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遥か雲上の大怪魚  作者: 風雷
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第四章「ハンタン・ドリーム」(6)

 こめかみに冷たい何かが当たるのを感じた。冷気の一部が零れ落ち、耳へと伝った。


(水?)


 眼前には美しい女の姿がある。優しく尖った角は滑らかな光沢を放ち、小さな唇は愛おしく、胸元のたわわな実りは美味そうで、髪は黄金の稲穂のように見る者を魅了した。

 女は泣いていた。その涙の粒が自分のこめかみに落ちたのだ。


(これはハンタン・ドリームか? いつから始めていたか――)


 リヨンは、自分の人生で最大の癒しとも言える遊びを始めた記憶が無いことに、一抹の不安を覚えた。リミッターが正常に作動するならば、半月程度でこの夢の世界から強制的に追い出される。だが、バタフライ・ドリーマーと呼ばれる中毒者は何百年も夢の中に留まることがある。

 気付けば、女が自分の顔を覗き込んでいた。このまま彼女と口づけ、永久にも思えるほど甘い時間を過ごせばいい。心の端でそう思った途端、女の姿がぼやけ、別の何かに変わった。


(パエ? いや、違う。誰だ、君は――?)




 目が覚めた時、体の重さに驚いた。


「あっ、お目覚めで――」


 傍らには見知らぬムゥの姿がある。手元には包帯と薬瓶が見える。リヨンの看病をしていたのだろう。

 ムゥが慌てて室外へと駆けて行くと、「おおっ! よくぞ目覚められた」と声が聞こえ、すぐさまローイが現れた。


「二日も眠っておいででした。今ムゥが医者を呼んできます」

「二日?」


 網膜に映し出されたアイコンで日付を確認したリヨンは青ざめた。既に着陸から二十一日が経過していることになる。あと九日で任務を遂行しなければならない。


「いや、医者はいい。それよりタルタ総督に会いたい。あと食事だ。いや、それは後だ。とにかく総督に至急面会したいと伝えてくれませんか」


 これでマーウェル山の案内を得られなければ、単身で登山するつもりである。


「明日、討伐軍が出陣します。今から行っても面会の時間は取れないでしょう」

「討伐?」

「はい、蛮族の討伐軍です。どうやら麓付近まであれらの勢力が及んでいることを危惧したようです。総勢二千人くらいではと巷では噂になっています。元より数の少ない蛮族は打撃を受けるでしょうね」

(どうする……)


 頭を抱えたくなった。あの狭隘きょうあいな路が兵士で埋め尽くされてしまってはもはや調査どころではない。


(それにしても準備が速過ぎる)


 確かにタルタはマーウェル山のムゥ達によって散発的に襲撃されているようであるから、常備の兵力ですぐさま対応することは可能だろうが、いくらなんでも即断即決に過ぎる。


(まさかモース王か?)


 リヨンはモース王を過小評価しない。出会うなり人を食ったような態度で前任者の不正を暴露するような男である。神域捜索を行うリヨンが襲われるくらいのことは計算済みで、それを口実にマーウェル山に攻め入るくらいのことはやってのけそうである。見方を変えれば、タルタ総督はマーウェルの部族の対応に消極的で、モース王が彼の尻を蹴とばしたとも言える。勿論、リヨンの想像が正しければの話だが。


「総督には従軍の許可を頂いておりますので、明日、発てるようにしておいて下さい。いやぁ、間に合って本当によかった」


 リヨンはローイの手際の良さに目をむいた。


「私の仕事ですから――」


 どこか痩せ細った山羊を思わせる男の口元が淡く曲がった。




第四章「ハンタン・ドリーム」了

第五章「リトル・ミノタウロス」へ続く


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