魔道士オルコと座敷童ノマ
「……」
射抜かれた視線の鋭さに、思わず言葉を失った。
重苦しい威圧感ではない。
どちらかというと、首筋に刃物を当てられたような緊張感。
この人は、ただの人間じゃない。
いや、眼鏡の有無にかかわらず姿をはっきり見ることができる時点で、人間ではないはずだ。
現に周囲は眼鏡のレンズから外れた瞬間ぼやけるのだから。
俺はなんと答えるべきだろう。
通りすがりの……いやいや無理がある。
まともに名乗っていいのかも分からない。
そうだよ。そもそもここがどんな場所かも分からない。
分からないことだらけ。情報がなさすぎる。
そんな中、安全を確保するために必要なことは――。
「あっははは。君、色々考えてるね」
「っ!」
突然笑われて、考えていたことが吹っ飛んだ。
「うん、その警戒心は嫌いじゃない」
そう言って彼は目を細める。途端に空気が柔らかくなって、彼が穏やかな人だと思える気がした。多分気のせいだ。
さっきの気配を忘れたわけじゃないぞ、と警戒を少し強めると、彼はすっと手を差し出してきた。
「私は君に与えはすれど奪うようなことはしないよ。約束しよう」
「……信じられると思う?」
「うん。私なら信じないね。こう言う奴の話には裏があるのさ」
「自白するの」
彼は俺の言葉にくすくすと笑う。
「だって隠してもいつかはバレる。私はバレるような嘘は下手なんだ。だから、せめてその裏側まで楽しく話をしようじゃないか。ついでに君のことも聞かせて」
お茶くらいは用意するよ、と彼は差し出した手をもう少し前に出す。部屋を照らす石の明かりが、彼の指の装飾品を光らせる。
男性だとわかる、しっかりとした手。
指や手首には、きれいな石や細工で飾られたアクセサリ。
悪い気配は感じられない。
手を取るべきか。少し悩む。
いや、ここの情報をもらえるなら、この手を取るべきだろう。
そうしないと、俺はこの部屋からも出られない。
俺の仕事は、ここが安全かどうかを調べること。
それなら自分の安全は二の次にして、調査に専念しよう。どうせすぐ死ぬ身体でもない。
俺も手を差し出し、彼の手に触れる少し手前で止める。
「その前に」
「うん?」
「さっきの質問。あなたは、何者?」
「それは私の質問でもあるね。まあ、いいか。私が名を名乗ったところできっと君は何も分からない」
「笑顔をちょっと消すだけであの緊張感が出せる、ってことは知ってるよ」
「あははは、そうだね。私の名前はオルコ。オルコ=デイズアーグ。遠慮なくオルコと呼んでくれて構わない。そうだな……魔導士さ」
「魔導士」
繰り返すと彼は頷いて、俺の手をとる。
ひやりとした感触が手を包む。
アクセサリがあるからか、力はそんなに強くない。
魔導士、ということはこの世界には魔法が存在する。
うん。本格的にファンタジーだ。
なるほどこの装飾や服装も納得していいだろう。
同時に、ここは異界ではなく、異世界なのでは? という疑問がふっと湧いてきた。
小説や漫画でよく読む奴だ。基本的にファンタジーな世界なら、そう呼ぶ方がいいのかもしれない。
「それじゃあ、君の名前を聞かせてくれるかい?」
「……乃万」
「フルネームではないのかい?」
「今の俺はこれで全てだよ」
「そうか。君は……学生かい?」
「まあ、似たようなもの。学生でいいよ」
「似たような」
なるほど、と彼は笑った。
ニコニコと細められた目は、彼が本来穏やかだのだと思わせる。
……いやだから。どうしてすぐに彼を信用しようとするのか。さっきの寒気を思い出して否定する。
それに、相手の警戒心を解いて信用を得るのは、どちらかというと俺の能力だ。
でも、今は彼について行くしかない。せっかくの外を知ってる人なんだから。
「それじゃあ、ノマ。まずはお茶にしよう」
とっておきがあるんだよ、と彼は――オルコは嬉しそうに俺の手を引いた。
□ ■ □
石の階段を登る途中で。ふと、オルコの手を見た。
きれいな石や細工のアクセサリで飾られた手は、男性らしさはあるけど細くて白い。その色の白さは、袖口の黒で際立つ。
さっき握った手の感覚を思い出す。
彼の手は冷たかった。血色は悪くないのに、体温とか生気とか、そういうものを感じなかった。
彼は魔導士だと言ったけど。
きっと死んでいる。
どうして死んだのか。死んだのなら、なぜここにいるのか。
話してくれるのだろうか。
話には裏があると言っていた。
けど、与えるとも言った。
この魔導士を名乗る死者は、俺に何を話し、与えるつもりなんだろう。
そんなことを考えながらも、俺は素直に引きずられていった。
ニコニコしてるけど強いのっていいですよね。
ノマはフルネームあるけど、あんまり名乗らない。