幕間「リヨン・レポート?」(2)
少女と呼んだ方が良い歳の女は、確かに私を歓待した村長の娘であった。いや、かつてはそうであったというべきか。
女は山奥に隠棲する夫婦の元に生まれた。母親は娘を生むとともに亡くなった。齢十二の頃に父も病没した。父の遺言は、麓の村にいる村長を頼めとのことだった。形見の品を証にくれた。後から知ったことだが、彼は村長の兄だったようだ。何やら事情があって隠棲していたらしいが、私が思うに、後継問題だろう。
村長は兄の娘を快く受け入れた。それから数年、少女は三人の兄とともに穏やかな日々を過ごした。仲睦まじく、誰もが羨む兄妹であったという。
だがある日突然、少女の住む世界は地獄に変わった。ある日、頭にしこりのようなものを感じた少女は、最も仲の良い兄に相談した。顔色を変えて村長の元に走ってゆく兄を見た時、少女はわけもわからぬままに言い知れぬ不安を感じた。何か悪い病にでもかかったのかと思ったが、兄の目はそうは言っていなかった。何故かはわからないが、彼の目は怒りの色を帯びていた。
少女はどうやらムゥの中では発育が遅かったようである。ムゥは生まれた時に人間と間違えられないように印をつけられるが、少女にはそれがなかった。いや、それ以上に、村長の親類を騙ってムゥがその庇護を受けに来たことが、彼らの一族を激怒させた。
少女はその日のうちに、三人の兄に犯された。それが村中の男になるまで、数日とかからなかった。
信じられない。人間の仕業ではない――とは、我々が彼らと文化を異にしているからこその感想である。彼らにとってはこれは当然の摂理なのだ。
本当に?
少女は私に助けを求めた。自分は人間であると。いや、人間ではないからといって、何故このような地獄を生きねばならないのかと。
誰にこの子を救える? モースの神? 偉大なる王? 全て、彼女を取り巻く地獄そのものではないか。
私は、揺れ落ちる木の葉を拾ってしまった。もう捨てられない。森の木々があることを知ってしまった。この子を救う。この世の全てが私を罰するだろう。かまわない。私は知ってしまったから。この子と出会ってしまったから。この子と出会わずにいられた全ての人類よ。不幸なのはあなた方の方だ。
他の村で野盗の情報を得た私は、これから彼らに会いに行く。私の中の全ての理性が、暴挙であると警告する。だが、私にはもう耐えられない。モース王国に来てから、私が見ずに済んでいたもの。触れずに済んでいたもの。考えずに済んでいたもの。それら全てが今、眼前にある。彼とは別行動中でよかった。これから起こる惨事を考えれば、決して巻き込むわけにはいかない。そして、それほどのことが起こったとすれば、巻き込まれた私の死を疑う者はいないだろう。
その後はどうしようか。ここまで来たからには、あの子の願いを叶えてあげたい。それならば向かう先は一つしかない。
世界の先の遥か彼方――〈雲の上のバハムート〉だ。全てはそこにある。
通信機器を壊した。私が生身の人間で良かった。機械の体を得ていたならば、きっと彼らは地獄の底まで私を救いに来るだろうから。
そう、私はこれから死ぬ。死んだまま生き続ける。仕方がない。あの子と出会った時、私を形作る天秤が大きく傾き、壊れてしまった。
さようなら――穏やかで愛しい、可能性に満ち溢れた老人。
そしてこんにちは――冷たく閉ざされた、どこにも行けない赤子。




