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93.巡礼の旅へ

 巡礼の旅とは――見習いの神官や巫女が一人前になるために、この国で神が降り立った場所「聖地」へ赴く旅のことである。

 場所は王都カイエンデから南方にあるサンジェーレ領の旧王都。そこの神殿内に聖地が存在するという。

 旅の間はなるべく魔物を退治し、そして村や町に寄って人助けをおこなうのが巡礼の旅の習わしとなっている。

 一度巡礼の旅を済ませば一人前となるが、巡礼の旅に回数制限等はなく、信心深い者は何度も行ったりしているそうだ。




「ラッティロてめぇが一人前の神官だぁ? どうせ他人の力でおんぶに抱っこされてなったんだろ!! 実力不足のヤツがこの旅に付いてくるんじゃねぇ!!」

「はん!! ロニスンてめぇもアニス様の言動の真意を確認もせず恫喝したって言うじゃねぇか!!  てめぇこそアニス様の旅に相応しくねぇ!! さっさと帰れ!!」


 出発当日、神殿に集合したメンバーのうち、猪人のロニスンさんと豚人のラッティロが言い争いを始めた。仲が悪いのは察していたが、ここまでとは……。


「はい二人共そこまで!! これ以上騒ぐと旅のメンバーから叩き出すわよ?」

「……チッ、カレリニエの顔に免じて今日はこれくらいにしといてやる」

「……ヘッ、アネさんは怖ぇからな。オレもアネさんに免じて許してやるよ」


 二人と面識のあるカレリニエさんがいてくれて助かった。とても頼りになる。

 ちなみにラッティロは純粋にカレリニエさんが怖いだけだが、ロニスンさんはどちらかというと報酬面の心配だろう。何せ神殿が大事にしている天の使いの長期護衛依頼だ。金払いが大変よろしいのである。メンバーから追い出されて報酬がパァになるのは避けたいはずなのだ。


「――ほう、では貴方はあくまで執筆のサポートで、メインはもう一人の方なのですか」

「ええ。彼女は孤児ですが、小さい頃から野山を駆け回っていた経験から、野外での活動に関する発想力が高いようで。ですが万人向けの分かりやすい言葉にするのが少々苦手なので、その点のサポートを俺がやっています」


 こちらはパラデシアとウィリアラントさんの会話。パラデシアはよく旅に出るせいか、自分で購入する程度にはサバイバル教本を気に入っており、その著者の一人となれば当然興味津々といった様子で話しかけている。

 パラデシアは確か平民の魔術士を嫌っていたと思うが、私と付き合ううちに心境の変化があったのか、それともサバイバル教本の著者ということで興味のほうが上回ったのか、何にしてもこちらはさっきの二人と違って問題ないだろう。


「アニス様!! 馬車の準備が出来ました!! いつでも出発できます!!」


 ビシッとした姿勢で報告するアレセニエさん。しっかりしているのは良いが、これはこれで肩肘張り過ぎている感じがする。なので――。


「ありがとう。でもまだ出発もしてないから、もう少し肩の力を抜いたほうが良いよ。アレセニエお姉ちゃん」

「うっ!! 不意打ちはやめてくださいとあれほど……!!」


 たまーにお姉ちゃん呼びして反応を楽し――いや、緊張を解してあげている。私は呼ぶのにもう慣れたが、アレセニエさんはまだ慣れないらしい。


「お姉さま、物資の確認できました。不足はないです」

「モモテアちゃんもありがとう。私が作った宝石ナイフもちゃんとある?」

「ちゃんとここに身に着けてます!!」


 モモテアちゃんは動きやすそうなスカートのスリットを開いて、太ももに装着している数本の私製の宝石ナイフを見せてくる。

 最近分かってきたことだがどうもモモテアちゃん、軽い武器のほうが扱いやすいようなのだ。なのでアレセニエさんの木剣による剣術指導から切り替えて、今は短剣を扱える学園卒業者の神官に教えてもらっている最中である。

 そして私の護衛であるアレセニエさんが宝石剣を持っているなら、私の付き人であるモモテアちゃんも持ってたほうが良いよね? ということで宝石ナイフを作ったのだ。


「ん? 馬車二台は良いとして、御者は? この中で出来る人いるの?」

「一台は私がやりましょう」


 そう言って手を上げたのはパラデシアだった。なんでも「昔、そのうち役に立つかもしれないと思って旅の最中に習った」のだそうで……。本当に旅好きだなこの人。


「もう一台は俺がやる。ただ、昔ちょっと齧った程度だから期待はしないでくれ」


 次に名乗り出たのはロニスンさん。神殿関係者であるカレリニエさんとラッティロに御者を経験する機会があるとは思えないから、ロニスンさんがいてくれて助かったと思うべきか。

 人数減らせば一台で行けるといえば行けるのだが、神殿の虎の子である「天の使い」の護衛がそんな少人数では駄目だろう、という話になるのは容易に想像が付く。私としても身の安全のために護衛は多いほうが良い。


 さて、無事に御者が決まったところで今度はそれぞれの馬車の割り振りだが、これはちょっと揉めた。……主にカレリニエさんが。

 私が乗る馬車には専属であるアレセニエさんとモモテアちゃんは欠かせない。各馬車四人ずつに分かれるとなるとあと一人は必然的に御者となり、御者経験のあるパラデシアかロニスンさんしかいない。そして女三人に対して男性であるロニスンさんは無いということでパラデシアに決まった。ここまでは良い。

 もう一台には残りのメンバー、御者のロニスンさん、ラッティロ、ウィリアラントさん、カレリニエさんとなるが、そうなるとカレリニエさんが紅一点となってしまう。

 「ムサイ男どもの相手するより女性陣に混ざりたい」とカレリニエさんが力強く主張したため、協議の末「女性陣には軽い子供が二人いるし、物資の重量をちょっと調整すれば問題無いのでは?」という結論に至って、カレリニエさんはめでたく私達の馬車に乗ることとなった。


 そんなことがあったりもしたが、ひとまず私達の馬車は無事に出発する。

 王都の中を抜け、門で手続きを済ませて私達は王都を出る。そして整備された大きな街道を進んで行くと――。


「えーっと、確かお父さんの馬車はこの辺から街道に入ってくるから、ここから先は私にとって初めての道だ」


 アプリコ村と王都間の道は整備されていないので、いつも脇から街道に入って王都に向かっているのだ。

 何度か見た景色から見慣れない景色へと移り、これから見知らぬ場所を進むのだということを否が応でも意識させられる。


 新鮮な気分で街道を進み、何度か馬車や歩行者とすれ違い、何事もなく夕方に差し掛かった頃、大きな町が見えた。


「アニスちゃん、今夜はあの町の精霊院に泊まるわよ」

「巡礼の旅の定番ルートですわね」


 王都に近いお陰で発展している町のようだ。聞くところによると、王都目前なのでよほど急ぐ旅でもない限りはここで一泊する者が多く、人も物資も集まるとのこと。

 王都に近いため有用な情報も手に入りやすく、遠方から来た者に必要な情報を売って生計を立てている情報屋みたいなのも居るらしい。

 巡礼の旅の定番ルートというのも発展に貢献しているそうで、私たちみたいな存在は確実にお金を落としていってくれる上客扱いなのだそうだ。


 精霊院に着くと、壮年の女性が対応してくれた。この町の精霊院院長とのこと。

 自己紹介と巡礼の旅である旨を説明し、パラデシアが何か困っていることはないかと聞くと、薬の備蓄が少ないので、もしあれば譲って欲しいと言われた。人助けに関してどういうことをするのか一応事前に説明は受けていたが、なるほどこういうこともするのか。私たちは馬車の物資からいくつかの薬を渡し、本日の宿泊場所を得た。




 翌日。町を出てしばらくした時、街道脇に一匹の魔物が現れた。以前遭遇したことがある肉の塊みたいな魔物、パランケントだ。


「あれって確か人に危害を加えない大人しい魔物なんですよね? 無視して進んでも良いのでは?」

「確かに大人しい魔物ですが、街道沿いに現れたとなれば無視するわけにもいきません。パランケントの本能魔法の特徴は覚えていますか?」

「えっと確か、地面を耕すように流動させて移動している……でしたっけ?」

「その通りです。そしてあのパランケントが街道を横切ろうとしているなら――何が起こるか分かりますわよね?」

「あっ!! せっかく整備されている街道が壊れる!!」

「幸い街道が壊れた形跡はありません。今のうちに退治しておきますよ」


 それからの行動は早かった。前衛が担えるメンバー、ロニスンさんとカレリニエさんとアレセニエさんとラッティロがそのデカい肉の塊みたいな魔物に攻撃を仕掛け、傷だらけになりながら慌てて逃げ出そうとした魔物にパラデシアとウィリアラントさんが魔法で攻撃する――音を微かに聞いた。私は魔物とはいえ殺す場面を見たくも聞きたくもないので、馬車の中で後ろ向きにうずくまり、耳を塞いでただひたすらに終わるのを待った。モモテアちゃんだけは攻撃に参加せず、護衛として側にいてくれたのはありがたい。


 ……そのまま終わってくれれば良かったのだが、しかし現実はそう甘くはなかった。


「巡礼の旅で魔物退治は必須ですよ。アニス、せめて止めは貴女が刺しなさい」

「嫌です!! 私がやらなくてもいいじゃないですか!!」

「相変わらず殺生になると強情ですわね……。ではこうしましょう」


 パラデシアはそう言うと、魔物がなんとか視認でき、魔法がギリギリ届く程度の位置まで馬車を進ませる。

 確かにここまで離れれば、あまり血とかを見ずには済みそうだが……。


「あの魔物は放っておいてももうすぐ死にます。むしろ慈悲だと思って、ひと思いに殺してあげなさい」

「それで殺せたら苦労はしません!!」

「ではアプローチを変えましょう。パランケントの新鮮な肉は大変美味です。私達ではあの巨体を切り分けるのは大変ですが、アニスの魔法なら苦もなく切り分けられるでしょう」


 ぐっ……肉が美味しいと言われるとちょっと心が揺らぐ。


「あの巨体ゆえ、数人がかりでなければ狩ることは出来ません。普通はなかなか手に入らない肉ですので、次の町で売ればそれなりに利益が出ますよ。私たちや町の者は美味しい肉を食べることが出来、お金も手に入り、魔物退治の要件を満たし、街道を守るという人助けをおこなえる。まさに蛙の飛び込みです」


 「蛙の飛び込み」とは王宮語だ。蛙が着水する時は水しぶきをほとんど出さず波紋だけを広げることから、少ない労力で大きな効果を見込める時に使う言葉である。ことわざで言えば一石二鳥みたいな感じだ。


 私は散々迷ったが、最終的には根負けした。

 馬車の中から遠くに見える魔物に対して、パラデシアが使っていた風魔法「シュナイデン」を放つ。そして着弾を確認する前に目をつむり、それ以降の処理はメンバーに任せた。


 その日の食事に出てきた肉料理に対して私は複雑な心境になるも、しかし悔しいが大変美味しくてキレイに平らげてしまった。

 こんなに美味しいなら、以前遭遇した時に狩っても良かったかも、と一瞬でも思ってしまったのは私だけの秘密だ。

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