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86.用事の消化

 礼拝堂に行かない日は朝から自由に行動できる。

 身体を動かしたくなったり魔法の練習をしたくなった時には、それぞれ専用の場所が神殿敷地内に存在するのでそこに行く。


 魔法の場合は屋内に設けられた魔法修練場。広い室内の様々な所に宝石が設置されており、その宝石に向かって魔法の練習をする場所である。魔法が当たった宝石は当然魔石になるので、そうした魔石は取り外して、王城に設置している明かり用の魔石等として納品しているのだとか。代わりに魔石ではなくなった宝石を回収して、再びこの魔法修練場で活用してリサイクルしているとのこと。神殿の収入源の一つでもある。


 もう一つは屋外にある戦闘訓練場。主に神殿騎士やサクシエル魔法学園で近接戦闘術を習得した魔術士が利用している。


 私がそれらを利用する時は、戦闘用ドレスを着用して魔法の練習したり基礎体力トレーニングやったり。ただ最近、戦闘用ドレスが少し窮屈になってきた。まぁ私も九歳で成長してるわけだし、八歳用にお直ししたドレスが合わなくなってくるのは仕方がない。特に胸が。――胸が!!


 自由なので朝から出かけることもよくある。気ままにショッピングしたり、お気に入りのパン屋さんを見付けたり、『元祖アニスカツ』とか看板掲げてるお店を見掛けて苦笑いしながらスルーしたり。


 王都でやるべき用事もお出かけついでに済ませてきた。

 まずは学園の地下で自ら軟禁状態となっている鼠人のパレ……パレ……パレットさんだっけ? ――が作成している鼠人を探知する魔道具、それが完成したあとの使用許可を、学園長兼探究の魔導師であるハーンライドさんに取らなければならない。

 サクシエル魔法学園に赴いて名前と学園長に会いたい旨を告げると、すんなりと通してくれた。前回の守衛とは別人だったが、どうやら私はお披露目によって貴重な魔導師として知れ渡っており、主要な施設では顔パスで入れるようになっているらしい。

 学園敷地内で学生達に遠巻きに見られていることを感じながら進み、学校の外来受付で用件を述べ、学園長室へ。込み入った話をするかもしれないので、アレセニエさんとモモテアちゃんには部屋の外で待ってもらう。


「おぉアニス殿!! お久し振りですな。神殿への入信、おめでとうございます。して、今日は何用で?」

「えーとですね、学園の地下で会わせてもらった鼠人いるじゃないですか。彼が研究してる鼠人探知用の魔道具、あれを私の巡礼の旅に出る時に使わせてもらえないかと思いまして……」

「そういえば以前、アニス殿はパレトゥン殿に魔石を融通しておりましたな。あれのお陰で随分と研究が捗ったようです。遅まきながら私からも感謝を」


 そうそう、パレトゥンさんだ。彼のお陰で、前世の私を殺した犯人が魔将ベンプレオという人物だとほぼ断定できたし、そいつが地球とこの世界を魔法陣によって繋げられる唯一の人物の可能性がある。私が地球に戻るためには絶対に探さなければならない。そのためにもパレトゥンさんの魔道具は必要なのだ。


「魔道具はほぼ完成しているのでお渡しするのはやぶさかではありませんが、もしよろしければアニス殿が鼠人捜索に加勢してくださる理由をお聞きしても?」


 まぁ私が鼠人を探す理由なんて、他人からしてみればまず有り得ないからね。私の年齢からしても、鼠人との接点なんて持ちようがないし。

 しかしどうしよう? 適当な理由付けで誤魔化してもいいが、なるべく嘘をつかずに、しかし核心部分はボカしながら済ませられないだろうか? 下手に嘘をつくと、あとから矛盾を突かれて更に嘘を重ねる羽目になる、なんてことにもなりかねない。

 なので私は、こう切り出した。


「昔、五人ほどの鼠頭の人達が、魔法陣らしき物を描いている所を見たことがあるんです。パレトゥンさんの話でその人達が魔将ベンプレオ一味ではないかと聞きました。その亜人達と魔法陣が今でも印象に残ってまして、その件があるのでもしかしたら私も捜索のお役に立てるのではないかと……」


 するとハーンライドさんはガバッと立ち上がり「なっ、なっ、ベンプレオを……ベンプレオを見たのですかな!?」と過剰な反応を示した。

 あー、これは迂闊だった。考えてみればベンプレオ、十年以上逃げ回ってる戦争責任者なのだ。その目撃情報がいきなり出てきたとなれば、こんな反応をしてもおかしくはない。パレトゥンさんからも聞いてないとなると、褒美として話した話題は他人が聞いてはいけないのだろう。


「いつ、どこで、何をしていたのか教えてくれませんか!? 彼奴らは是が非でも捕らえなければいけませんので!!」

「いえ、あの、なにぶん昔のことですから、ハッキリと覚えてないんですよ……。建物の中っぽい所だったことだけは覚えてますけど」


 さすがに真実を言うわけにはいかないので、微妙に本当のことを混ぜながら誤魔化す。

 しかしこれほどまでの反応をされるとは。ベンプレオというのはよほど重要な人物なのだろうか?


「あぁ取り乱して申し訳ありません。彼奴とはラリオス滅亡戦争の際、私は一度戦っているのですよ」


 なんと!! ハーンライドさん、ベンプレオとの戦闘経験があった!! つまり因縁持ちというわけだ。それならこの反応も納得である。


「いやはや、私も魔導師としてそれなりに研鑽してきたつもりでしたが、彼奴には手も足も出なかったものでして。彼奴の魔力量がこちらを上回っていたというのもありますが、不可解なことに無詠唱でこちらの魔法攻撃を尽く撃ち落とし、挙句の果てには無詠唱で魔法攻撃まで仕掛けてくる始末。とうとう手の内が分からず勝負になりませんでした」


 ……なにそれ!? 無詠唱で魔導師に勝つ!? 無詠唱だと威力は魔法使い級、範囲も自分の周囲程度でしか発動できないはず。なのに魔導師級の放つ魔法攻撃を防ぎ、それどころか攻撃までやるなんて。カラクリは全然わからないが、とりあえず油断ならない相手だということがわかっただけでも儲け物だ。何も知らずに相対するよりリスクが下がる。


「そんな危険な奴を野放しにしておくのはマズいですね……。やっぱり私が捜索に加わったほうが良いのでは?」

「ふむ、アニス殿ならばあのベンプレオに後れを取ることも無いかもしれませんな。私からも是非、捜索をお願い致します。魔道具については量産化を進めていますので、その一つを差し上げましょう。その代わりと言ってはなんですが――」


 その後、研究と称して私の魔法の使い方、感じ方、イメージ、使用頻度などなど、魔法に関することを根掘り葉掘り聞かれた。1トロン(約2.4時間)ほど経ってなんとか抜け出せたものの、非常に疲れてしまった。

 しかしせっかく学園に来たのだからと、地下にいるパレトゥンさんの所へも足を運ぶ。

 あれからベンプレオに対して何か有益な情報でもあれば、と思って行ってみたが特に何も進展はなく、完成間近な魔道具の進捗状況と世間話、あと以前私が渡した、魔力がカラになっている宝石に魔力を再び込めてあげて今回は御暇した。




 別の日、約二年振りにある人物に会いにいった。

 アプリコ村の近くに広がる森に住む魔物、そいつとの戦闘で右腕を欠損し退役となった、元駐在兵のパニエストさんだ。 

 彼は王都の実家で、両親とともに暮らしていた。右腕が無くなっているので苦労とか苦悩とかしているかと思ってたけど、あまりそういう感じはなく、退役金がたんまり入って、しかも今度幼なじみと結婚するとか。リア充め!!

 退役した今でも左手でなんとか剣の練習をしているらしい。でも片手はやはり不便そうなので、結婚祝いに義手とか贈るのもアリかもしれない。




 更に別の日に、傭兵協会にも顔を出した。

 アプリコ村に来た亜人調査隊のメンバーだった、猪人のロニスンさんと、熊人の……うっ、完全に名前忘れた――に会えないかと思ったのだ。

 受付で尋ねてみると、ロニスンさんはちょうど今協会にいるとのことだったので脇のテーブル群を見渡してみると……あっ、猪頭発見!! もし猪人がこの場に複数人いたら詰んでたけど、一人しかいないので間違いない。彼は他の傭兵仲間数人と、書類らしき物を見ながら話しているもよう。


「ロニスンさん、お久し振りです。アプリコ村のアニスです」

「ん? お前さんは……あぁっ!! あの時の嬢ちゃんか!! 久し振りだな!! 元気にしてたか!?」


 ロニスンさんは思い出すなり私の頭をワシャワシャと雑に撫で回す。それを見たアレセニエさんがピクッと右手を動かしたようだが、敵意もない相手に剣の柄を掴もうとしないでね。


「おいロニスンお前、天の使いと知り合いだったのか!?」

「天の使いとか知らねぇよ。俺が知ってるのは魔法が使えるただの村娘のアニスだ。あれからどうして天の使いなんて呼ばれるようになったのか聞きたいところだが、これからこいつらと旅に出なきゃならねぇからなぁ……」

「あっ、すみません。忙しそうなところに声掛けてしまって」


 どうやら今から傭兵として仕事があるようだ。世間話の一つでもしたかったところだが、タイミングが悪い。


「別に一日くらい伸ばしても構わないぞ。会ったの久し振りなんだろ? ついでに俺達も天の使い様とお近付きになれるチャンスだし」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ!! 今回の仕事はスピード勝負だ。魔物の群れ一掃と手に入る素材の納品、他の奴らに先を越されるわけにはいかねぇだろ。つーわけですまねぇな嬢ちゃん。積もる話はまた今度だ」


 ロニスンさんは手にした紙束を手の甲でバシバシ叩く。なるほど手にした書類は依頼書みたいなものか。もしくは計画書か? 何にしても仕事の邪魔をするのは本意ではない。

 だが別れる前に一つ尋ねておかないといけないことがある。


「わかりました。では今度ゆっくり話しましょう。でも、一つだけお話良いですか?」


 ロニスンさんが眉をひそめる。


「私が神殿に入ったのは周知の事実かと思いますが、巡礼の旅を終えていないので、天の使いと呼ばれてはいるもののまだ見習い巫女状態なんです。そして巡礼の旅は八月を予定しているので、できればロニスンさんを傭兵として雇いたいんですけど……どうでしょうか?」


 そう、今回傭兵協会を訪ねたのは、巡礼の旅のメンバー集めも兼ねているのだ。できれば見知った人が良いので、必然的にロニスンさんに声を掛けたわけである。


「八月か……。うーん、まだ確実に受けれるとは言えねぇなぁ。とりあえず頭には入れておこう。こっちの予定が分かり次第連絡するから待ってな。連絡先は神殿で良いんだよな?」


 ロニスンさんからの連絡待ちを了承して別れると、持て余した時間で傭兵協会のシステムを受付で簡単に教わったのち、私は傭兵協会をあとにした。

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