第五章「リトル・ミノタウロス」(7)
目隠しをされたまま、しばらく歩かされると、少し熱っぽく明るい場所に出た。恐らく松明の灯りが多いのだろう。
固い石畳の床ばかりだったが、初めて足底にふわりとした感触を覚えた。足を軽くこすってみるに、絨毯が敷かれているようだ。
小走りで誰かが近づいてきた。その向こうで「あっ」と声が鳴った。
「リヨン!」
何かが自分に抱きついた。
「その声、パエか?」
間違いない。声の主はリヨンの胸に顔を埋めながら「むぅ、むぅ」と頷いているようだ。
「目隠し、取ってはもらえないかな?」
恐らくパエも視線でそれを訴えたのだろう。「取ってやれ」と別の声が続いた。
二日ぶりの視界である。胸元のパエの頭を撫でると、小ムゥは「む~~っ!」と嬉しそうな声を上げた。
ランプの灯りでよく照らされた明るい部屋である。晩餐の席だろうか、卓上にタルタで見たような料理が置かれている。大きな草で巻いた餅のような料理は、パエが特に気に入っているものだ。
「よく、僕がいるのがわかったな」
「むぅ~! リヨンが来たらすぐにわかるのッ!」
パエはいつものように明るい笑顔を振りまいた。しかしリヨンはこの小ムゥの勘が良さに疑問を感じていた。
「我らが王は不思議な御方だ。人間よ、陛下の慈悲に感謝するのだな」
奥の席のムゥが言った。他のムゥとは違って、紫の衣に袖を通している。執政官のアレリンだ。
「王?」
「そう、王だ。我らが王が帰還されたのだ」
アレリンの言ったことに、リヨンは驚かなかった。ムゥは女だけの種である。繁殖には必ず人間を必要とするが、人間の支配から脱したい彼女らにとって、雄性体のパエほどありがたい存在もあるまい。
「お前は人間だが、特別に生かしておいてやる。ただし、二度とバハリアから出ることは叶わないだろう」
「……そうか」
リヨンは自分の隣で餅のようなものを頬張るパエを見た。間もなくバハムート3を離れるリヨンにとって、この小ムゥをどうするかが心残りだったが、バハリアに歓迎されたとなれば、それもいいと思った。本人も今の待遇が不満ということはないだろう。
「人並みの待遇が受けられるなら、僕は満足だがね」
「そうして貰えると助かる」
助かるのは君ではなく、僕の方だろう――とリヨンは毒づきたくなった。
酒が振る舞われた。今度は一服盛られそうにもないが、まだアレリンを信用していないリヨンはこれを断った。
途中、リヨンにじっと見られていることに気づいたのか、アレリンが首を傾げる。
「何か?」
「いや、州都で君とよく似た人を見たと思ってね」
「人違いでは?」
「そうだね。そうだろう。バハリアの執政官が密かに下山して、ハイシィからムゥを受け取る打ち合わせをしていたなんてことはありえないだろう」
アレリンの顔が突如として紅潮し、リヨンに向かって怒号を落とした。
「何を言うか!」
何かが割れる音。驚いたパエが杯を落としたのだ。アレリンは「失礼」と謝し、再び席に着いた。
「ありえないことだと言っただろう? はは、冗談だ。忘れてくれ」
リヨンの瞳が鈍く光った。
第五章「リトル・ミノタウロス」了
第六章「雲の上のバハムート」へ続く




