92.私的なお茶会
「ガレロスティーニはあれでも有能ですからね。女癖の悪さは相当ですが……いえ、彼は本気で全員を愛そうとしていますから、女癖が悪いというのもまた違うのかしら?」
とルナルティエ第二王女殿下、通称無垢姫はそうのたまう。
ここは離宮の一室。今回は王女の私的なお茶会として、お招きを受けている。
「こうなることがわかっていましたから、できるだけアニスと兄を会わせたくなかったのですが。私の力不足で申し訳ありません」
「犬の嗅覚から逃れるのは至難ですからね。ですがパラデシアが機転を利かせてくれて助かりました。わたくしの庇護下にあるアニスに手を出した報いを与えねばならないところでしたから」
「恐れ入ります」
おっ、久し振りの王宮語だ。「犬の嗅覚から逃れるのは至難」とは、逃げられない運命とか、避けることの出来ない事態とか、絶対に何かが起こる状況の時に使う。まぁ今回は状況が状況なだけに、非常にピッタリな言葉になってしまっているが。
ちなみにあのあと、ガレロスティーニとの決闘に勝利した私は、パラデシアの提案で「私に用がある場合はパラデシアか神殿の許可がなければ応対しない」という約束を取り付けた。これで余程のことがない限り自己陶酔ロリコン貴族と顔を合わせることはないので一安心である。
それと王女の庇護下にある私に求婚したガレロスティーニ、王女を通さずに無断で求婚するのは結構マズいことなのだが、そこに決闘が関わってくると、王族でも介入しにくい、正式な個人間の約束になるのだそうだ。さらに、貴族同士なら決闘は大変なオオゴトだけれど、私は貴族じゃないのでそんなにオオゴトにならないっぽい。
つまりガレロスティーニ……というかプルーメトリ家の地位と名誉を守るなら、あの決闘が最適解だったということだ。パラデシアはそこまで考えて立ち回ったというわけである。
ついでに、「天の使いに決闘を挑んで負けた」という汚名が少々広がるも、「神の怒りすら恐れない男」として逆に評判が上がっているそう。……なるほど、無計画な行動に運が味方してるタイプの有能か。でも巻き込まれるこっちとしては堪ったもんじゃないので、やはり近付かないのが一番だ。
「そういえばそろそろ巡礼の旅なのでしょう? パラデシアも一緒に行くのですか?」
「はい。アニスは私の教え子ですし、神と精霊の信徒として、見習い巫女を導く義務があります」
「とか言ってますけど、本音は違いますよね? パラデシア様」
「……まぁ、家に居るより旅をしてるほうが性に合っていますからね。私の場合は」
そう、巡礼の旅に出る予定の日が近付いている。もうすぐ私が神殿に入って半年が経とうとしてるのだ。
「アニス、パラデシアの他にメンバーは決まっているのですか?」
「だいたい決まりました。まずはそこの二人ですね」
「アニスの盾であるアレセニエと、魔力感知要員としての……確かモモテアでしたね」
私の後ろに控えていた二人が王女に跪く。アレセニエさんはさすが元騎士見習い、この辺の作法はスムーズにおこなう。対してモモテアちゃんは緊張のあまりガッチガチだ。まぁ王族の前だしね。これから付き合いも長くなるだろうし、これを期に慣れてもらうしかない。
「他にはワニ人の神殿巫女カレリニエさんと、傭兵として雇うことが先日正式に決まった猪人のロニスンさんですね。亜人調査隊のメンバーで気心が知れていますので安心です」
「バントロッケが集めた調査隊のメンバーですか。その者達は信用できるのですか? バントロッケ」
「ハッ!! カレリニエはアニスを非常に可愛がっておりましたし、ロニスンも性根は真っ直ぐな性格なので、その点については安心できるかと」
王女の後ろに控えていた鳥人バントロッケさんがそう答えた。
どうやら、王女の護衛が務まるレベルの実力をなんとか身に付けることが出来たらしい。
お茶会前に挨拶して少し雑談したが、元気そうで何よりだ。
「それと、どうしても付いていきたいと言うので神殿神官のラッティロが――」
「――わたくしがアニスに下賜したドレスをボロボロにした豚人の名ですね」
王女の目がスッと細まる。ヒィッ!!
「……ですがまぁ、その件はアニスが咎人の紋を刻み、直接許したと聞いていますから、わたくしから言うことは何もありません。いまだに少々腹立たしくはありますが」
そう言いながらお茶を口に含む。……ふぅ、何事もなくて良かった。私も彼に対して腹立たしさは残っているが、しかしこれ以上ラッティロの身に何かあると、さすがに可哀想に思ってしまう。
「ラッティロでしたらその件以降アニスに心酔してるようですので、王女殿下がご心配なさるようなことは起こらないでしょう。あの変わり様は私も目を疑いました」
「パラデシアがそう言うなら問題無さそうですね」
……なんか、旅のメンバーを第三者の意見を交えて査定されてる気がするなぁ。いや、実際にそうなのかも。王女からしたら私の安全確保は最優先だろうし。
「あとは本がきっかけで知り合った、国所属の魔術士ウィリアラントさんがいますね」
「その名は初めて聞きますね。パラデシアは知っていますか?」
「傭兵、魔術士両協会でここ最近人気になっているサバイバル教本、その著者の一人ですわね。私も本は持っていますが、人物については存じ上げません。アニス、その者とはどうやって知り合ったのですか?」
ギャーヤバい!! 完全な不意打ちの質問!! 前世の兄の知り合いでした、なんて馬鹿正直に答えるわけにもいかないし、ここは即席で誤魔化すしかない!!
今こそ唸れ、吼えろ、轟き叫べ!! 私の灰色の脳細胞!!
「えーっとですね、立ち寄った本屋で偶然私もサバイバル教本を買いまして、こんなサバイバル手法をどうやったら思い付くんだろうと非常に興味をそそられたんですよ。なので直接著者に会いに行って話をしてみたら会話が弾みまして、その縁で今回の旅のメンバーに誘い、了承を得ました」
嘘はついてない!! ほとんど嘘はついてないよ!! こんな(地球とまったく同じ)サバイバル手法をどうやって思い付くのかと実際興味をそそられたし、直接会って(兄に関する話で)話が弾んだのも事実だ!!
「……我が国所属の魔術士なら身元の確認は容易ですね。ですがアニスに何かあるといけません。念のため身辺調査をおこなっておきましょう」
うっ、そう来たか……。ウィリアラントさんにはちょっと悪いことしてしまったかなぁ。いやしかし、この状況を避けることは出来そうになかったし、諦めるしかない。
彼が私の秘密を暴露するようなことはないと思うが、本人の意志とは関係無くどこかでボロが出ないとも限らない。私が今言った説明も含め、矛盾が起こらないよう詳細な口裏合わせは必要だ。あとで寄って行こう。
「となると、アニスを含めて八人ですか。なかなかの大所帯ですね。旅程や物資の確保はどうなっているのですか?」
「物資は神殿側で全て手配してくれています。神殿が用意してくれた馬車に乗り、ここ直轄領から南東に行ってポリウセ領に入り、ラックナック山を迂回して旧王都のあるサンジェーレ領へ、という感じですね。帰りは海沿いを行き、サンジェーレ領から王都カイエンデに戻ってくる予定になってます。神殿長からは一ヶ月程度と聞いていますね」
「一ヶ月ですか……。人数が多いとはいえ、やはりアニスの身が心配です。バントロッケ、付いて行ってあげなさい」
「えっ!? 私が!? 本気ですか!?」
「冗談です」
冗談かい!! マジで私もビックリしたんだけど!! もし本気だったら、王女の護衛の穴埋めの心配とか、人数増加による物資の再申請とか、報酬の計算しなおしとか(神殿外のメンバーには神殿と私からの依頼報酬制)、面倒事が増えるからかなり焦った。
「そういえば今月はアニスの誕生日があるのでしたね」
「はい。誕生日を迎えるのは残念ながら旅の最中になってしまいますが」
「出来たら当日に盛大なパーティーでも催したかったのですけど、致し方ありませんね。代わりと言ってはなんですが、贈り物を用意しました」
王女の言葉に侍女が運んできたのは、一着のドレスだった。
一見派手さはなく、地味というほどではないが、王女が贈るドレスとしてはシンプルなほうだ。
「アニスが今使っている戦闘用ドレスは八歳用にお直ししたものでしょう? さすがにそろそろ窮屈になってきているのではないかと思って。友達として、受け取ってくれるかしら?」
戦闘用ドレス!! 確かにそろそろキツくなってきたので新調しようかと考えていたところだ。
「ありがとうございますルナルティエ様!! このプレゼントは大変嬉しいです!!」
「喜んでもらえて何よりです。早速着てもらえないかしら?」
ということで王女の侍女に連れられて別室でお着替え。
着てみると普段のドレスより若干重いが、サイズはどこもかしこもぴったりフィットだ。今の私……実は普通の十歳少女より胸が出てきてるんだが。それ自体は喜ばしいことなのだけれど、何故王女が今の私の胸のサイズを正確に知っている!?
「――モモテアが毎日貴女の身体を見ているでしょう。私がモモテアからサイズを聞いて、王女殿下の協力要請で情報としてお伝えしただけです」
と、私の疑問にパラデシアから非常に納得のいく解答をもらった。まさかこんな近くに内通者がいたとは……。
「わたくしからの贈り物に不備などあってはいけませんもの。アニスは旅の道中、そのドレスをなるべく着ておくように。重いぶん、防御力は高いのですよ?」
「私があげた手甲と合わせれば、装備は問題無さそうですね」
「ありがとうございます。存分に活用させていただきます」
ちょーっと心境は複雑だが、嬉しい贈り物なのは間違いない。巡礼の旅は魔物退治も必須だし、ありがたく使わせてもらおう。
「友達として贈り物をしたとあれば、そろそろ次の段階に移っても良い頃でしょう」
次の段階? 一体何の話だ?
「アニス、これからはわたくしのことを愛称で――ルティと呼んでくださいな」
「愛称ですか……えっと、ルティ様?」
「様はいりません。友達なのですから、そのままルティと呼んでください」
「いえ!! さすがにそんな不敬なことは出来ません!! ルティ様呼びで勘弁してください!!」
「もう、仕方ありませんね」
膨れっ面になる王女には悪いが、王族を呼び捨てとか御免被る。たとえ王女が許可したとしても、王女を呼び捨てにしているのを他の人が聞いて、不敬だと思われるのはあまりにリスクがある。私はなるべく平穏に過ごしたいのだ。
そんな感じでその日のお茶会を楽しく過ごす。
そして、私の巡礼の旅の日が着実に近付いていった。




