94.探知魔道具と魔物肉
巡礼の旅は一人前の神官や巫女になるのが目的の旅である――が、そもそもこの旅での私の目的は地球で私を殺した行方不明の鼠人、魔将ベンプレオを探すことである。巡礼の旅は都合が良いから行っているだけで、私自身の主目的を履き違えてはいけない。
と、いうわけで、私は旅の前に鼠人パレトゥンさんからある魔道具を譲り受けた。
両手くらいの大きさの円盤で、表面には放射状に宝石の粒が埋め込まれたもの。中央のカバーを外すと中にはパレトゥンさんの毛が入れられており、この毛を媒体にして鼠人という種族そのものを探すのだ。
使い方は魔力を流すだけ。……と言っても私は魔力を感じないので、適当な魔法を放つイメージをするのだけれど。そうすると、中央から外側までの宝石がまず直線状に光り、それがグルっと時計回りに一周、鼠人が存在すればその方角と位置に該当する宝石が一定時間点滅するという、まんまレーダーみたいな魔道具である。距離は流した魔力に応じて変わり、あまりに大量の魔力を流すと王都から離れたこの位置でも、王都に居るパレトゥンさんが反応するので要注意だ。
ちなみに中央に入れる物を変えれば、入れた物に準じた探知が可能である。……あれ? これムチャクチャ有用では? 毒キノコに似た食用キノコの探知に使えたりとか、漁船で魚群探知に使ったりとか、事前に魔物や野生動物の位置を把握して危険を避けたりとか。
使い方次第で無限の可能性が広がる気がする。
「お姉さま、今日も反応無しですか?」
「うん。まぁそう簡単に見付かるとも思ってないから、地道にやっていこう」
ウィリアラントさん以外の皆には私の本当の目的を言うわけにはいかないので、学園長の要請でベンプレオの捜索に協力していると伝えている。
旅に出て数日、毎日魔道具で広範囲を探知してはいるが、いまのところ鼠人の反応は無い。
「アニス、タロモネーがいました。あの魔物の特徴は覚えていますか?」
御者台に乗るパラデシアが指差す先に、見た目と大きさは兎、しかし腰には羽根が生え、前足が捻れた太い角のようになっている魔物がいた。
「えーっと、タロモネーは一匹なら弱いですが、群れだと非常に厄介な魔物……でしたよね? 倒す時は他のタロモネーがいないかよく索敵してから倒さないと、群れに襲われて危険になるとか。本能魔法は軌道変更。群れに襲われた際、多方向から予測不能な軌道で突進され、関節がないかわりに硬いあの前足で攻撃を食らうのはできるだけ避けること……と覚えています」
「よろしい。ではアニス、あの魔物を倒してみましょうか。周りに別のタロモネーは確認できませんので、群れに襲われる危険はありません」
「またですか!?」
私が魔物退治に参加するのはパランケントの一回で終わり、というわけにはいかなかった。一回やれたのなら次もやれるだろうと、魔物が出るたびに私が退治させられているのである。要するに、この機会に慣れろということだ。
魔物とはいえ、なるべくなら生き物を殺したくはない。血も見たくない。考えに考えた私は、昔使ったあるスキルを思い出す。
精神の切り替えである。
無惨な姿になった森の魔物を見たせいで肉類を食べれなくなった時、「私は小野紫」と強く意識することで、肉料理をなんとか食べれるようになったあのスキルだ。
その精神の切り替えを、今度は逆の「私はアニス」と強く意識するのである。
この世界の人間はお肉が主食だ。食べないと栄養が足りずに死ぬ。なので、生きるために他の生き物を殺すことの重要性を小さい頃から教え込まれる。私の人格が入る前のアニスも当然そう教え込まれており、アプリコ村の屠殺行事にも喜々として参加していた記憶もある。
なので、「私はアニス」ということを強く意識すれば、魔物を殺すことに対して忌避感が薄れると私は考えたのだ。
そして結果は予想通り、あまり抵抗なく殺すことができた。できてしまった。気を抜くと素の私が出てきて嫌悪感が湧き上がるが、強く意識している間は抵抗感が無い。
私は恐怖した。
お肉の時は最初食べる時にしばらく精神の切り替えをしていたが、トラウマを克服した今では切り替えなくても普通に食べれるようになっている。元に戻って万々歳だ。
しかし魔物を殺す度に切り替え続けたらどうなる? お肉の時と一緒で慣れる可能性が高い。つまり、精神を切り替えなくても殺すことに抵抗が無くなるということである。
私が恐怖したのは、もし対峙する相手が人間になったら? ということだ。生き物を殺すことに慣れて、元騎士や元神殿長のような人間に襲われた時、私は躊躇いなく人間に対して攻撃ができるようになっているかもしれない。
それだけは絶対に避けたい。なので私は可能な限り、魔物退治で精神の切り替えをしないことに決めた。
「わたしはもう十分退治したので嫌です!! 次はパラデシア様がやってくださいよ!! ……そういえば私、パラデシア様の攻撃魔法って風で切り裂くシュナイデンしか見たことないんですけど、他に攻撃できる魔法って持ってないんですか?」
「そんなわけないでしょう。誰に対しても手の内を晒さないようにしているだけです。日常的に様々な魔法を使っていると、貴族を狙う不埒者などに対策されかねませんからね。……まぁ良いですわ、今回は貴女の要望ということで、私の別の魔法で退治しましょう」
パラデシアは御者台の上に立つと腰の杖を抜き、宝石をタロモネーへ向ける。少しの時間集中し「プファイル」と唱えると、地面から出現した尖った石が高速でタロモネーに着弾。眉間と後頭部から血を流して即死した。
血を見て一瞬ウッとなったが、それよりも的確に眉間を撃ち抜く精密さに私は驚いた。
「私の魔法の師匠は、精緻な魔力操作で活躍したポートマス神殿長なのですよ。目標とする神殿長に比べたら私などまだまだです」
パラデシアは口ではそう謙遜しつつも、満更では無さそうだ。
パラデシアとカレリニエさんは馬車から降りると、タロモネーの解体を始めた。なんでも角のような前足は討伐証明兼素材になるのだとか。
「あれ? タロモネーの肉は採らないんですか?」
「魔物の肉は基本的に美味しくありませんわよ。パランケントが例外なだけです」
あっ、そういえば村では魔物の肉は忌み嫌われてたな。……ん? パランケントは魔物だけど良いってことは、宗教や文化的なものではなくて、もしかして味の問題?
「魔物の肉は別に禁忌というわけではありません。旅の途中で干し肉が無くなったら魔物を狩って食べることもありますし。村で魔物の肉が避けられているのは、畜産が安定しているからでしょう。美味しいお肉が安定して食べられるのに、わざわざ味の良くない魔物を食べる必要はありませんから」
なるほど確かに、村で肉不足に陥ったことは無い。魔物の肉は不味いという意識があるから、村では食べる物ではないと忌み嫌われているわけか。そうなると、森の魔物の肉を食べたモモテアちゃんはなかなかにチャレンジャーだな……。
「アニスちゃん、次の町が見えてきたわよ。今日はこのナスタティンで一泊するから」
カレリニエさんの言葉で外に目をやると、かなり大きな都市が見えてきた。なんでも東西南北から物が集まる物流の拠点で、商業都市なのだそうだ。
王都ほどではないが大きな門があり、門の前には入場待ちの人が数グループ。私達も馬車で門の前に行き、門番に巡礼の旅の途中であることをパラデシアが伝え、待たされること十数分。
前のグループも入場をすでに終えてやっと私達がナスタティンに入ると、そこは大変活気に溢れた所だった。
ナスタティンは大きいので、本日の宿泊場所は精霊院ではなく神殿だ。活気溢れる街並みを横目にしばらく大通りを進んで神殿へと向かっていると、身なりの良い一人の老紳士が私達の馬車の前に現れた。
なんだこの人物……? 私達の中で誰も面識のない人物なら、パラデシアが一喝するだろう。
しかし、パラデシアが動く様子はなく、先に口が動いたのは老紳士のほうだった。
「アニス・アネス様御一行でございますね。ナスタティンへようこそおいでくだいました。私はアネス商会の使いの者でございます。会長のバラクシス・アネス様がお待ちですので、早速ですがこちらへお越しくださいませ」
は? アネス商会? それって、お父さんの実家だよね?
マズい。非常にマズい。
……バラクシス・アネスは確かお父さんの父親、つまり私の祖父だ。私が天の使いとして有名になってしまったため、親族として接触しにきたのだろう。それは仕方がない。
マズいのは、実家から身を隠してるお父さんの所在が私を通してバレた可能性がある、ということだ。




