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遥か雲上の大怪魚  作者: 風雷
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第六章「雲の上のバハムート」(4)

 扉が開くと、斜めの壁一面にはめこまれた大きな窓から山頂付近の景色が見渡せる部屋に出た。これほど日当たりが良いのに、室内の機器は〈雲上の大怪魚バハムート〉に焼かれていないから、大きな窓は紫外線を反射する特殊金属で出来ているだろう。

 リヨンがこの部屋に入って最初に感じたのは、毛筋ほどに僅かな懐かしさであった。彼にしてみれば上古の遺跡である。そんなものにすら感じいるほどに、モースでの暮らしは辛かったのかと、自分でも驚いた。


(随分登ったな)


 この施設自体、外観よりよほど大きいに違いなく、そのほとんどがマーウェル山の内部に作られているのだろう。衛星から見る映像よりも遥かに巨大な建築物に違いない。


「むぅ~~! リヨン、いらっしゃい!」


 走り出たパエがはしゃぎ回る。それを横目に、リヨンは長大なU字を描く操作盤のようなものを物色し始めた。

 やがて一つのパネルに触れた時、それはにわかに光を帯びた。だが、リヨンが何を押しても反応しない。


『どうした、リヨン? 接続端子が見つからないのか?』

『無理だ。もう壊れてる』


 途方もない喪失感。他の動いている機器を探し回らなければならない。部屋内をくまなく歩き回ってみるも、生きている機器は存在しない。

 ふと、目の前にあるパネルに違和感を覚えたリヨンは画面を軽くなぞった。指を見ると、埃ひとつついていない。


(僕より前に、誰かがここに来た。しかもかなり最近だ……)


 それは誰か――と考える間もなく、パエが腋の下から顔を出した。


「むぅ? 動かしたいの?」


 リヨンの答えなど聞くつもりもないのか、パエが画面を適当にいじくると、いくつかのウィンドウが開き、リヨンにも読解できる言語でアナウンスが表示される。つい数秒前までリヨンが何をしても動かなかったものが――だ。


「……気味が悪いな」

『うん? 起動したのか?』


 と、ウェイフ。


『ウェイフ、これから突拍子もないことを言うが、真面目に聞いて欲しい』

『うむ、言ってみたまえ』


 何かを躊躇うように――リヨンは一度パエの顔を見た。パエはいかにも上機嫌といった風に画面を見つめている。


『僕たちは多分、ここに導かれたんだ。探し当てたんじゃない。あらゆるものに作為を感じる。僕はここに導かれた。ここは確かにこの施設のコントロールルームだ』

『パエとかいう雄性体のムゥか? 君はムゥに不思議な力を感じているのか?』

『そうだな。パエは最初からそのために存在していた気がしてならない。まるで、ご主人様の命令に忠実なバイオノイドのようにね……』

『彼の人格がバイオノイドと同じくプログラムされたものだと?』

『端的に言えばそうだ。そして問題は誰がそれをやったかだ』

『君はもしかして、ここのマザーコンピューターに人格があると言いたいのかい?』

『それに近い。意志を感じるんだ。彼の――』

『彼――とは、誰の?』

『それは――』


 リヨンは映し出された画面を見た。捻じれた蛇を連想させる輪状の紋章が目に入る。そしてその下に書かれた文章をアナウンス音声が読み上げ始めた。


――御機嫌よう。私は当気象操作研究センターのオペレーティングシステム。サリアです。現在、高原全体の地下水供給レベルはCプラスからAプラス、中央値はBプラス、全体の平均はAマイナスです。循環率は99.998%。供給は安定しております。


 ウェイフはリヨンの言わんとしていることをすぐに察したのか、彼に次の作業を促す。


『端子を繋いでくれ。百聞は一見に如かずだ』


 リヨンは左手の袖をめくり、手の甲の出っ張りを引っ張った。蓋が開き、中から粘土のように丸まった物体の付いたコードが顔を見せる。それを引っ張って伸ばしながら、目の前の機器を見て、入出力の端子を見つけると、そこに粘土のような物体をべったりと貼り付けた。

 リヨンはそこからいくつかの情報を抜き出すと、ウェイフに転送する。


『これは驚いた。バイオサーキットだ』

『とっくに期限切れなのに何故動いてるのか不思議だったが、自己再生してたってことか。連邦記録じゃないか、これ?』

『よかったら君が申請してみるかい? しかし物凄いガラパゴス――』

『で、どれくらいかかる?』

『五分くれ。とりあえずかたっぱしからエクスポートしていく。君を中継するから、余分な機能は全て切っておいてくれ。とんでもない情報量にシャットダウンしないようにね』


 パエはパネル上で目まぐるしく開かれては閉じられるウィンドウを見てはしゃいでいる。


「むぅ! リヨン凄い! 凄い!」


 自分が先程からずっとリヨンに観察されているとは知らずに――


『リヨン、転送が済んだものから解析していってるけどね、これは大当たりだよ』

『ということはつまり、サリア博士の痕跡は見つかった?』

『痕跡どころじゃない。ここは私が予想した通りのテラ・フォーミング施設で、しかもその所長はサリア博士だ。そして驚かないでくれ。このマーウェル山全体が人為的に作り出された、テラ・フォーミングの実験場だったんだ。そんな節があるかい?』

『確かに山の麓とこのあたりでは地質が違ったな』

『ここの研究対象は〈へそ〉だ。人為的に〈へそ〉を作り出すことで、環境をある程度コントロールしていたらしい。おや、こいつは凄いぞ! 〈へそ〉で生じる熱を使って地下水を汲みあげてるんだ。どうやら数万年前に落下した彗星によって地下深くに氷が蓄えられていたみたいだね。計画書が見つかったよ。些訳だが読むかい?』

『後でな。他には――』


 パエが「むっ!」と叫ぶのよりも、リヨンが彼の頭を押さえつけて機器の陰に隠れる方が早かった。光線が合金の壁を黒く焼き焦がす。


「貴様! よくも汚らわしい人間が我らの聖域を穢してくれたな!」


 あけ放たれたエレベーターの扉から、数人のバハリア兵が飛び出してきた。その中央に守られるようにして執政官アレリンはいた。声色からして間違いなく怒り狂っている。彼らの聖域を穢したのだから当然だろう。


『ウェイフ! まだか?』

『なるべく穏和に時間を稼いでくれ』


 この状況で穏和になど出来るはずもない。アレリンの部下が回り込んでくる音が聞こえる。真横からレーザーで撃たれたなら、今使っている端末が破壊されかねない。


「待て、待て、話せばわかる」


 リヨンは立ち上がって両手を挙げると、降参の意志を示した。そのまま一歩、二歩と端末から離れる。アレリンの死角からコードを伸ばしながら、とにかく時間稼ぎに全力を費やす覚悟をした。


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