサリア博士なのですか?」

「一介の役人には測りかねますね。上の考えることは――」


 事の発端は、バハムート3からサリア博士の名で通信が入ったというものだった。

 サリア博士がサイボーグとなって生き続けているという仮説は成り立つ。だが、通信自体には目的らしい目的がない。サリア博士の通信を受けたのも、バハムート星系を航行する一隻の物資輸送船だった。通信内容は無言で、すぐに切れたとパイロットは証言している。何よりも、バハムート3の衛星軌道上にある監視ステーションの長官がそれを知らないというのは不気味である。

 バハムート星系にワープアウトする前、リヨンは上司からこの任を命じられた。


――信じ難いことではあるが、開拓当時の施設がまだ生きている可能性がある。君達にはそこでめぼしい物を持ち帰ってきて欲しい。サリア博士に関わる全てを――と言いたいところだが、必要なのは当時のデータだ。勿論、サリア博士本人でもいいぞ。連れて来れたらの話だがな。


 期間はちょうど七百二十時間(三十日)で滞在超過は認められない。バハムート3への渡航は特権付与された公務員であっても厳しい。あまりにつかみどころのない仕事内容に、リヨンとウェイフは今でも首を傾げている。


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