幕間「リヨン・レポート②」
僕が女として生を受けた肉体を捨て、機械の体を手にしたのは十七歳の頃だ。望んで手にしたと言えば嘘が混じる。年若い頃は、今では懐かしさとともに妙な照れくささを感じずにはいられないが、小型宇宙艇のレーサーが夢だった。腕はまずまずで、星系のスターになれるほどではないが、プロとしてそれなりに食べていけるだろうと自負する程度にはあった。嘘ではない。
思い返せば些細なミスから生じた事故だった。いつもは見逃さないはずの機器の異常。いつも通りにこなしていれば、確実に防げたであろう事故だ。制御系のアラームを見逃したのは僕の責任とは言い難いが、マニュアル操作に無根拠の自信を持っていた当時の僕は、面倒な通知を手動でオフにしていた。それが祟って、事故において一定の責任を問われる立場にあったメーカー側からの説明は、実に冷ややかなものだった。
その日は浮かれていた。朝から良いことずくめで、十七回目の誕生日は最高の一日になるはずだった。珍しく眠気の残らない目覚め。家を出たら見知らぬファンにエールをもらった。離れた歳の妹が生まれたと母親から連絡があった。それに――いや、もういいだろう。
レーシングコートで、僕の操作する小型艇は炎上した。その時の記憶はほとんどない。気づけば、僕の中枢神経はこれまでの肉体を捨て去り、新たな人間へと生まれ変わっていた。肉体の損傷があまりにも激しく、早々に治療は打ち切られ、中枢の移植に切り替えたらしい。
レーシングには興味を失った。今のウェイフのように船に自分の中枢を移して操作するのにはあまり魅力を感じなかったのだ。付き合っていた恋人からは連絡がぱたりと途絶えた。それから大学を辞めたが、今考えるとよくわからない。多分、新しい体で色々と試したかったんだと思う。それには学業が邪魔だった。これさえなければ、今頃は雇われではなく、正規の監察官としてバハムート3に派遣されていたのかもしれない。後悔はしていないが。それにしばらくの間、心に靄がかかったようだった。何もかもが鈍く感じた。医者はボディ・イメージの不一致にその理由を求めたが、どうやら違った。カウンセラーからは軽度の離人症状を指摘された。ボディ・タイプを男型にしてからは離人症状はほとんど消えた。
僕がウェイフと出会ったのはそれからかなり後のことだ。彼の精神は例の事故に打ちひしがれていた。どう考えても彼に責任はない。立ち直りさえすれば、エリート軍人として最高の未来が彼に約束されていた。だが、自分だけ生き残ってしまったことが、彼の精神を蝕んだ。
出会ったのは、何の変哲もない、場末の小さな競艇場だ。彼のような身なりの良い人間が来るところではない。
「2番にベットするのはやめた方がいいぜ。僕なら今回は降りるね」
驚いたように僕を見上げた時の彼の顔を、今でも覚えている。
「わかるのか? どれが勝つのか?」
「わからない――が、博打に負ける時の顔してる奴はわかる」
(※ウェイフ註 偉そうに述懐しているが、この時のリヨンは読みを外してオケラだったようである。ちなみに私の負け分は彼の十分の一程度で、更に付け足せばこのレースは無効試合になって払い戻された)
他愛のない会話だ。それでも、僕たちは互いに興味を持った。それから何を話したのかは、細かくは覚えていない。だが、当時の彼はどうしようもないほどにどん底だったようで、僕に自分の身の上を打ち明けてくれた。僕はといえば、その頃は今の局長の伝手で雇われ役人を始めたばかりだった。
僕は、彼に選択肢を与えた。僕とともに来るか、今はまだ傷を癒すかを。
「面白い人だな」
決断とともに、彼は笑った。それが何よりも眩しく、僕の心の奥でくすぶっていた何かを照らした。その時、自分の頭にかかっていた靄が何であったのか、ようやく理解した。
僕の中枢を半サイボーグの体に移植することを決断した医師や家族を恨んでいるわけではない。ただ、ひとつだけ心残りがあるとすれば、選ばせて欲しかった。全く同じ答えに至るとわかりきってはいても、自分で選びたかったのだ。




