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遥か雲上の大怪魚  作者: 風雷
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第五章「リトル・ミノタウロス」(4)

 出立から丸五日経っても、タルタ軍は一切の戦闘を行っていなかった。というのも、バハリアのムゥは全く攻撃を仕掛けて来ず、偵察が山陰に数騎確認した程度で、敵はすぐに姿を晦ますといった具合である。

 山地の行軍は至難である。しかもマーウェル山は険隘だ。にもかかわらず、肩透かしを食らったような敵の動向は、士気の弛緩につながりつつあった。


「私ならここで仕掛けますね」


 山の中腹に差し掛かったあたりで、リヨンの隣を歩いていたローイが口走った。


「わかるのですか?」


 あえて訊いたのはリヨンの戯れである。ローイに言われずとも同じことを感じていたからだ。


「見て下さい。ここの地形、前に我々が襲われた場所と似ているでしょう? 路が狭く、傾斜が強い。敵は我々全体を見下ろせるが、我々からは敵はまばらにしか見えない。それは兵士の心理状態によって敵の見え方が変わるということです。敵に分断されれば、こちらが大軍であっても一撃で壊滅します」

「そうですね。ハイシィも同じことを考えているでしょう」


 リヨンがそういうのも、道が狭まるあたりでハイシィが一時行軍を止めていたからである。


(帰るか迷ったのかな?)


 討伐軍の規模からいって、今回の出兵はバハリアの壊滅には無く、ただの威嚇だろう。威嚇であれば、敵地深くに侵入しただけでも十分に戦果と呼べる。しかしハイシィは退く気は無いようである。彼は先日のムゥが使った未知の兵器を直に目で見たはずだが、少し功を焦り過ぎではないか。

 未知の兵器といえば、リヨンは市場に出回った旧式の銃の処分をモース王に依頼した。だが、先日リヨン達を襲った集団はモース王国の秩序の外にある。これらの回収には骨が折れそうである。


(モース王が知ったら仰天するだろう)


 敵がその気になれば、王の暗殺も可能かもしれない。


(いや……)


 あの不敵な王が狼狽する様をどうしても想像できない。むしろ、モース王ハイラルはタルタ地方の賊が未知の兵器を手にしていることを知っていたのではないか。知った上で、特別監察官を北方に送り出し、この煩わしい未知の兵器の処分を期待したのではないか。実際、今のリヨンはこの星から銃という遺物を消し去る方法を考えている。買いかぶり過ぎであろうか。

 考えながら歩いていると、前の方でつかえたのか、兵たちが団子状に密集した。


「あっ、また止まりましたね」

「正午が近いからでしょう。〈雲上の大怪魚バハムート〉は敵味方関係なく笠に隠れてやり過ごすしかなくなります」


 言うが早いか、周囲の兵が手際よく日除けのための天幕を組み立て始めた。勿論、〈雲上の大怪魚バハムート〉によって降り注ぐ紫外線は日傘程度で防げるものでもなく、盾を集めて壁にするのである。


「ところでローイさん、この出兵はモース王の意向ですか?」

「さて、どうでしょう」


 今回の出兵にはひっかかる点が多く、リヨンはモース王に泳がされていたという疑念を拭えない。とはいえ、ハイシィが行軍を続けようが、タルタに帰還しようが、時間が残されていないリヨンはこのまま神域まで突き進むつもりである。そのための準備は自前で調達してある。

 耳鳴りとともに急に日が射してくる。分厚い雲に穴が開き始めるのを見て、リヨンは天幕の中に走り込んだ。

 目が潰れるほどの紫外線が降り注ぐのは、ほんの一分程度の間である。それさえやり過ごせれば、タルタでの暮らしに不便は無いだろう。

 〈雲上の大怪魚バハムート〉が終わると、リヨンとローイは他の兵たちに押されるようにして天幕から出た。

 と、その時、何の前触れもなく鐘が鳴らされた。付近の兵もさすがに動揺したのか、慌てて盾を手にし、剣を抜く。それが終わらない間に矢の雨が頭上から降り注ぐ。


「ローイさん、あなたの言う通りだ!」


 リヨンは盾の笠に飛び込みながら、傍らにいるはずの男に向かって叫んだ。が、いない。

 辺りを見回す。鎧を身に着けていない旅装の男が視界に入ると同時に、その男の頭を飛矢が貫いた。


「ローイさん!」


 リヨンが叫ぶと、ローイは驚いたように自分の帽子を触って、苦笑した。


「こっちに来い、馬鹿ッ!」


 怒号にようやく我に返ったのか、ローイは小走りでリヨンの元に駆け込む。


「いやぁ、これは運が良い。帽子をかすっただけのようです」


 おどけてみせるローイだったが、リヨンにはにわかに信じられない。


(頭を貫いたように見えたが――)


 もしそうならローイは今頃斃れていた。豪運の持ち主である。

 タルタ兵は地勢の悪さもあって一歩も動けない。そのうち突然、飛矢が止んだ。

 盾の隙間から見上げると、岩壁の上に一人のムゥが立っていた。


(あれは――)


 リヨンが視界の片隅に浮くアイコンを注視すると、視界の右下に小さなウィンドウが開き、見えている映像がズームして映し出される。

 頬に傷のないムゥである。背は高く、口元はこれまで見たムゥの印象を壊すほど厳しく引き締まっている。


「聞け、愚かな人間どもよ!」


 こわい、威厳に満ちた女の声である。


「マーウェルは我らバハムートの領域である。我らに仇なす人間はひとりとして足を踏み入れることを許さない。死にたくなければ、ね!」


 リヨンの隣で見上げていたローイが口を開く。


「あれは恐らくバハリアの執政官アレリンです」

「前線に出てくるとは随分血の気のある親玉だな。で、バハムートとは?」

「バハリアのムゥは自分たちのことをそう呼んでいるようですね」


 やがて、岩壁の上のムゥの気配は消え、辺りは静寂に包まれた。しばらくの間、そこから何の動きもなく、兵たちがざわめき始めたところで、撤退命令が出たのか、タルタ兵は徐々に退き始めた。


「ローイさん、おかしくないですか?」

「何がですか?」

「先日のバハリア兵の戦いぶりは憶えているでしょう? あなたが魔術と呼んだ武器を使えば、数に不利があっても相手に勝算があるでしょう。なのに攻めて来ない」


 リヨンは、バハリアが先日のように上手く戦えば、ハイシィ率いるタルタ軍は壊滅こそせずとも、またもや敗走していたに違いないと推測する。だが現実にはそうはならなかった。

 ローイがそれに答えようとした矢先、後方が騒がしくなった。武器を持ったムゥ達が――リヨンが見るに百人程度だろうか――兵と兵の間をかき分けて山道を登ってゆく。

 最初これが何なのかわからなかったが、ローイが答えを教えてくれた。


「決死部隊でしょうね。上手く進路を確保できれば進み、できなければ退くということでしょう」


 実にモース人らしい――と、リヨンは己の内に湧き上がった嫌悪感を押し殺した。

 ムゥの決死部隊は全てがムゥだけで構成されるわけではなく、監督する人間の兵士も十人程度混ざっているようだ。バハリアがムゥ達の国であるのなら、敵に寝返ることを少しは警戒してもよさそうなものだが、モース人にはその発想が出てこないほどにムゥは人間に忠実であるのだろうか。

 さて、リヨンとしてはここから先は単身でも登山を続けなければならないから、ハイシィの意地にしても無用な争いは控えて欲しいものである。そう思っていたところで、いくつかの違和感が脳裏にこびり付いていることに気づいた。疑念と言っても良い。

 どうすべきか考えていると、ムゥの列の最後尾にどこかで見たような顔があった。それに気づいた時、リヨンはあっと声を上げそうになった。


(今の――エアか?)


 先程バハリアの執政官を見たのと同じ要領で、自分が今さっきみた映像を視界の片隅で再生する。間違いない。エアである。頬の傷に特徴があるから、ムゥの峻別は慣れれば楽である。


『ウェイフ!』


 リヨンは分厚い大気の上の相棒に呼びかけた。


『聞こえている。君が考えていることは大体予想がつく。くれぐれも、バハムート3が特別保護惑星であることを忘れないようにね』

『ムゥの扱いを見たか? こんな蛮族を保護なんてどうかしているよ』

『おっと、リヨン。それ以上、原住民への侮蔑をにおわせる発言は録音対象だ』

『わかってる。とにかく今はバハリアに行く』

『君の勘を信じよう』


 通信を切ったリヨンは先程の敵襲でたたみ損ねた天幕を目ざとく見つけ、そこに飛び込んだ。

 やがて、中々戻らないリヨンを探しに来たローイが天幕を覗くと、中から一人の兵士が飛び出し、決死部隊の列に加わった。


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