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遥か雲上の大怪魚  作者: 風雷
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第六章「雲の上のバハムート」(1)

 外に出てみれば、そこは確かに洞窟の中に建てられた宮殿であった。リヨンの移動には必ず二人以上のムゥが監視についており、移動自体容易ではない。


「僕と一緒にエアという名のムゥがここに連れてこられたはずだ。会わせてもらえないか?」


 試しに言ってみたものの、にべもなく「今は無理だ」と返された。

 当然ながら宮殿にリヨンの居場所はない。彼は洞窟の更に奥にある小さな建物に連れて行かれた。その一室に通された後、バハリア兵の忠告があった。


「勝手に外を出歩いたりするなよ。死にたくなければな」


 まるで囚人のような扱いには「そうか、わかった」と答える他なかった。


(ともあれ時間が無いな)


 リヨンはウェイフとの通信を試みたが、洞窟の奥にいるせいなのか、つながらない。記憶が正しければ、ここから神域までそれほど距離はない。洞窟の外に出れさえすれば、ウェイフの誘導で神域まで辿りつけそうである。

 どうやら屋敷内は自由に歩き回れるようで、リヨンはどこから脱出しようか見回っていると、見覚えのある襤褸ぼろ姿が目に入った。


「ヘイさん?」

「あら、これは――」


 千花都で会った占い師ヘイは、リヨンの姿を見ても大して驚いていないようで、微笑が不気味に思えるほどであった。

 何故、ヘイがムゥ達の国にいるのか、リヨンには理解できない。だが、この女には千花都で別れたときからずっと気にかかっていることがある。


「信じられないところで会うな」

「そうでしょうか? リヨン様は最初からここを目指しておいででしたでしょう?」


 ふっ――と笑いが漏れた。ヘイの奇妙な占い(予言?)を思い出したからだ。


「君には色々と訊きたいことがある」


 細い通路である。リヨンはヘイの進路をふさぐように壁にもたれかけた。


「あら、ティイのことでしょうか?」

「それもあるが、まずは何故ここにいるかだ」

「エアを迎えに来たのですよ。ティイに頼まれました」

「そんな義理があるのか?」

「あれは可哀想な子です。貴方も助けなければと思ったでしょう?」

「……そうだな。じゃあ次の質問だ。どうしてここに入って来れた?」

「執政官のアレリンは、前に私が人間から解放してあげたのですよ」


 さらりととんでもないことを言ってのけたヘイは、眉ひとつ動かしていない。

 先程リヨンはハイシィとアレリンの密会を暴露したが、アレリンを最初に見た時、ヘイも一緒にいたのである。彼女が出まかせを言っているようには思えない。


「さて次だ。アレリンはハイシィと繋がっているね?」

「あの子は何も言いませんが、恐らくはそうでしょう」

「アレリンはハイシィから得たムゥをどうしている?」

「どうも何も、同胞はらからと共に暮らすための国がバハリアなのですよ」

「旅の商人とやらに売っぱらったりはしてないか?」


 途端に、ヘイの視線が僅かに鋭さを帯びた。


「それだけはありません。アレリンは良い子です」


 穏和に見える占い師が予想外の険しさを見せたのは、リヨンにとって意外だった。だが、強い視線が微かながらも揺らいだのをリヨンは見逃さなかった。


「……次の質問だ。君はエアを迎えに来たというが、アレリンは君の言うことを聞くかな?」

「小さなお願いでしたら、少しは――」


 今度は逆に、リヨンがヘイをじっと見つめる番だった。「何故、そこまでする?」ともう一度問うてみたつもりだ。


「エアもフェレーネも互いのために全てを差し出せる人です。助けないのは人倫にもとります」

「そうだな。だがエアにはもうタルタに居場所はないだろう」

「フェレーネもバハリアで生きることは叶いません。必ず殺されます。それほどにアレリンは人間を憎んでいます。貴方も長居してはいけませんよ」


 エアもフェレーネも共に生きるとすれば、モース王国はおろか、バハリアからも放逐される他ない。そんな二人に何処へ行けというのか。


「何故、アレリンは人間を憎む? いや、憎むのは当然だ。だが、それは僕や君がムゥの立場に立ったならの話だ。生まれついてのムゥなら、そもそも己が境遇に疑問を持つことすらしないじゃないか」


 半ば嘘である。リヨンはムゥ種が一体何であるか、理解し始めている。バハムート3を訪れてから、様々な不思議に出会った。その最たるものがムゥ種――正確には彼らと支配者側の人間とのあまりにも野蛮な関係性である。


「……アレリンは最初、人間として育てられました。角の発育が遅く、思春期に入るまで誰もそうと気づかなかったのです。両親のことはあまり話してくれません。幼い頃に亡くなり、親類の元に引き取られたようです。ムゥであることが知れた時、あの子を取り巻く世界は一夜で地獄に変わりました。兄弟のように共に暮らしていた村の男達は、瞬く間に彼女が人間であったことを忘れたようです。育ての親に犯され、狂ったように泣きじゃくるあの子を見つけたならば、貴方ならどうするでしょうか?」


 リヨンは、思わず自分の脳内に広がり始めた光景をかき消した。この星で人々と触れ合うたびに脳裏によぎる不安――見ずにいられた(・・・・・・・)光景を暴かれたのだ。


「それは――」


 言葉に詰まる。この問いに答えなどあるのか。いや、答えねばならない。だが、この女は恐らくそんなものを欲しているわけではない。


「私はあの子を救いました。どうやってそれを成したかは、どうか訊かないで下さいまし。いえ、貴方もきっと同じことをしたでしょう。私があの子にそうしたのは、ただただ偶然、私がそこを通りがかったからです。それ以上の何もありません。そして、それが私の人生の全てになりました」

「君は――それでいいのか?」

「意味のない質問です。ご自身でもよくおわかりでしょう? ですが、あえて答えるならば、これで良いのです」


 にわかに外が騒がしくなった。明らかに鎧ずれの音がしていて物々しい。

 リヨンもヘイもすぐさまそれを察知した。


「お迎えかな?」

「今夜はもう外出の予定はありませんが――」


 二人揃って、あまり良い予感はしないようである。


「リヨン様、貴方、少し話好きなところがありますから、何かアレリンを怒らせるようなことを言ったのでは?」


 外の兵士たちは、万が一にも自分に用はないとでも言いたげである。実際そうだろう。


「ああ、確かにそうかもなぁ」


 食事の席で、ハイシィの話を出してアレリンの反応を見たが、やはり彼女にとってはかなりまずい話題だったようだ。反応を見ることでリヨンは二人のつながりを確信したのだから収穫はあったが、やや軽率だったろう。


「私が表に出て時間を稼ぎますから、裏口から逃げて下さい」


 リヨンは少し迷った。ヘイにはまだ訊きたいことが山ほどあるが、今は時間がない。ここは彼女の厚意に甘えておくべきだろう。

 裏口に向かう間際、リヨンは思い出したように緊張した面持ちで立つヘイの方に振り向いた。


「ヘイさん。君、ベラだろう?」


 沈黙もまた答えである。ヘイの目はリヨンに理由を問いただしている。


「『死んだムゥ』なんて言い方、君の他には誰一人として使わなかったよ。それに――」

「それに?」

「君は、心が雲の上にない(・・・・・・・・)

「ふふ、不思議な言葉ですが、わかる気がします。ですが、ベラという人は『死んだ』のですよ」

「どうやら、そうらしい」

「エアは必ず私が逃がします。約束します」

「囚われている男達も助けたいが――」

「リヨン様。この星にとって貴方は一陣の風のような人です。木の葉を一枚舞い上げることは出来ても、林の木々を根こそぎさらうことはできない。あなたは、ここで一生過ごされるおつもりですか?」


 何かに打たれたような、腹の奥底に刺さる様な、静かに沈んだ声。それに貫かれたと思った時、リヨンはヘイという女を理解した。


「さあ、お行きなさい」

「恩に着る。返す暇はなさそうだが」


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