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8.閑話 小さき異端者

 私の名はポートマス・ライハネム。アプリコ村の精霊院で院長として残りの余生を過ごしております。孤児でしたので数え年で現在62ですね。


 物心付いた頃から親はおらず、王都カイエンデの貧民街で同じような境遇の子供達と一緒に、その日の食い扶持を漁る日々を送っていました。

 しかしある日、貧民街の区画整理が発表され、このままでは風雨をしのげる住処が無くなり街を出なければならないと皆で絶望していたのですが、私達孤児は区画整理の被害者にならぬようにと神殿に拾われ、その後は神と精霊の信徒になる生活となりました。


 今までの生活から激変したため最初は戸惑いや失敗も多くありましたが、次第にそんな生活にも慣れた頃、私に魔術士級の魔力があることがわかりました。

 カイエンデには大陸最大規模を誇るサクシエル魔法学園があるので、望めばそこに通うこともできましたが、私は拾ってくださった神殿の恩に報いるため、そのまま神殿の務めを果たしながら、魔術士の神官に魔法の教えを請い魔法の術を高めていきました。


 それからは信徒として各地を巡礼し、困っている人を助け、魔法で魔物を退治し、神殿の教えを広めていたら、いつのまにか神官長の地位を頂いておりました。

 しかし私にはその地位は合わなかったようで、神殿の慣例として50を過ぎた神官は地方の精霊院に異動となるのを利用し、この村に来た次第です。


 アプリコ村にきてそろそろ10年、いつでも骨を埋める覚悟をしていたのですが、その覚悟を先延ばしにする必要がでてきました。




 それはある日の朝方、丘の上から火柱が立ち上ったのが発端でした。聞けばブルースの娘アニスが魔術士級の魔法を発動させたとのこと。

 それだけなら村出身の魔術士の誕生として喜ばしいことなのですが、その日の夕方にブルースが訪ねてきたことで、徐々に奇妙な状況になっていきます。


「院長、魔法を使えるようになったことで性格が変化する、ということはあるのでしょうか?」


 私は最初、何を言っているのかよくわかりませんでした。神殿で幾人か魔法を扱えるようになった子供を見てきましたが、魔法を使えるようになったことで徐々に自信を持ったり信仰にあつくなったりすることはあっても、その日のうちに性格が変わるなんてことはありえません。


 あのお転婆を絵に描いたようなアニスが落ち着いている?


 聞いた時は半信半疑でしたが、翌日ブルースと一緒に来たアニスの様子を見て、疑いはより深いものとなりました。放っておけば礼拝堂の椅子を一列づつ端から端へと走り回るようなあのアニスが、大人しくブルースの手に引かれて私の前まで来るではありませんか。

 魔術士級の私がアニスに魔法の扱い方を教えて欲しい、という相談でもありましたから、このまま魔法の勉強をさせようと声を掛けると「私、頑張って魔法を勉強します!!」と言いました。


 アニスは今まで自分のことを『アニス』と名前で言っていたのに、今回は『私』。一人称は意識して変えようと思わなければ変わるものではありません。

 いま目の前にいるのはアニスの姿をしたアニスではない者の可能性があります――。


 私は応接室に連れて行き軽く追求してみたところ、なんと前世の記憶を持っているという。

 その後、話や魔法の扱い方を見るに、明らかにこの世界では考えられない、そして信じられないような知識と出来事ばかりになりました。


 特にオリガミという物。紙とは主に情報を記録する物です。羊皮紙ではない大量の紙が、子供の遊び道具になるほど豊富な世界……。それはつまり、世の中に情報が溢れているということを示します。

 そして今まで誰も知り得なかった雨の原理が解明されており、それを12歳前後という明確に決められた時期に教わるというシステム化された教育。雨の原理がその世界では子供に教えるほどに常識と化しており、紙が豊富ならば識字率も相応に高いことは容易に想像できます。


 神の怒り――いえ、雷の原理も解明しており、それを人為的に発生させデンキというエネルギーとして利用すると言っていました。この世界で発表すれば、賢者か異端者と呼ばれかねない知識を知っているにもかかわらず、前世の記憶は学者でもなくただの一般人とも言っていましたので……どうやらアニスの前世というのは、私が想像し得ないほど高度に進んだ文化と文明を持っているのでしょう。


 前世に魔法の概念が無いとの話でしたが、アニスはあっさりと扱えるようになっただけでなく、デンキとやらも扱えるようになりました。

 この世界において、魔法を見たこと無い者が魔法を扱えるようになることはほぼありません。魔法を扱うにはイメージの力が重要で、見たこともない物をイメージできるわけがないからです。

 そして逆に言えばアニスの前世では、そのようなイメージが簡単にできるような世界だということです。火や水ならまだしも、デンキとやら、そして宝飾品としての宝石すら、簡単にイメージできるほど世の中に溢れている世界……!! 戦慄するしかありません。


 行動、言動、知識、魔法。容姿以外では以前のアニスの面影はほとんどありません。いつもは「アニス」と呼んでいましたが、前世の記憶の人物が25歳ということと、おそらくはその記憶によってアニスとは別の人格になっているであろうことを考慮して、今後は「貴女」と呼ぶことにしました。

 あぁですが、それは二人の時のみです。アニスとして生きていきたいという彼女の要望がありますから、他者がいる場合は以前のように「アニス」と呼びましょう。


 何故アニスに前世の記憶が蘇ったのか? どうして今このタイミングで蘇ったのか? などいろいろと興味は尽きませんが、私は今回の件を神と精霊の思し召しだと感じました。

 私の前にアニスという存在が現れたのは、彼女を守り導いて、その知識を世に広めるること。残りの人生を使って私が果たさなければいけない、神と精霊から与えられた使命なのでしょう。

 彼女の知る知識があれば、この世界は間違いなく発展します。彼女の知識はこの世の中のために使うべきです。

 ですが下手をすると簡単に彼女が害されたり、利用されたり、異端視されるのは目に見えています。そうならないためにはこちらの世界の常識と知識をしっかりと身に着け、道を外れないように私が教え導く必要があるでしょう。


 老い先短い中でどれだけのことができるか――と思案していたところ、急激にアニスの中の魔力が膨れ上がりました。

 何事かとアニスを見ると、アニスの全身が何やらうっすらと青白く光り、先程アニスが指の間に出現させたものより太いデンキとやらが、全身から発生しているではないですか。

 アニスはおもむろに走る体勢になったと思ったら、アニスの地面が文字通り爆発。土と砂埃を舞い上げると、一瞬にして視界から遠ざかり豆粒のようになってしまいました。

 一瞬にしてあの距離を移動した!? と驚愕したのも束の間、鈍い音共に地面に倒れ、ゴロゴロと転がったかと思うと、バタバタと手足をバタつかせ、そしてそのまま動かなくなりました。


 私は血の気が引き、急いで駆け寄ってみると、アニスは全身大小の傷だらけで意識を失っていました。

 ポケットに入れていたであろう、先程生成した宝石が周りに散らばり、一見すると儚げで神秘的な空間を作り出していて、しばらく眺めていたい気持ちが芽生えてしまいますが、状況はそれどころではありません。

 すぐに精霊院に戻り、見習い院生に村唯一の医者を呼びに行ってもらいます。その間に誰にも見られないよう宝石を回収して、手近な客間のベッドにアニスを寝かせ、水の魔法で土と砂にまみれた傷の洗浄を丁寧に行いながら医者を待ちました。




 医者に治療してもらいつつアニスの両親に知らせ、私の監督不行き届きを謝罪し、治療の手伝いもやり、治療が完了してやっと落ち着いたのはとっくに夜の帳が降りた頃でした。


 疲れた身体を自室の椅子に沈め、今後のことを思案します。


 ……命に別状がなかったのは幸いでしたが、まずは今回のような事故が起こらないよう、魔法の制御が最優先ですね。私が教えるのはやぶさかではありませんが、彼女の魔法の扱い方は特殊です。アニスの怪我が治り次第、神殿仕込みの私とは違う、私の教え子の中から学園仕込みの誰かを派遣してもらいましょう。

 それから世の中のためになりそうな知識を提供してもらい教え広め……あぁ、10歳になるまでにサクシエル魔法学園への推薦もしなければなりませんね。彼女の魔法では信徒にするには色々と問題がありますし、彼女の立場を有利にするためにも学園の卒業は必要です。


 治療のために食べそびれていた冷めた夕食に手を付け、湯浴みをし、寝る前の礼拝をします。

 アニスの回復と、彼女を遣わしてくださった神と精霊に感謝と祈りを込め、私は疲れた身体をベッドに預けました。

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