座敷童、異世界への第一歩を無自覚に踏み出す
学校の怪談も、異世界転移というものをするらしい。
そこで世界の平和を任されるとか、考えたこともなかった。
学校という敷地の中で、その繁栄をささやかに支えてきた座敷童が、その枠を世界に変えることになるなんて。
壮大すぎる。正直荷が重い。
なので、手始めに旅をすることにした。
「ノマ、この世界はどうだい」
にこにことした笑顔を崩さない魔導士の声がした。
俺は小さくため息をついて、答える。
「まあ、悪くないよ」
今日はいい天気だし。風も心地いい。
旅に出るには、きっといい日だ。
□ ■ □
「……うぅ」
目が覚めたら、知らない場所だった。
背中に当たる床は冷たく固い。
「……失敗したかなあ」
頭をさすりながら起き上がる。頭痛はするけどコブはない。
眼鏡がない。視界が悪いけど、まあ、怪我はないから良しとしよう。
早く眼鏡を見つけて仕事をしなくては。
俺の仕事は「学校の怪談の管理」だ。
学校の怪談。生徒がクラスメイトや先輩後輩と共有していく噂話。その中でも、怪談やオカルトに属する物の総称を、俺達は「学校の怪談」と呼んでいる。
そんな「噂話」に過ぎない怪談は、イメージや逸話がある程度共有されると「実話」になる。尾ヒレとか根とか葉とか、そんなのがついて「本物」になる。そうすると、学校内で自由に活動ができる。
自分の元になった話に沿って、生徒と関わるも良し、気ままに過ごすも良し。
ただし、「生徒に危険が及ばないこと」が絶対条件だ。
安全ならばそれでいい。
危険ならば、それなりの対応が必要になる。
具体的には説得、退治、封印とか。まあ、そんなの。
そんな風に怪談が統括・管理されているということは、それを行う誰かーー管理者が必要になる。
もちろんそれも、学校の怪談だ。
学校の長い歴史を見守り、平和を守る存在。
名を、座敷童という。
怪談の中には「異界に通じる」系がいくつかある。階段とか鏡とかが入り口になってることが多い。
もちろんこれも調査対象だ。
生徒が踏み入ることはないはずだけど、存在する以上絶対はない。
そんなわけで。
今日はその調査をしようと足を踏み入れた結果が、今。
入口を開いたのはいい。中を覗いた瞬間、頭が眩んだのも覚えてる。
気を失って異界に落ちるとか不覚にも程があるけど、起きたことは仕方ない。
後悔は手短に。思考と気分を切り替えて、仕事に戻る。
俺の真上に設置されている小さい石が、暖かい色の光を灯している。同じ石が壁にいくつか並べてあって、近づくとぽっと光った。離れると、1分くらいで光は弱まり、消える。
明かりをいくつか灯して部屋の全体を把握する。
石でできた床と壁。窓はないけど、木の扉がひとつあった。眼鏡も転がっていたので拾う。
薄暗くて湿度が異常に高いというのが異界には多い。下手すると床が水浸しでカビ臭いこともある。けど、この部屋はそれがない。珍しい。
薄暗く湿気は少ない。むしろ過ごしやすくすらある。
壁に幾何学模様のタペストリーがかけられているけど、物はほとんどない。隅にいくつか箱が積まれているくらいだ。箱の中を見てみたけど、見知らぬ道具や本が詰まっていた。
「……異界にしては作りがしっかりしてるな」
ざっと見ただけだけど、曖昧な部分がなかった。てるてる坊主が壁に半分埋まってたり、天井に椅子が置いてあるみたいなおかしなところもない。部屋として成立している。
一通り見終えて、木の扉の前に立った。
外につながる出入り口はここしかない。
「うーん、ここ、広いのかなあ」
広さは時に脅威となる。
何か居たりしたら危険度は増すし、そんな所に生徒がうっかり迷い込んだりしたら、大騒ぎだ。
万が一。万が一にもそんなことがあった場合、助けに行くのは俺達だ。内部はできる限り把握をしておかなきゃいけない。
広ければ広いほど、探索にも時間がかかる。今日中に終わるかなあ。
まあ、あれこれ悩んだところで調査が進む訳じゃない。
このドアの先が安全かどうかを調べるのが俺の仕事。
早く調査を終えて学校に戻ろう。
小さく指を弾いて、500円玉サイズの小さな板が作れるのを確認する。想定より小さかったけど、使えなくはない。良しとしよう。
異界は何があるか分からない。攻撃か防御か、どちらかができないと消滅だってありうる。あんまり得意じゃないんだけど、これだけでもないよりマシなんだ。
「よし」
この先に何が待ってるのか。
期待少々不安多めでドアノブに手をかけようとしたその時。
ドアが突然開いた。
「う、わ!?」
思わず一歩下がると、床の出っ張りにかかとを引っ掛けて尻餅をついた。
その拍子にまた眼鏡がどこかにいった。待って。ないと色々困る。
近くに落ちてるだろうと手探りで探すより先に、ぱちん、と指を弾く音がした。
途端に全ての明かりが灯り、部屋がぱっと明るくなった。
顔を上げると、人が立っていた。
肩で緩く揃えた黒い髪。細い目。男性のように見えるけど、どっちかと言われるとよく分からない。顔はきっと女子が見たら悲鳴をあげるし、男子が見たら見惚れるだろう。
スーツではない。制服でもない。ハイネックのインナーから上着まで、刺繍や金属、石の細工で見事に飾られている。そう、例えるならファンタジーや民族衣装。
俺の学ランとは装飾の度合いがかなり違う。
そんな誰かは、落ちていた何かを拾い上げ、にこりと笑った。
「これ、君のかい?」
「ああ、はい……」
立ち上がって、眼鏡を受け取る。
かけると視界はとてもクリアになっ……。
「?」
拾ってくれた人を見る。
さっき見た姿と変わらない。
眼鏡を外してみる。
周りはぼやけているけれど、不思議とその人だけははっきりと見えた。
警戒を強める。
異界で人に出会うと言うことは滅多にない。迷い込む人もいるし、その成れの果てがいることもある。
けど、この人はそうでもないようだ。
それに、視力の悪さに定評のある俺が眼鏡なしではっきりと姿を見れるなんてあるはずがない。
それはつまり、人間ではない。
しかし、こんな服見たこともない。迷い込んだ人という可能性もあるけど、この落ち着き方。可能性は低いだろう。
眼鏡をかけ直して、その人を見上げる。
「……何者?」
「おや、物怖じしないんだね、君」
声で男性だと確信する。
彼は、俺の言葉に気を悪くした様子ひとつなく答える。むしろ、口に手を当てて、考え込んでいる。
「そうだなあ……何と言えばいいだろう。ちょっと考えさせて。それより――」
「?」
どういうことだ、と首を傾げようとして。
ぞわ、と悪寒がした。
「君こそ何者なのさ」
「――っ!?」
そう言って俺を見下ろす目は。
さっきみたいにニコニコしてなんかなくて。
赤く光る目が、俺の視線を射抜いていた。
学校の怪談を異世界に飛ばしたくなったんです。
よく考えなくても座敷童を男子高校生にしがち。