89.降って湧いたサイエンスフィクション
部屋の中に入れてもらった私は、軽く周りを観察する。中はそこそこ広く、部屋数も三~四室くらいありそうだ。
ダイニングの椅子に座って待つように促され、女性は一旦部屋の外へ。しばらく待っていると、一人の男性を連れて戻ってきた。
二人はダイニングテーブルの私の向かい側に座る。
「色々と聞く前に、一つテストをさせてもらうわ。ウィル、アレ出して」
無造作な茶色の短髪に少々吊り目気味のウィルと呼ばれた男性が、懐に手を伸ばす。そして手の平に乗せられていた物は――プラスチックと金属の部品で構成された、この世界にはまず存在しない道具。
「これが何の道具か――」
「なんでライターがここに!?」
私は驚きながら身を乗り出してそれを見る。手の平に乗る小さな長方形の道具、先端が金属で、ギザギザの回転する金具があり、それに隣接する押し込みボタン。これは間違いなく、ライターだ。
私の驚きようにテーブル正面に座る二人も驚く。
「――えっ!? この子、今ライターって言った? これの正式名称って確か……」
「ヒャッケンライター、だったはずだ。……これはもしかしたら、本当にオノ・リョーヘイのことについて知っているかもしれないぞ」
ヒャッケンライター? あぁ、百円ライターか。馴染みのない単語だから間違って覚えているのだろう。
兄のことを私が知っている、と二人が確信したように、私も確信した。この二人は間違いなく兄に会っており、おそらく兄からライターを貰ったのだ。
「ダメ押しにもう一つテストさせてもらおう。この道具のことを知っているなら、何をする道具なのかも知っているはずだ」
「何をって……火を点ける道具です。ギザギザの丸い金属部分を回転させながら指でボタンを押し込むと、可燃性のガスが火花によって引火して、安定した火を点けることが出来る、ですよね?」
男性が持っているライターを二人は凝視しながら「合ってる?」「あぁ、使い方は完璧、仕組みも以前聞いた説明とほぼ同じだ。間違いないだろう」といった会話を交わす。
二人は納得したようにお互い頷くと、私の方を向いて自己紹介を始めた。
「さっきは失礼したわね。私はマカデミル・クルーツ。元傭兵よ」
「俺はウィリアラント・ダラベット。協会所属の魔術士だ。以前は俺達二人で組んでいたが、今はフリーで活動している」
二人はどうやら仲間とか相棒的な関係っぽい。カップルではなさそうだ。
二人が自己紹介をしたのなら、こちらも名乗らねば。
「私の名前はアニス・アネスです。神殿所属で、なんの因果か天の使い、なんて呼ばれてます」
「知ってるわ。貴女有名だもの。それでさっそく本題に入りたいんだけど、まず貴女とオノ・リョーヘイの関係について教えてくれない?」
ズバッと来るなぁ。まぁ話を進めるためには、私の秘密をバラさないことにはどうしようもない。なのでごく一部の人しか知らない私の秘密を、私は躊躇いなく口にする。
「そうですね。私の身体はアニス・アネスですが、中の人格は小野良平の妹、小野紫です。なので小野良平は私の兄になります」
「…………は?」
「…………え?」
「――すると君は元いた世界で存在しないはずの鼠人に殺されて、こっちの世界に転生したということか!? まさかオノ・リョーヘイの関係者とこんな形で会うことになるとは……」
「それも驚きだけど、私としてはオノが名字だということが衝撃だわ。リョーヘイ家のオノじゃなくて、オノ家のリョーヘイだったのね……。さすが異世界……」
驚くところそっちかい!! ――というツッコミは飲み込んで、二人の混乱が落ち着くのをしばし待つ。
二人が落ち着いたところで、今度は私が質問をする。
「今度は私が聞く番です。兄とはいつ、どこで、どうやって知り合ったんですか?」
私の質問に対して、ウィリアラントさんが話し始めた。
「あれは今から――六年前だな。俺が二十歳の頃だ。マカと組んで二年ほど経った時だったな」
「私はその時、確か十四だったわね」
えっ!? 十四の時にはもう傭兵やってたの!? 傭兵なるのに年齢制限とか無いのだろうか……いやいや、そこは本題じゃない。続きを聞こう。
「根無し草の旅でたまたま立ち寄ったブリッツワー国の、人が立ち寄らない岩山の奥深くで、古代文明の遺跡らしき物を発見したんだ。俺達はお宝がないかと思ってその遺跡に入ってみたんだが、奥には大きな宝石が鎮座していてな。しかしその宝石はお宝なのではなく、一種の転送装置だった」
転送だって? そんな技術がこの世界にあるの? しかし普及している様子がないので、失われた古代技術か何かなのだろう。
「飛ばされた先はまったく知らない、この世界とは完全に異なる別世界だった。オノ・リョーヘイ達も同じような境遇で、俺達はそこ――仮に第三世界とでも呼ぼう。そこでオノ・リョーヘイとフジタ・ハンジロウの二人に出会ったんだ」
地球で第三世界と言えば違う意味になるが、まぁそれはどうでもいい。
しかしなんとも荒唐無稽な話だ。この世界でも地球でもない、まったく別の世界に飛ばされた? 兄が? そんな話、兄から聞いたこともないんだけど。……いやまぁ実際に日本で聞いてたら「頭大丈夫?」って言ってしまうだろうから兄も言わなかったんだろうけど。
「ちょっと話は逸れるが、その転送装置の周りを、不思議な文様が描かれた帯のようなものが二重になって回転していたんだ。その文様がこれだ」
ウィリアラントさんが再び懐に手を伸ばすと、文字が書かれた羊皮紙を取り出した。――そう、文字。シエルクライン語ではない。ブリッツワーという国の言語は知らないが、その国の言葉でもないと断言できる。なにせこの文字――日本語だった。
「『システムエラー発生中のため、機械技師を緊急募集しています。ご了承頂けましたら、宝石に触れてください。こちらは別……』までは読めますね? えっ? なんですかこれ? 求人広告?」
この世界で日本語を見るなんてまったくもって予想外だし、魔法のあるこの世界でシステムエラーとか、機械技師とかいう単語が出てきても完全に意味不明だ。
「やはり君は読めるのか……。あぁこれは、書き写している最中にマカが宝石に触ってしまって続きが書けなかったんだ。その文字の意味は俺達も知らない。知らないが――シエルクライン語で書かれたほうの宝石を、君の兄であるオノ・リョーヘイは見ているはずだ」
……ん~? ちょっとどういうことだ? 聞けば聞くほど謎が謎を呼んで、まったくもって話が繋がらない。たぶん今、とても衝撃的なことを聞かされているのはわかるのだけど、わかるのは本当にそれだけだ。
「あの、さっぱり意味がわからないんですけど……」
「う~ん、俺達も何から何まで理解しているわけではないからなぁ」
とりあえず今までの話を整理しよう。
ウィリアラントさんとマカデミルさんは旅の道中で、日本語で書かれた帯が回転する宝石とやらを発見するも、それは転送装置で別世界、第三世界に飛ばされてしまった。で、その第三世界で私の兄達と出会って、聞けば兄達も同じような境遇に遭ったと。
「――ということは、地球にそのシエルクライン語の宝石があったってことですか? 兄はそれに触れて別世界に飛ばされた、と?」
「そういうことだ。オノ・リョーヘイからやけに緻密な絵、確かシャシンと言っていたか? それに描かれた、シエルクライン語の帯が回る宝石を見せてもらったからな」
見せてもらった写真には『魔術士を緊急募集』と書いてあったそうだ。……つまりその転送装置とやら、地球にあるべき物がこっちの世界にあり、こっちの世界にあるべき物が地球にあったわけか。設置場所が逆!!
なんでそんな物が地球に存在していたのだろうか? という疑問が当然湧いてくるが、ここはひとまず話の続きを聞こう。
続きを促すと、それは一つの物語と言っても差し支えないものだった。まったく知らない別世界へ飛ばされた先の、鬱蒼と茂った森の中で邂逅する四人。見知らぬ化け物を協力して倒したり、道中は兄達の道具や知識、ウィリアラントさんの魔法やマカデミルさんの力に助けたり助けられたり、時には意見の違いで仲間割れがおきたりするも、最終的には転送装置を送り込んだ存在に辿り着いた。
「――魔法キカイ? というもので構築された、マザコンペータ? だったか? 自己判断する非生物と説明されたが、今でも理解できていない。とりあえずそいつが、俺達を第三世界に転送した首謀者だった」
マザコンなんだって? マザコンペータ……マザコン、ペータ……マザ、コンペータ――あぁ!! マザーコンピューターか!! ……いやいやいやいや、無茶苦茶SFじゃん!! 剣と魔法あふれるファンタジー世界かと思ったらSFが混ざってきたぞ!! どうなってんのこの世界!!
くそう、無茶苦茶気になるけど、まずは最後まで話を聞かないと。
「そいつが言うには、自己修復できないほどに損傷しているため、俺達に修理をして欲しいということだった。魔法に関しては俺の領分だったが、キカイの部分に関してはオノ・リョーヘイが受け持つことになった」
なるほどちょっと理解できてきたぞ。つまり魔法技術と機械技術の融合した、魔法機械で動作するマザーコンピュータが別の世界にあって、どういうわけか自分では修復不可能なほどの損傷したため、魔法文明のこの世界と、機械文明の地球にそれぞれSOSを送った、ということのようだ。損傷のせいで送り先が逆になるも、運良く魔法を操れるウィリアラントさん一行と、多趣味で機械いじりも出来る兄が転送されてきたため、損傷の修復に取り掛かれた、ということのようだ。
「修理はなんとか無事に終えて、そいつの力でそれぞれの世界に戻してもらうとなった時、侵入してきた化け物がオノ・リョーヘイの修理箇所を壊してしまってな。転送までもう時間が無い中、フジタ・ハンジロウが転送装置から離れて、破壊された場所を繋ぎ直したところで俺達は元のこちらの世界に戻ってきたんだ。……なのでこれだけは君に聞いておかねばならない」
ウィリアラントさんは一呼吸置いて、私に尋ねた。
「フジタ・ハンジロウとオノ・リョーヘイは無事に元の世界に戻れたのだろうか?」
……そうか、そういうことか。サバイバル教本の一ページ目に『フジタ・ハンジロウとオノ・リョーヘイに捧ぐ』と書いてあったのは、二人の無事を祈ってのことだったのだ。
フジタ・ハンジロウさんについてはわからないが、兄なら私が地球で殺される数日前にも会って……あれ? ちょっと待った。
「すみません、その前に一つ。その冒険譚、何年前って言いました?」
「六年ほど前だが?」
私がこっちの世界に来て二年と少し経っている。この世界の自転速度、公転速度は地球と違うはずだが、計算するのも面倒なのでひとまず大体同じと考えておこう。で、六年から二年差っ引いて、四人が会ったのが私が殺される四年前と考えると……兄は二十六歳で大学院に在籍中だ。
私が日本で殺された時の兄の年齢は三十歳。四年制大学を卒業して修士課程二年と博士課程三年を終えたのが二十七歳。それから考古学者である大学教授の助手として、世界を飛び回ってフィールドワークをしていたので、兄が遺跡のようなところで転送装置を見たというのなら、多分その時のはずだ。
……時間が合わない。
ふと、そこで一つ思い出した。そういえば兄が助手として働いていた大学教授の名前……藤田教授ではなかっただろうか? フジタ・ハンジロウ――藤田半次郎か。一度だけ会ったことあるが、結構我の強いおじいさんだったという印象がある。
そして、私が殺される半年ほど前に、私は藤田教授の遺体のない葬式に出たことを思い出した。
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